第3章〈大災厄〉
♢
保健室の
この〈
保健室があるのは第二棟で、教室があるのはと第一棟だ。つまり教室を目指す場合、間と間を
(今は......ちょうどお昼時なのか)
すれ違う生徒や、ガラス
そんなに眠っていた自覚はなかったのだが、腹のあたりに広がる空腹感と、スマホに表示されている時間が現実であることを教えてくれる。
(———っと、危ない。あやうく忘れるところだった)
そう言って取り出したのは、綺麗に折られた一枚のメモ用紙。保健室を去る際に、
よし、と。
俺は意を決して、メモ用紙を開く———
『
やっほー⭐︎ 皆の憧れのお姉さん、
———そっと、俺はメモ用紙を静かに閉じた。
そうだな......うん、きっとこれは何かの間違いだ。そうに決まっている。えっと......多分、まだ寝ぼけているんだ!あんな嫌な夢見ちゃったわけだし。
.......よし。もう大丈夫だ。これで心配はいらない。変な幻覚なんて見ない。もう何も怖くないぞ!
そう
『
やっほー⭐︎ 皆の憧れのお姉さん、
さっきはありがとね♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪
それと、色々驚かせて本当にごめんね(>人<;)
私、人と話すの得意じゃなくて......
いっぱい、いっぱい
困らせちゃったよね?(;ω;)
でも、
私、すっっっっっごい嬉しかったよ!!
先輩以外の人からあんなこと言われたの、
初めてだったから。
あーあ、不覚にも、いっぱいドキドキしちゃった(//∇//)
......あ、今も十分かっこいいか!
もー!!この
......でも、その時は、1番に私を迎えに来てくれると嬉しい———かな?
———きゃっ!
言っちゃった、恥ずかしい!\(//∇//)\ \(//∇//)\
......こほん。
ごめん、色々脱線しちゃったね。
そろそろ本題に入るけど、
ズバリ、
しかも全身を強く打った、けっこう重いやつ!!
それと、きっとその時に頭も打っちゃったんだよね?
意識を失っちゃったのはそれが原因、病名で言うと
ただ検査した感じ、脳の方に異常は見当たらなかったから、きっと一時的なやつだと思う。
今の感じだと、
でも、打撲の方はそうもいかないかも。
痛みが完全に引くまでは、包帯も外せないかな。
だからこそ、しばらくは絶対安静!!
早めの休息をとって、激しい運動は
無茶とかは絶対しないこと!!!
(`・д・)σ メッ!だよ!!
分かった?
お姉さんとの、お•や•く•そ•く
だぞ?(๑•̀ᴗ- )✩
それと———
よかったら、また遊びに来てね?
待ってるよ(*´˘`*)♡"
あなたの憧れのお姉さん
「いや、誰だよ」
......やばい、思わず声に出てしまった。
すれ違う生徒たちの視線が痛い。
色々ツッコミどころ満載の文章だが、まず最初に
本当に誰だよ。何?あんな短い言葉の中に、これだけの意図が隠れてんの?あのボーっとした顔でそんなこと考えてたの?
しかも途中の文章とか、
まぁ、もしかしたら、こっちが素という可能性も十分あり得るのだが......とりあえず、それはまた今度考えるとしよう。今、俺が考えるべきことは他にある。
(絶対安静、運動は
俺は(周りの生徒に絶対見えないように手で隠しながら)改めてそこの部分の
やはり
無論、本来であるならば授業なんて受けている場合ではない。今すぐにでも帰って休息をとるか、もしくは病院へと行くべきなのだろう。
———だが、俺の場合そうはいかない。
「............」
俺は
そう。デバイスが使えないというのは、この学園では
......正直なことを言うと、デバイスが使えなくなってからというものの、学園からの評価は最悪だ。俺がなんとか退学を
「......まぁ、午後は
そう独りごちながら、俺は小さく肩をすくめる。
とはいえ、出席しないよりかは、
俺は腰に広がる痛みを表に出さないように
♢
それから俺は特に何事もなく自分の教室へとたどり着いた。途中、昼食をとってないことを思い出し、
やはり、普通に生活する分には問題ないようだ。
ただ———
「............ふぅ、さて、どうしたもんかな」
問題なく教室へとたどり着いたのはいいのだが、いざ入ろうと思うとかなり緊張する。
それもそうだろう。どこまで事情が伝わっているかは分からないが、いきなり午前中の授業を全て休み、午後から突然登校した生徒がいれば、大なり小なり注目されるものだ。
しかもそれが、学園唯一のデバイスを使えない落ちこぼれともなればさらに注目度は上がる。入室した後のことも容易に想像できてしまうだろう。
「———って言っても、いつまでもここにいるわけにもいかないしな」
よし、と。俺は意を決して教室の扉へと手を伸ばす。
ガラガラガラと、そこそこ大きな音を立てて教室の扉が開かれる。
瞬間、
「「「「.............」」」」
シーン、と、先程まで楽しそうに
「.............」
なるべく気にしないように、俺は自分の席に向かおうとするも、周りからの視線は非常に痛い。
いくら慣れているとはいえ、ここまで
「———お?
そんな中ただ1人、俺の姿を見るなり、タタタタッと駆け寄ってくる男子生徒がいた。
「なぁ、なぁ、大丈夫だったか?なんか色々大変だったんだろ?俺、超心配してたんだぜ?」
「......まぁな。けど、この通りもう大丈夫だ。心配かけたな、
そう返すと男子生徒———
この外ハネの癖っ毛が特徴的な友人は、落ちこぼれである俺の、この学園で唯一の話し相手だ。こんな最悪な空気の中でも変わらず話しかけてくれ、分け
「でさでさ、結局何があったんだよ?イリーナ先生、いくら聞いても教えてくれなくってよ〜」
「ん?あ、えーと......そうだな......」
さて、どう答えたものか。
表面上ではなんてことない風を
「実は———登校中に〈ハイ•ワイヴァーン〉に襲われて」
「え!?〈ハイ•ワイヴァーン〉って、あの〈ハイ•ワイヴァーン〉か!?」
「そうだ。他にどんなのがあんだよ」
俺がそう答えた途端、ザワザワと、教室内がざわめき始める。
当然だ。ただの学生でしかない、しかもデバイスを使えない俺が、〈ハイ•ワイヴァーン〉相手に生きて帰ってこれたと言うのだ。何も反応するなと言う方が無茶な話だ。
だがだからこそ、こうなることは予想できる。故に、俺が
「———運がよかったのかな。
「なんだそれ。よく無事に帰ってこれたな」
「俺もそう思う。ま、途中死にかけて、結局このザマだけどな」
と、
それを聞いた
他のクラスメイトたちの反応はまるで違う。
「なんだよ......おどかしやがって」「自分だけ逃げてきたってことだよね?本当最低」「ま、さすがは無能って言ったところか」「期待するだけ無駄無駄」「早く退学すればいいのに」
だが、これは決してクラスメイトたちに
無論、真実を話せば、クラスメイトたちも別の感想を
なら、多少印象が悪くなったとしても、俺は真実を隠すことを選ぶ。どうせデバイスが使えない時点で、
(だからこれでいい。余計な注目も
なんて
「それは違うよ!!!」
ガタッと、立ち上がった1人の少女が突然大きく声を上げる。
それに釣られ、俺も含め、その場にいた全員が少女の方へと視線を向ける。
「......って、げっ、あいつ......」
と、視線を向けた俺も思わず声を漏らしてしまう。
小柄な
———間違いない、あれは今朝のおさげの少女だ。
「ん〜〜?珍しいな、
「
「そ。
「あー......」
「あーって、お前、まさかクラスメイトの顔も覚えてないのか?」
「いや、まぁ......俺、人の顔とか覚えるの苦手でさ......あははは......」
嘘である。
ただ彼女、
まぁ、まさか同じクラスだとは思わなかったが。
「どしたん、ひなぴ?急におっきな声出して」
「え?あ......いや、その......」
そう
「ひ、人を悪くいうのは......よく、ないよ......!」
「なんで?」
「なんでって......だって———」
「いや、だっても何も、1人で逃げ帰って来たんしょ?マジありえなくない?フツーにダサいし、サイテー」
「......でも......危ない、し———」
「危ないのは皆一緒でしょ?そんな中、1人だけ逃げてきたってのがありえないって話っしょ?
「いや......でも———」
「だいたい、なんでひなぴはさっきからアイツの味方なん?あんなやつの味方するとか優しすぎっしょ。天使なん?それともラブなん?」
「それ、は———」
「ラブなん?そうなん?やっぱり?あー、ひなぴ男見る目ないからな〜。しゃあない、今度うちが紹介してやるよ!」
「だから......話を———」
「んもぉ!ひなぴは可愛いなぁ!!こんな可愛い子をあんなクソ無能に渡すくらいなら、いっそうちが貰ってやるっての!一生守ってやるからな!!大好きだぞ!!!」
「......あぅぅ」
弱っ。
〈ハイ•ワイヴァーン〉に1人で立ち向かっていった勇気はどこへやら、ギャル特有マシンガントークにあっさり
いや、まぁ、本来の目的を考えるのであれば負けてくれた方がいいのだが......。
その......なんというか......ほら、なんか......ね?
せっかく
「......お前、
「なんで何かやった前提なんだよ。何もあるわけないだろ」
「本当か〜???」
「......ねぇよ。大体名前も覚えてない相手と何があるんだよ」
それを聞いた
......ま、そんな友人に嘘を
(と、今はそれよりも———)
今俺が考えるべきことは
彼女が今朝のことをどう思っているかは不明だが、さっきのようなことをされるのはこちらにとって不都合でしかない。無論、彼女に悪意があるとは
(......一度話をしておいた方がいいかもしれないな)
かなり危険な行為だとは思うが、連絡先とかを知らない以上、方法はこれしかない。後でよく
「は〜い、皆さん。席についてくださいまし。授業を始めますわ〜」
と今後のことを考えていると、元気のいい声とともに教室の扉が開かれ、1人の女性教師が入ってくる。
———もうそんな時間か。色々ドタバタしていて全く気づかなかったが、時計の針もちょうど昼休みの終了を示していた。
生徒たちも
女性教師も教壇に立ち、満足げに生徒を見回す。
「はい、それでは早速始めて———あら?」
女性教師は俺のところで視線を止めると、こちらへと少し歩み出る。
「あら、
「ああ、はい、普通に生活する分には。ご心配おかけしました」
「いえいえ、問題ございませんわ。どちらにせよ、午後は
「はい。ありがとうございます、イリーナ先生」
そう俺が答えると、女性教師———イリーナ先生は
イリーナ•ヘルシエル。この〈
流れるような水色の髪に、恐ろしく整った
先程の
「———それでは改めて、授業を始めますわ。まずは、前回の復習ですの」
そう言ったイリーナ先生は胸元からデバイスを取り出して操作すると、黒板へテキスト文章を映し出す。
「皆様のご存知の通り、20年前に世界は大きく変わってしまいましたわ。〈大災厄〉......“大罪人”
イリーナ先生がその単語を口にした途端、教室内に重苦しい空気が広がっていく。
〈大災厄〉
おそらく、この世界に生きているならば、知らない者はいないであろう
「“大罪人”が、異なる世界同士を繋げるというバカげたことをした結果、人間の世界は〈異世界よりの来訪者〉たちで溢れることとなりました。力無い人々は恐怖に怯え、日に日に犠牲者も増えていく一方ですわ。
幸いにも、それを引き起こした
「「「「............」」」」
この事件が最悪と言われる理由は大きく2つ。
一つは
これほどのことをたった1人で成し遂げたという事実は、人類に対して大きく圧迫をかける。また、その元凶を取り除けたとしても、溢れ出した〈異世界よりの来訪者〉たちが帰ってくれるわけではない。イリーナ先生の言う通り、日に日に力無い人々が
「———でも、そこで立ち上がった者たちこそが、あなた方の目指す
「「「「............!」」」」
イリーナ先生は教壇へ身を乗り出し、
「〈異世界よりの来訪者〉たちは確かに強力です。普通の武力なんかでは、
イリーナ先生は再び黒板の方へ体を向け、胸元から取り出した(一体いくつ入っているのだろうか)レーザーポインターでテキストを
「〈異世界よりの来訪者〉たちは、この世界にやって来た時点で力が
ただ、半減されるとは言ったって、強力であることには変わりません。少なくとも、生身の人間が勝利することなんて不可能ですわ」
俺は1人、今朝の〈ハイ•ワイヴァーン〉のことを思い浮かべる。
実を言うと、奴はあれでも力が制限されていたのだ。信じられないかもしれないが、あの怪物の本来の力はあんなものではない。その時点で〈異世界よりの来訪者〉たちが、どれほど強力な力を有しているのか、考えるだけでゾッとする。
しかも、奴より強力な怪物だって何種類も確認されている。普通に考えれば人類に未来はない。なすすべなく
———だが、
「だけど、もしその強力な力を人類が手にしたら?もしも、〈異世界よりの来訪者〉たちが人間の味方をしてくれたなら?そんな
そう。
———
それは、〈異世界よりの来訪者〉たちと絆を結び、契約するというものだ。
「〈異世界よりの来訪者〉にも様々な種類がいます。動物のようなものや、ドラゴンのような怪物。はたまた、言葉を発することができるものや、ワタクシたち人間とほぼほぼ変わらないようなものまで、たくさんの種類が存在しておりますわ。
もちろん、人間に
いくら
あくまで、彼らと絆を結ぶ力である以上、
「しかし、中には人間に好意を持ってくれているものたちも存在しますわ。そんなものたちと絆を結び、契約し、パートナーとする。それこそがワタクシたち、
「そ•こ•で」と、イリーナ先生は目つきを少し鋭くし(といっても、元々が優しげな目つきだからあまり迫力はなかったが)、改めて俺たちの方へ視線を向ける。
「ここからが重要ですわ。
そして、そのサーバントは、力の制限が解除されますわ」
「ゴクリ......」と、クラスメイトたちの息を呑む音が聞こえてくる。
無論、これには
———だがそれでも、一時的にでも力の制限を解除できるというのは、非常に大きなアドバンテージとなる。
〈異世界よりの来訪者〉に対抗できるのは、同じ〈異世界よりの来訪者〉。そして、その力を使役し、最大限発揮させられる
「
......だからこそ、ワタクシたちはこの力を正しく使う必要があります。そのための
イリーナ先生は教室内をぐるりと見回し、とてつもなく美しい、
「ここからは、皆様が待ちに待った実戦ですわ。優秀な
———かくして、俺たち
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