一定の記憶

 12月中頃、街にはクリスマスの装飾が広がり始めた。キラキラと輝くライトに照らされた街路樹、赤と緑の彩りが商店の窓を飾り、どこに行っても華やかな雰囲気が漂っている。人々の足取りも少し早くなり、プレゼントを抱えた子供たちの姿が目に入る。それでも、僕はその華やかさの中で、どこか冷静な気持ちで周囲を見ていた。


 彼女との出会いから数日が経っていたが、その時の会話が頭から離れなかった。何も特別なことは話していない。彼女の無邪気な笑顔や軽い言葉が、まるで風のように僕の心を撫でていっただけだった。けれど、その何気ない言葉が僕の中に残り続けていたのは、なぜだろう?彼女の存在が僕の心に影を落としているわけでもない。ただ、あの瞬間が確かに「何か」を変えたような感覚だけが、ふと頭をよぎる。


 あたりが薄暗くなっていく中、街はずれの公園が目についた。ベンチに腰を下ろしぼんやりと思い出したのは高校時代のことだった。今のように、冷たい風が吹き抜ける冬の日、僕のクラスメイトが命を落とした。その時、僕たちの周りではデジタル保存が話題になっていた。彼がその技術を選んだというニュースは、学校中に広まり、皆が彼の「新たな生」を議論し始めた。

「あいつ何をしてるんだろうな?」

「デジタルの世界で、新しい人生を生きるって、どんな感じなんだ?」

そんな会話が、教室のあちこちで交わされていた。クラスメイトたちは、未来に希望を持ち、新しい技術に心を躍らせていた。僕もその話を耳にしていたが、どこか距離を置いていた。彼らの興奮には乗れなかった。


 その頃から、僕はデジタル保存というものに対して不思議な感覚を抱いていた。それは逃避なのか、進化なのか。友人の何人かはその技術を「死後の救い」として称賛していたが、僕はそれをどう受け取ればいいのか分からなかった。彼の選択が正しかったのか、それともただ現実から逃れたかっただけなのか。その答えは、彼が選んだデジタル世界の中にしかなかった。


 数日後、彼の葬儀が行われた。その場には家族や友人が集まり、彼がデジタル保存をした選択を前向きに捉える者もいたが、その場の雰囲気はどこか空虚だった。彼は確かにそこにはいなかった。彼の「体」はすでに存在しない。ただ、彼の意識がどこか遠いデジタルの世界で存在しているという不確かな事実が、その場に残された僕たちに不思議な感覚を抱かせていた。


 それから数週間が経つと、彼の話題は次第に減っていった。最初は彼に「また会えるかもしれない」という話に胸を躍らせていた友人たちも、次第にその関心を失っていった。彼はデジタルの中で生き続けているという事実は、いつしか噂の範囲を超えないものになっていた。それ以来、僕はその技術に対して強い関心を持つことはなかった。社会全体がそれを当然のこととして受け入れ始めた今でも、僕にとっては何か現実感がない遠い話のように感じる。それが逃げ道になるかもしれないという漠然とした感覚はあったが、実際にその道を選ぶ理由もなかった。生きている限りは、その必要性を感じない。死ぬのが怖かった。ただそれだけのことだ。


 気づけば街中に戻ってた、広告にはまた新しいサービスが大々的に宣伝されている。若い世代をターゲットにした広告が、未来を描き、死後の新しい世界を約束するように謳っていた。SNSでも多くの若者たちがその技術に魅了され、デジタル保存を選択肢の一つとして考えている。

「新しい人生を、今すぐ手に入れよう。」

そのキャッチフレーズが目に飛び込んできたとき、僕はふと足を止めた。彼らが描く「永遠」という言葉が、僕の中で何かをざわめかせたのだろうか。それとも、ただ広告の美しさに目を引かれただけだったのか。街の喧騒に包まれながら、僕は帰路についた。


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