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しばらく、視界がブラックアウトしていた。
う……撃たれた…………?
しっ……死んだ…………? こんなにあっけなく……???
おい、嘘だろ……まだ3Pもしてねーんだぞ俺!!!!!
嫌だ嫌だ嫌だ……まだしたいこと沢山あるのに死ぬなんてイヤだ……!!!
「たっ助けて!! 誰か助けて!!!!! 死にたくない死にたくないまだ死にたくない!!!」
「落ち着きなって」
え……?
頭を抱えてダンゴムシのようにうずくまる俺を、それこそ虫を見るような目で見下ろす藤乃。
「空砲だよ、空砲」
そう言われて、周囲と自分の体を確認する俺。
後ろの大柄の男が構えたショットガンの斜線上には間違いなく俺がいたし、銃口からは硝煙も噴き出ていた。
なのに、俺の体には傷一つついていない。
「雑魚が策を弄したり覚悟見せたりしたところで銃を前にしたらそのザマでしょーが。見栄張っちゃダメ」
「え…………あ、あ、あ…………」
「他に何か隠してることない? 何か死体に仕込んでないでしょーね」
「え、いや…………その…………」
「口すらきけないか。その豆腐メンタルじゃ何か企んでも実行には移せないわね」
間違いなく、死ぬかと思った。
キャリア組の警官の秘密を知ったから、その口封じに殺してもおかしくなかった。
俺のようなクズのチンピラが、こんな女相手に取引を持ち掛けていたのか。
彼女の言う通り、俺ごときが叶う相手じゃなかったのだ。
なんて身の程知らずだったのだろう……
そう思ったときには、思わず体が膝をついていた。
「ご……ごめん…………調子に乗ってごめん、藤乃ちゃん……!!!」
脳ではなく、ほぼ反射による謝罪。
昨夜の様に土下座しながら、思わず子供の頃、友達だった頃の呼び名で謝ってしまったことが、自分でも情けなかった。
「ごめんなさい、藤乃ちゃん……かァ…………フフッ! アハハハハ!!!」
その謝罪に、彼女は。
「……ハァ、キミ、面白過ぎぃ……面白いから生かすよ、
……え?
「な、なんで急に……?」
「キミ見てると、人間の業を見てるみたいだわ。恨みとかプライドとか、命の危機を前にして一瞬で捨てちゃう。私をものにしようとしてた先輩警官たちもブタ箱に入れられるとき似たような顔になってたけど、キミはなんというか、突出してる。空砲一発でそこまで掌返せるなんて最早才能」
……い……生かされた!?
「先輩みたいな駒としての価値すらないけど、おもちゃとしてなら興味深い人材だから。キミには一生無様に泥の中をじたばたしながら生きてもらおうかな。どうせ今回の件がなくても一生そうでしょう?」
……い、生きてていいの!? 駒としての価値すらない俺が!?
「キミを監視したら追い詰められた人間の心理を研究するサンプルとして大学とか研究機関に高く動画を売れるかもだしねェ♪ 動画の売値は一部キミに上げるよ。百万分の一くらいを、だけど」
………………ふ………………藤乃……………………!!!
「……ってわけで、これから、また仲よくしようね、サっくん♪」
バンへと乗り込んでいく、彼女に。
俺は思った。
――――――――――――バカにしやがってッッッッッ!!!
自分の中で、何かのタガが外れたような気がした。
そこからは、もう反射的な行動だった。
ピッ。
直前まで、脅迫・取引以上の意味を持たなかった遠隔操作ボタン。
押してしまった。
もう後戻りはできない。
30秒、待った。
30秒の間、彼女の乗った車は俺の視界でどんどん小さくなっていき――――――――――――
ボ
ガ
ア
ア
ア
ア
ア
ァ
ァ
ァ
ァ
ァ
ァ
ァ
ン!!!!!!!!!!!!!!
爆風が車を吹っ飛ばし、爆炎が車を包んだ。
体操選手の宙返りのように、空中で一回転したバンは、数秒の間を置いて。
ゴギャッッッッッ!!!!!!!!!!
追突事故のような轟音を響かせて、前面から地面に衝突した。
「い、いけた……!! いけたいけたいけた…………!!!!!」
とっておいた切り札を生かすことができたことに、嬉しさよりも驚きの方が先に来た。
死体の体内にタイマーをセットして仕込んでおいた、過酸化アセトン爆弾。
C4などには及ばないものの、列車程度の車両なら一瞬にして吹き飛ばせる爆発力を秘めている上に製造工程も簡易なため、テロリストなどに愛用されている。
何かには使えると思い、素材となる硝酸カリウムを大量販売している闇サイトを介して入手していたのだ。
元々テロリストか、イキリ高校生相手の闇商売に使おうと思って製造していたのだが、まさか自分で使用することになるとは思ってなかった。
「動かない……ハハハ……微動だにしねェ……!!! 当たり前だよなァ、あの爆発だもんなァ!!!」
駆けよって、炎上している車に近づく。
車ごと吹っ飛んで黒焦げになって燃え上がっていた二人……いや、二つの体は、微動だにしなかった。
車の窓から、棒っきれのようなものが飛び出していた。
人の腕だった。
細さから言って、藤乃のものだった。
死んでいる。
幼稚園の頃から一緒だった、表面上恋人にもなってくれた幼馴染は、今死んだ。
それも俺の手で。
「…………ギャハハハハハ!!!!! ざまぁ見さらせ藤乃!!!!!」
その事実に対して、辛さも、罪悪感も、微塵も湧かなかった。
逆に、自然と笑いがこぼれていた。
あの日俺を裏切った時以来、蓄積されてきた何かが爆発したような笑いだった。
「お前は昔っから俺のことをコケにしてたよなぁ!!! あげく裏切って他の男になびきやがってよォ!!! こりゃ天罰なんだよ天罰!!!」
言いながら俺は、思わずその辺の石を彼女だったものが中にある焼けた車に投げつけた。
自分の中の何かすらも、あの爆発で消し飛んだような気がした。
彼女が俺を裏切った日以降、消すべきだったのに消せなかった何かすら。
あの寝取られた日以降、こいつへの気持ちは全て反転している。
友情も、恋心も全て、とっくの昔に憎悪と殺意に裏返った。
この場のさっきまでのやりとりで、それらの感情も臨界点に達したのだ。
(そうだよ、俺は駒としての利用価値すらない底辺だ。でもなぁ、それでも人間なんだよ……ナメられりゃキレるんだよォ…………!!!!)
何より、俺をおもちゃとして生かす、という台詞が、決定的な着火点になった。
まだ殺されていた方が、プライドが傷つかなくって済んだかもしれない。
つまるところ、こいつが
仮に
仮に父親主導で捜査を開始しても、あの女が何をしでかしていたかまで洗いざらい吐き出さなければならなくなるだろうから。
(……って、流石に楽観的か……)
いくら親子ともども汚職警官だったとしても、娘が失踪したとあれば必死で捜査するはずだ。汚い部分をすべて隠匿してでも。
だが今の俺は、仮に近い将来警官殺しがバレて一生監獄暮らしになるとしても、それでもいいと思えた。
なぜかって?
この後俺がどんな目に遭っても、俺自身の手で、恨んでいたあいつを殺せた、という事実は一生残るからだ。
未来のことなんかどうでもいい、そう思えるような快感の海の中を、俺は泳いでいた。
クソ女を殺せて、スカッとできた朝。
恨めしかった女への未練を全て消し去れた朝。
俺が生きた証をこの世に刻めたことを祝うかのような、爽やかな朝。
美しく見えるはずの景色は、この時なぜか滲んでいた。
多分、朝日がまぶしかったからだ。
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