7/7
◆ 202X年9月7日 午前9:00 ◆
◇ 神戸市・やや東部のファーストフード店 ◇
「それにしても……何なんだ? このUSBに書いてあったこの座標軸は……」
謎の女との電話を切った後、平田の体の中(それも割と取り出すのに躊躇するところ。洗ったけど)から俺が取り出したUSB。
数時間前にいた場所とは真逆の、平和な空気のハンバーガー店の中、俺は手持ちのPCでその内容を調べていた。
あの後、俺はすぐに圭子の車を使って市内中心部からやや外れた東部の、この手の店にしては珍しく普段朝はあまり人の来ないハンバーガーチェーン店へと身を潜めた。
道日藤乃(とあと一人。いや二人か?)の死が県警内で事件として扱われ、捜査が開始されるまでには、若干のラグがある。
この後自分がどんな運命をたどるにしろ、まだゆっくりする時間はある。
そんな思いで、暇を持て余すかのように、俺はUSBを調べていた。
高卒フリーターでありながら、この日の俺はやけによく頭が回った。
道日藤乃という、自分の人生の中にいた巨悪を排除できたからなのか。
人を殺して、もはや色々どうでもよくなって、逆に冷静になったのか。
どっちかは、自分にもわからない。
さて、ただの死体なら、藤乃がわざわざ駒以下の俺に接触して持ってこさせる意味はないはず。
何の変哲もなかった男の死体に重要性があるとしたら、この死体自体じゃなくて
俺が死体の中から取り出した(そして代わりに爆弾を詰めた)USBだと思った。
USBに遺されていたのは、不規則な信号の音声ファイルだった。
(なるほど、視覚情報じゃないだけ暗号化としちゃ優れてるな。でも……)
こう見えて俺は信号を使用した暗号の解析を、多少ではあるがかじっていた。
闇の仕事に繋がるかと思い、闇取引にカモフラージュとして使用する暗号・信号の解析術を五十代のおっさん(運び屋仲間)から学んでいたのだ。
「135.325242に、34.69124245か……」
神戸市内にあるどこかを示した緯度経度なんだろうな、とは思う。
でも、小数点以下の桁がやけに大きいのはどういうことだろう。
まるで市内のどこかの地点をピンポイントに示しているかのような。
「で、1010000……1101001……」
続いて流れる信号から読み取ったのは、交互に続く0と1。
普通に考えて二進法だが、 十進法のあと急に二進法の表記になるのは違和感がある。
二進法の表記を示す暗号は七つの信号の後無音の時間が挟まれており、七桁ごとに区切られていることを示唆していた。
多分経緯度にある何かを指す数列だとは思うが……
「七桁……二進法……あ、そういえば」
七桁の0と1の羅列。
あんまり思い出したくないが、藤乃と一緒にプログラミング教室に通っていた時に見憶えがあった。
プログラミング言語に使用される、情報交換用の符号だ。
アルファベットや記号を七桁で表記できるため、闇社会を含めた全世界で半世紀以上使用されている。
検索エンジンで早見表を見ながら、七桁ごとの二進法が何を表すかを紙とペンで地道に書き記した結果、七文字のアルファベットになった。
【picture】という、英単語だった。
「………………………………ピクチャー? 絵? 写真かな?」
カフェ内に設置されたテレビのニュース越しに、ある情報が入ってきた。
『戦前の台湾出身の画家・
(…………)
―――情報屋さんが大事な大事なデータを持ち逃げしたから―――
『今回神戸市内にあると判明した彼の未公開作品群は、全て空襲以降所在が不明となっていたものであり、専門家からは発見されれば非常に価値が高いというコメントも出ており……』
―――あなたまさか、一人で【リュチェンヴォの遺産】を奪い取ろうと―――
『彼の作品は、近年アジアで開催されるオークションでも高値で取引されており、作品群が発見されれば、日本円に換算して一枚十億以上の価値はあるとされ……』
―――前の仲間にそういう奴がおったんやけどな、『リウ』っちゅうんは『劉邦』とか『劉備玄徳』の『劉』で、本土でも台湾でもよくある苗字なんやそうや―――
「……………………まさか……………………」
ネイティブな発音で謎の女の口から放たれた【リュチェンヴォ】という固有名詞。
昔運び屋仲間が教えてくれた、『劉』という苗字の大陸での読み方。
それらを頭の中で結び付けた時には、既に右手がスマホで『劉澄波』という言葉を検索していた。
その結果、オンライン百科事典の一つのページに行き着いた。
『劉 澄波(りゅう とうは、リウ・チェンボー、拼音: Liú Chéngbō、英語: Liu Teng-pho、1905年2月2日 - 1947年3月25日)は、台湾の画家。台湾近代美術界を代表する画家であり……』
「………………………………………………………………」
体がガタガタ震えていた。
信号が示す先にあるものを、理解できたから。
(……ち、地図だ……)
……そ、それも、宝の地図だ!!!
宝の地図じゃないか!!!!!
なるほど
(それよりも、今その位置を俺が知ってるってことは…………!!!)
一攫千金だ!!! ヤクなんか目じゃない金が手に入る!!!!!
まるでネット小説の主人公みてーだ!!
これを手にすれば運び屋どころじゃない!!!!!
一生遊んで暮らせる!!!!!
辞められなかった運び屋も金で無理矢理辞められる!!!!!
兄貴に恩返しもできる!!!!!!
女も抱き放題だ!!!
……女?
圭子はどうしよう。
……ま、別にいいか、そんな好きじゃないし。
藤乃に手を出されたくなかったのもあいつに金を預けてたからだし。
あとあいつ、結構軽いし。
と、ととと!!!
とにかく!!!!!
今すぐその場へ向かわないと!!!!!
着いたときには掘り出された後なんてことになったら目も当てられねェ!!!!!
考えに到った時には、足が動き出していた。
すぐに店を出て、人気のない駐車場に置いていた(圭子の)車に乗り出そうとした。
と、その時。
彼女の人影に、俺は気付いた。
「お兄さーん」
「な、何でしょう」
勝手に俺の車に体を寄せていたのは、見るからにセクシーな風体の女性だった。
水墨画を思わせる透き通った黒髪をロングに伸ばし、顔周りを境にぱっつんと切り揃えた前髪は雅に言えば尼削ぎ、カジュアルに言えば姫カット。
そんな清楚な髪形とは裏腹の、豊満なバストを覆う白いキャミソールと絞ったウエスト、煽情的なヒップを彩るワイドのハイウエストデニムパンツに、アクセントのようにローズレッドで合わせたベルトとパンプスに、黒のショルダーバッグ。
暗号の解析術を教えてくれた50代のおっさんが見ていれば、【ハクいスケ】と言っていただろう。
まあ、彼はその【ハクいスケ】の娼婦に手を出した結果埋められたけど。
状況が状況でさえなければ、即乗せていたところだった。
大金が手に入った後で俺の女にしたいところだ。
カジュアルボブに事務衣装だった
が、今はなるだけ他人に見つからないように動かないと……
「乗せてってくれますかァ?」
「ごめんなさいお姉さん、今忙しいから乗せられなくって……」
「ふーん、じゃあお兄さんが……」
……え?
「道日警部を殺した犯人でしかも轢き逃げ犯ってこと、警察に言ってもいいのォ……?」
ヤバイ。
なぜか俺の状況を把握していたこと、その甘えるように脅迫するような口調だけで、俺はそう察せた。
草食動物が捕食と死の危険を察知するように。
昨夜、大柄の男相手に危険を察したように。
「……やってないし、やったとしても捜査できるのかな、ハハ……」
「あと、絵を探すのにも協力してほしいなァ」
「え、絵!? な、なんのことですか……とにかく今乗せるわけには」
「うん、お兄さん」
「はい」
「アレ見て?」
女性が指さす先にあった車。
彼女が俺に頼んだように、ヒッチハイクをお願いした車だろうか。
…………いや、それよりも、その車の中。
車の窓の奥にある運転手らしき人影は、頭から赤いものを―――
「 」
気がついたら、乗せていた。
気がついたら、新しい女の駒になっていた。
ショルダーバッグの中からは、サイレンサー付きのワルサーPPKの銃口が覗いていた。
【長編】14回の「幼馴染なのに違う男にNTRれてごめん。よりを戻そう」と、14回の「断る。もうお前とは関わりたくない」 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【長編】14回の「幼馴染なのに違う男にNTRれてごめん。よりを戻そう」と、14回の「断る。もうお前とは関わりたくない」の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます