麻と結(仮)
ぽてち
第1話 麻と結
かじかむ手をすりあわせ、ほぅっと息を吹きかけた。指先が冷たく、感覚が無くなっている。そう思って尚、同じことを繰り返すも、両手は温まってくれなかった。
観念したように、目の前の火鉢に火を入れた。顔を上げ、閉め忘れていた障子に手をかける。障子の向こうは、はらり、ほらり、と綿雪のような雪が降っていた。
(どうりで、寒いわけだわ)
さらり、と横の髪の毛が、顔にかかる。かじかむ指先で耳にかけると、その指が耳に当たって思わずヒヤッとなった。
膝に手を添えると、ふぅっとため息が出る。
身に纏っているのは、海の底のような紺色の着物で何とも寒々しい。しかし、自分が初めて染めた着物で拙いながらも、気に入っているからと着続けている。周りから呆れられているのは知っているが、ついつい手に取ってしまう。
暖かくなってきた火鉢に手を翳すと、ようやく人心地ついたようで安心する。
そして脇に置かれたものに、目を落とす。それはうさぎのぬいぐるみだった。元は白いぬいぐるみに、手縫いで細かい刺繍を加えていく途中。
これが、修行の一環と思えば欠伸も出てくる。しかしどうしてだろう。この季節になると、針が進むのは不思議だった。
「あっ………」
閉めればいい開けたままの障子の向こう、そちらに女中が去って行く後ろ姿があった。慌てて立ち上がると火鉢の方を見やる。火事の心配を気にしつつ、足音を立てぬよう部屋を出た。
廊下は冷たく、足袋履いても直に冷気が忍び込んでくる。寒いはずなのに、体のすみずみまで研ぎ澄まされていく。そして、他に人がいないことを確認する。今が何時で、朝なのか夜なのかも分からない。
この季節は、時間の感覚も狂うと思う。
やがて、縁側へ出る為の突っ掛けに、足を入れるとなれた足取りで、歩き出す。女中はすでに屋敷の中へ入ったらしく、そこにあるのは歩いてきた道筋のような足跡のみが残っていた。
その足跡に重ねるよう歩いていく。見つかったら、どんなことを言われるか分からない。
この屋敷には、離れがある。その離れには、親族はおろか、身内ですら近寄らない。通うのは食事を届ける女中だけ。まるで牢獄のようだと噂する者もいるぐらい。
離れに辿り着くと、軽く戸を叩く。すると中から少女の声の応答があった。
「私よ。お姉さま」
「麻?」
麻(あさ)と呼ばれた少女は、早く入れてとばかりに足下をすりあわせる。
それを察したのか、戸が開いて出てきたのは。麻と同じ背中まで伸びる漆黒の髪に、同色の瞳。纏うのは使用人が着るみたいに色の褪せた着物姿だった。
「麻、こんな時間まで縫っていたの?」
「そうよ。お姉さま、早く入れて入れて」
呆れる姉を余所に、麻は離れの中へ入っていく。
「もう、体が氷みたいよ。ちゃんと暖かくしないと風邪を引くわ」
「そうね。私は体が弱いものね。結(ゆい)姉さま」
茶目っ気たっぷりにそう言うと、結は手に終えないとばかりに、自身が来ていた半纏を麻に着せた。
嬉しさに頬を緩ませた麻は、踊り出しそうな気持ちで、後ろ手で離れの引き戸を閉めた。
これは、家族から冷遇された姉と愛された病弱な妹の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます