俺が離婚した理由 2

 報告書に書いてある最初の調査結果の日付は、調査依頼した次の日になっていた。


 時刻は十五時過ぎ。

 パートが終わってすぐ、不倫相手の大学生とホテルに入って行く様子が写真に撮られていた。

 そして二時間後の十七時にはホテルから出てくる写真、そして真っ直ぐ穂乃果を迎えに保育園へと向かっていた、と書かれていた。


 そして次の調査結果の日付は一週間後…… ホテルは別だがまた一緒に入っていく写真付き、話によるとまた同じような時間帯で撮影出来たみたいだ。


 …………


 これは…… 本当に楓なのか?

 頭では必死に理解しようと頑張っているのだが、頭の中が真っ白になって、自分が今、何を考えているのかも分からなくなる。

 ただ、写真の人物は楓で間違いない。


 報告書を持つ手は震えていた…… 怒りと悲しみ、混乱、感情がごちゃ混ぜになり、嫌な汗が吹き出てきた。


「……大丈夫ですか? ちなみにこれが奥様の不倫相手の素性です」


 更にもう一つ渡された報告書には、不倫相手の大学生の事が書かれていた。


 楓のアルバイト先で働いている、同じくアルバイトの大学生四年生。

 この辺では有名な、ランクが高いと言われている大学に通い、もうすぐ就職予定で近々アルバイトを退職するらしい。

 実家で両親と三人で暮らしている……


 十日でここまで調べられるものなのか? 簡単な調査でも最低で二週間くらいかかると聞いていたんだが……


「この大学生は全く警戒していなかったので簡単に調査できましたよ、調査員の話では奥様の方が警戒心が強くて大変だったらしいですけど…… あの様子が警戒と言えるかは分かりませんが」


 …………警戒しながらでも大学生と密会したかったのか?


「何にせよ、話し合いするためには弁護士に依頼した方がいいと思いますよ」


 そして今後、俺がどういう行動をしてもいいように、もう少し証拠があった方がいいと言われ、調査を継続してもらうよう依頼して帰宅した。


 

 離婚…… いや、それでは穂乃果が悲しんでしまう……

 色々ケジメをつけさせて再構築…… それで俺は楓を許せるんだろうか……


 どうしたらいいんだ…… こんな事になるなんて想像していなかった。


 お互い異性関係が初めてだった訳じゃない。

 楓にだって俺の前に恋人がいたのも聞いていた。

 だけど…… 楓は浮気や不倫などするタイプではないと思って安心していた……


 大切な人には一途で、相手を傷付けたり悲しませるようなことをするのがどちらかというと嫌いなタイプ…… のはずだ。


 ……いや、俺が勝手にそうだと決めつけていただけかもしれない。

 だけど十年も一緒にいるんだぞ? ……これまで疑うことすらないくらい、楓は誠実な女性



 そして俺は、追加の調査結果がわかるまで、とりあえず何事もなかったようなふりをして生活を続けていた。


 そんな日々の中、頭の中では『離婚』『再構築』の文字が、交互に頭の中で頻繁に入れ替わり、結局答えを決められずに時間は過ぎていった。


 家にいる時の楓は不倫をしているなど思えないくらい『良い妻』『良い母親』で、ただ、相変わらずバイトが遅くなるという日もあり……



 そして……


 俺が迷いを断ち切り、離婚しようと決意した出来事が起こる。


 ある日、保育園から『穂乃果が熱を出している』と俺に連絡が入った。

 緊急時には先に楓に連絡がいくようになっているので、きっと楓に連絡がつかなかったのだろうと思い、俺は仕事を早退して穂乃果を迎えに行った。


 三十八度を越える熱があったらしく、そのまま病院に連れて行く事に。

 

 病院で診察してもらっている頃には四十度近い熱になったが、変な病気ではなく只の風邪と診断されたので、薬をもらい帰宅して穂乃果を布団に寝かせた。


「マ、マぁ…… ママぁ……」


 付きっきりで看病していると熱でうなされながら寝ている穂乃果が弱々しい声で楓の事を呼んでいた。

 なのに…… 楓からは連絡もないし、まだ帰宅していなかった。


 時間はもう十九時を過ぎている。

 いくら何でも残業と言い訳するには厳しい時間だ。


 ただ、それから二十時、二十一時と、時間が経っても楓は帰って来ない。


 その間にも穂乃果は『ママ』と何度も呼んでいた。


 そして日付が変わるギリギリに…… 楓は帰宅した。


「ごめんなさい! …………穂乃果」


「…………」


 寝ている穂乃果に慌てて近付いて来た、疲れた顔をした楓。

 そしてまた知らない香りがフワリと漂ってきた。


 そういえば、楓の帰りがこのくらい遅くなった日が一日あったな、たしか…… バイト先の送別会とか…… ああ、そうか、あの日から楓の様子がおかしくなったんだ。


 その事を思い出したと同時に、俺は『もう駄目だ』と思った。


 何度もメッセージは送った。

 それなのに既読にもならなかった。

 ……楓にとって穂乃果よりも大事なのか?


 次の日、大沢さんに紹介してもらった弁護士に依頼し、楓と大学生に内容証明を送るために打ち合わせをした。


 内容証明には、大学生には慰謝料を、楓には…… 離婚をして、穂乃果の親権と慰謝料をもらう、という形で作ってもらい、後日郵送されるという話になった。


 俺はとにかく穂乃果さえいてくれたらそれで良かったのだが、今後の事も考えてそうした方がいいとアドバイスされた。


 親権に関しては父親では親権を取るのは厳しいかもしれないから、あとは交渉を上手くやるしかないと言われ、あとは弁護士さんに任せる事にした。


 内容証明が届くまでの間、穂乃果を俺の実家に預けたり、仕事を定時で上がって穂乃果との時間を極力作るよう心がけて生活していた…… 

 楓とは穂乃果が熱を出した時以来、ほぼ口をきいていない状態だ。


 俺が連絡も無く遅くなったのを怒っていると思っているのか、楓も申し訳なさそうな顔をしつつも話しかけてこなかった。

 ……あるいは、俺にバレたと思い焦っているのか?


 後日、弁護士さんから『大学生の方から話し合いをしたいと連絡が来た』と言われ…… 


 話し合いの結果、慰謝料として数百万を受け取り、大学生は楓や俺達家族との接触禁止となった。


 そしてその後すぐ楓とは離婚し、親権は俺となった。

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