第4話 麻と学校
麻の通う女学校は、県内でも有名なご令嬢がこぞって預ける学び舎である。紺色のリボンに、同色のスカートは膝下。スカートを短くしたり、髪を染めたりする不良の女性など、見掛けることはない。古式ゆかしいセーラー服姿は、女子中学生憧れの的である。
毎年募集人数を大幅に上回るほどの、生徒が殺到する。
そんな学校に、麻は通っていた。
*
「おはようございます」
少女の柔らかで朗らかな挨拶が、麻の耳に届く。自分へ投げかけられている訳でなくとも、浮き足立ってしまう。
校舎へ続く道の両脇に植えられた桜の木は、春になれば絵も言われぬ幻想的な光景を作り上げる。それを見上げて通ってから、一年が過ぎようかと、麻はため息を付いた。
今は、十月ということもあって、木は弱々しく頼りなく、まるで自分のようと桜と重ねてしまうのは最近よく思うこと。
(気が重い)
学校へなんて、来なければよかったと思う。姉の結は、病弱という理由から学校に通わせてもらえていない。
姉は決して、病弱などではない。麻の母が、作り上げた嘘を学校側が信じているだけだ。
俯き、自身の握る鞄を眺めながら歩く道は、ひたすらに憂鬱だった。
いじめなどないようなこの清廉潔白とした学び舎であっても、それは存在する。まるでがん細胞のように。
皆思慮深く、おとなしい子が多いため、表だってはいないが、噂する人間は必ずいるというもので。
「ねぇ。あれ、織り姫さまだわ」
「相変わらず陰気よねぇ」
クスクスと毒を含んだ笑いが、麻の耳に届く。
ふと顔を上げた目線の先に、その人物はいた。肩の辺りまで切りそろえられたボブカットの少女は、麻のクラスメイトだった。
糸を縫うのが、麻の一族ならば、彼女の一族は機を織る。
縫宮家で刺繍する布のすべてを、彼女の一族が織ったもので作られる。しかし、母が主導権を握ったことにより、手間も金もかかる、彼女の一族の布を注文することはなくなった。もっと安価で手の入りやすい物へとシフトされたのだ。
それによって、経営が傾きかけていると、誰かが話しているのを麻は聞いたことがある。
「織宮(おりのみや)さん」
織宮琴子(おりのみや ことこ)は、麻に気付く。けれども、ばつの悪そうに、中へ引っ込んでしまう。
琴子はそうではないが、他の一族の者は縫宮家をこれまで支えてきたのは自分達だというプライドがある。しかし母に言わせてみれば、時代錯誤なのだと。
そんなこと、麻は一度も思ったことはない。彼女たちの作る布は本当に、美しくて綺麗なのだ。縫いやすく、温かみある。
しかし、そんな抽象的なことで、現実派の母を納得させるには弱かった。
(琴子さん)
(麻さん)
名前で呼び合うほど、仲が良かった。そういう関係に戻りたいと、麻は思う。
元々は腰を越すほどに長い髪を一つに結んでいた琴子は、経営が傾いてからは決意の現れか、切ってしまった。
琴子が隣にいた時は、互いの髪の毛で色々なヘアスタイルを楽しんだ。。
『綺麗な髪ね。これで刺繍をしたらきっと素敵よ』
『あなたって本当に、骨の髄まで縫宮家の人間ね』
冗談だと受け取られたようで、彼女は笑った。
でも麻にとって、それは冗談ではなかった。
「とても綺麗だったのに」
麻は、顔を上げると走り出した。
見えない何かに、背中を押されるよう走り出した麻を、周りの生徒が不思議そうな顔をする。だがそれはすぐに、興味を失う。
縫宮家の人間はそれぞれ独自の糸を、手作りする者もいる。それが、自身の血だったり、髪の毛であることはよくある。
今では、そのようなことをする人間は、いなくなってしまった。
「琴子さん!!」
上履きに履き替えるのさえ、もどかしかった。どうしても、いいたい事があった。
母のこと、家のこと、自分のこと、彼女のこと。
いろんなことが、麻の頭を駆け巡った。
「琴子さん!」
「え、麻さん?」
琴子の腕を掴んだ麻は、全身から嫌な汗が流れていた。
「どうかしたの。麻さん」
いつもどおりの琴子の声で、麻は泣きそうなぐらい嬉しかった。こんな、簡単なことだったのだ。いつまでも、彼女と友達でいたいと思った。
たとえそれが、自分のワガママだったとしても。
「あなたの髪で刺繍がしたいの!!」
言ってしまってから、麻は顔を真っ赤になった。
「ちが、ちがうの。そういうことじゃなくて、あのね!私は!!」
腕を解放して、麻はバタバタと両手を顔の前を振って否定する。こんなことを、琴子に言いたい訳では無かったのに。
「あなたは、本当に、バカね」
「琴子さん」
琴子は、麻の手を繋ぐと、笑った。
つられて、麻も笑おうとしたけれども、泣いてしまった。
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麻と結(仮) ぽてち @nekotatinoyuube
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