俺が離婚した理由 3
大学生の方はすぐに決着がついた。
内容証明が送られてすぐに弁護士事務所に連絡があったらしく、その後、話し合いの場が設けられ直接謝罪をされ、慰謝料として数百万円が支払われた。
親が付き添っての謝罪だったが……
大学生の両親は俺に土下座をしながら謝っていたが、大学生はふてぶてしい態度で最初『先にあんたの奥さんが誘って来たんだ!』と言ってきたが、両親に何か耳打ちされてからは顔色を変え、必死に謝ってきた。
本当ならぶん殴ってやりたかったが…… 俺がいなくなって泣いている穂乃果の姿が頭に浮かんできて、血が出そうなくらい握りしめていた拳を、何とか手を出さずに抑えられた。
……あと、これはその一ヶ月後くらいに知った話なんだが、その大学生は一流企業の内定をもらっていて、彼の両親はここで和解しておかないと就職に響くと考えていたらしい。
だから相場より高い慰謝料を用意してなんとか示談にしたかったみたいだ。
だけどその後、これも後で知った事だが、大学生は人妻と不倫していたことを仲間に自慢していたらしい。
そして一度だけ仲間の内の二人も加え…… 楓と行為に及んだというのだ。
その自慢話が仲間内から外に漏れ、大学で噂になり、噂がどんどん広がって、ついには就職予定だった一流企業の方にもその噂が耳に入り、結局大学生は内定が取り消しになったらしい。
それが余程ショックだったのか、大学生は引きこもりになり、両親も息子のことで後ろ指を指される生活に耐え切れなくなり、しばらくして家族全員で逃げるようにどこかへ引っ越しをしたみたいだ。
……そんな話を近所に住んでいた噂話好きなおばちゃんが、俺が当事者とも知らずにペラペラと楽しそうに話しかけてきた。
今はその地域から引っ越して別の地域に住んでいるから噂をされることもないし、穂乃果の耳に入る可能性もほぼないから大丈夫だ。
……俺は何もしてないぞ? 謝罪以来会ってもいないし、穂乃果との生活で精一杯で、あんな奴に構っている暇なんてなかったからな。
ただ、大学生の仲間二人には弁護士さんから連絡をしてもらった。
二人ともすぐに慰謝料の支払いに応じたらしく…… この二人も噂に怯えていたのか、終始挙動不審だったと弁護士さんから聞いた。
あの大学生…… 見た目は爽やかそうで顔も良かったがが、調子に乗っていて生意気そうだったし、大学とか別の所で誰かに疎まれていたんだろう、まあそんなの俺の知ったことではない。
……正直『ざまぁみろ』という気持ちにもなった。
だけど『親が用意してくれた数百万と、内定取り消し』くらいで人生をやり直せるんだから良いじゃないか、とも思った。
……四歳で母親を失った穂乃果に比べたら、お前らなんて大したことないだろ?
そして楓の方も…… 想像していたよりもあっさりと決着がついた。
「本当にすいませんでした…… 私には謝ることしかできません、あなたの望むようにして下さい」
本当なら激しく罵ってやりたい気持ちだったが、楓の…… すべてを諦めたような目を見て…… 怒りの気持ちをぶつける気力が失せてしまった。
そして財産分与をした金を丸々慰謝料にし、その他に穂乃果への養育費は毎月払う、という約束をして離婚の話し合いは終わった。
あとは穂乃果との面会をどうするかの話し合いをした。
「……毎月一回でも良いので、穂乃果に会わせてもらえませんか?」
「……ああ、ただ二人きりは駄目だ、あとは穂乃果の状態を見て面会時期は判断する」
穂乃果にどう伝えればいいのか…… 『ママはもう帰って来ない』と穂乃果にハッキリと言えるわけないだろ……
「ありがとうございます…… 不倫をして…… 迷惑をかけて本当にごめんなさい」
そして俺達は離婚届を提出して、正式に離婚をした。
……離婚直後の生活は大変だった。
『ママ、ママ』と毎日のように泣き叫ぶ穂乃果を宥め、母に力を借りながら家事や育児。
仕事は毎日定時で上がらせてもらうようにした。
これで出世は厳しくなったが、穂乃果との時間の方が俺には大切なんだ。
……マイホーム購入のために必死で働く必要もなくなったしな。
そんな生活を一年続け、二人での生活にも慣れてきたのか、ようやく穂乃果も『ママ』と泣くことも少なくなってきた。
そして離婚時に約束していた面会も、穂乃果との生活がだいぶ落ち着いてきたので、この前からようやく始められるようにもなった。
久しぶりに再会した二人は涙ぐみながら抱き合っていたが…… 俺は複雑な気持ちだった。
俺が楓と一緒にいることに耐えられずに離婚して穂乃果を悲しませてしまったことと、泣くくらいなら不倫なんてするなという楓への怒り、だけどこうして母親と再会して嬉しそうな穂乃果を見て、本当に俺が親権をもらって良かったのか、という気持ちで…… 落ち着きかけていた心がぐちゃぐちゃになりそうだった。
そして穂乃果には本当のことは言わずに『ママはお仕事でしばらく遠くで暮らさなきゃいけない』と嘘をついているので、この日だけは…… 穂乃果の親として楓と仲良くしている様子を見せなきゃいけないのが…… 辛い。
怒りももちろんあるが、十年も一緒に過ごした『誰よりも愛していた』人だ…… 簡単に嫌いになれたらどれだけ楽だっただろう。
だけど、もう一緒に生活するのは無理だ。
あの時、娘の穂乃果よりも『女』を選んだのかと思うと…… 許せるわけがない。
そして面会の終わりに……
「穂乃果、これ…… 新しい服を買ってきたんだけど、良かったら着て欲しいな」
「わぁー! ママ、ありがとー」
楓が穂乃果のために買ってきたという服が何着か入った紙袋を穂乃果にプレゼントしていた。
その後、楓の買ってきた少しサイズが小さい服を穂乃果は気に入ったようで、保育園に着て行ったり、家にいるときも好んで着ている。
子供の成長は早いからな…… 買ったばかりでもあっという間に着れなくなる。
楓もその時、約一年ぶりに穂乃果と会っているから、きっと穂乃果がどれだけ成長をしたか分からなかったんだろう……
…………
…………
「……さん ……
「…………」
「木下さんって!」
「んっ? ……あっ、ああ、どうしたんだい、
「さっきからボーっとして全然飲んでないじゃないっすか! 会社の飲み会っすよ? タダ酒なんすからもっと飲まないと!」
「あ、あははっ、そうだね……」
今日は会社の飲み会に参加していたんだが、酒を飲んでいたらあの時のことを思い出して…… つい一人でしんみりしてしまっていた。
世話になった上司の送別会も兼ねた飲み会ということで、普段は穂乃果がいるから会社の飲み会には参加しないのだが、今日は母に穂乃果を預かってもらい、飲み会に参加している。
主役である上司(既婚 イケメン)は少し離れた席で女性社員達(年上)にチヤホヤされているから、俺は後輩である草薙くんの近くの席に避難していた。
「木下さん、飲み会が終わったらどうするんですか?」
「えっ? ……もちろん帰るよ」
「ええーっ!? せっかく穂乃果ちゃんの心配をしないで遊べるんすよ? もったいない!」
いや、俺は遊ぶよりも穂乃果と一緒にいる方が良いんだが……
「寂しくないんすか? 寂しいっすよね? ねっ?」
「な、何だよ…… 『寂しい』と連呼するなよ、俺には穂乃果がいるから寂しくはないよ」
「いーや、木下さんは寂しいっすよ! きっと『女性』のぬくもりを感じたいんす! 間違いないっす!」
やたらグイグイ来るなぁ…… あまり大きな声でそんな事を言わないでくれ、女性社員(未婚 年上)がチラリとこっちを見たぞ!?
「でも穂乃果ちゃんがいますしねー、女性とお付き合いをする気はない、そんな寂しさを紛らわせたい木下さんにおすすめなのが…… 大人のお店っす!」
お、大人のお店!? 行った事ないし、あまり興味もないんだが……
「飲み会終わったら行きましょうよ! ……お金の心配はいらないっすよ? 俺、この間競馬で勝ったんすよ、寂しい木下さんのために俺が奢りますから!」
「いや、俺はいいから、一人で行って来なよ……」
「遠慮しなくていいっす、行きましょう!」
遠慮なんてしてないんだけど…… 草薙くん、出来上がっているのか?
まあ、飲み会が終わったと同時にさっさと帰れば大丈夫か……
…………
「木下さんはどの女の子にしますか?」
…………大丈夫じゃなかった。
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