第2話 麻と結(2)

 縫宮家(ゆいみやけ)。

 ありとあらゆる布に、仕える神より分け与えられたチカラによって縫うことで、栄えてきた一族。

 でもそれは、昔の話。

 時代が移り変わり、世界にも開かれた現代では、衰退の一途を辿っていた。

 しかし、チカラは尚も、血族の中に脈々と受け継がれ、彼ら彼女らの縫った物は魔除けにも、祝いにもなる。単価こそ、庶民には手が出せないものの、外国への輸出などで地位を盛り返している。

 近年では、チカラ以外にも精巧な手仕事ゆえに、芸術作品として買い求める客もいるとか。


「お姉さま。おばあ様の品があちらで高い値が付けられたそうよ」

「そう。それは、よかったわね」


 離れに上がった麻は、突っ掛けを脱いで、火が灯る囲炉裏に手を翳した。

 結は、麻の反対側、囲炉裏の向こう側に座ると、水を入れた鉄瓶をかける。

 麻の言うおばあ様とは、母方の両親のこと。その祖母は、縫宮家の中でも群を抜いて縫うチカラが強く、尚且つ繊細で華麗なものを縫う事から、国内外での評価が高い。

 しかしチカラがある人間は寿命が短い傾向があり、おまけに作品期間も長く、数は少ない。それ故に貴重価値も付随されている。


「拝見しましたら、とても美しくてほれぼれしてしまうのよ。お姉さまも見られたらよかったのに」

「お義母様がお許しにならないのだから仕方ないわ」


 麻は口を尖らせながら、ふて腐れる。

 二人は母親違いの姉妹だった。結の母は、妾の子だ。母が病気でなくなったあと、身寄りがなかった結が、チカラがあった為に、この離れで住まうことを許可されたのだ。

 対する麻は、本妻の子で一人娘だったが、やや病弱な所がある。でも、よほど気を付けていれば大丈夫なのだが。本人は、あまり気にしていない様子だった。

 縫宮家は、本家と分家が存在する。本家が代々の作品を管理と保管を、分家がチカラを使った作品を国内外に輸出販売を行う。

 本家の当主は父だが、母に内緒で結の母と通じていた事を妬んでおり、強く言われると反論できないのだ。

 昔でこそ、妾は本妻の意志に関わらず持って当たり前だが、現代ではそれを厭う傾向が強い。


「お母さまは、お姉さまにツラくあたりすぎるわ」

「いいえ、麻。お母様は正しいことをしているだけ。実の母親のことを悪く言うものじゃないわ」


 柔らかく微笑む結に、麻はまだ納得できないのか眉を寄せる。

 そして、姉の匂いのする半纏をぎゅっと、抱き締めた。それだけで、ここに来た意味がある。暖かくて優しい姉。

 麻は時折、家の者の目を盗み、こうして結の元に通っていた。友達もおらず、甘えるべき母は忙しい。彼女にとって結は、姉であり母の代わりでもあった。


「そろそろ戻らなくてはいけないわ」

「まだ来たばかりよ」


 ほら、早くと、纏っていた半纏を結に返すと、麻は仕方なく、まだ冷たさ残る突っ掛けに足を通した。

 後ろ髪をひかれる麻に、結は手を軽く振る。それでもう、ここから出なければならない。

 まだ寒い外へ出ると、ほぅと出る白い息が消え去るのを見て、残った雪の上の足跡に見て、それに重なるよう足を向ける。

 

(あぁ、なんてままならないのだろう)


 後ろを振り返りたいのに、振り返れない。そうしたら、足跡がズレてしまうから。五つ違いの姉を訪れるだけなのに、どうして一目を忍ばなければならないのか。麻にはさっぱり、分からない。

 来た道を逆に戻りながら、突っ掛けを元の位置に戻して、麻は自室に戻る。

 火鉢は出てきた時と同じで、火事にもならずに済んだ。そして、部屋を暖かくするはずなのに、障子が開けたままだから、きっと外より寒いはず。

 麻は、障子を閉めて、火鉢の様子を伺いながら置いたままになっている、うさぎのぬいぐるみに手を伸ばした。

 そして座ると、ずっとここで縫っていましたとばかりに、置いてあった針を手に取る。縫い始めて幾針もしないうちに、麻の迷いが出た。

 ぷちっ。手に針が刺さる。痛みに顔を顰めた麻は、針を元の針刺しに戻した。


「……きれい」


 痛いはずの指先に、ぷっくりと赤い玉みたいな血がある。麻はそれから目を逸らすことが出来なかった。冷たい手の指先、そこに浮かぶ赤い血は、美しかった。その色に魅入られた麻は、その血をまだ使っていない白い糸に移した。

 そして満足したように微笑むと、刺繍を再開した。

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