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『すごいよねー、最近のオービ●の精度って……幼馴染の顔がくっきり映ってんだからさー……で、どうするの? サッくん』

「…………えーと」

『あー、言い忘れたけどさ、ただよりを戻してほしいだけじゃなくって、キミが轢いた死体を持ってきて欲しいだよねー。聞いてくれるよね? サッくんはし』




 ……





『よりを戻してくれたら轢き逃げもスピード違反も秘密にするし、もっと見つかりにくい方法で死体を処理してあげてもいいよ』





 会いたいって言いたくねー……





 会いたいって言いたくねー……!!!!!





『今やってる運搬屋のことも黙っててあげる』

「別に黙るようなことはしてないよ」

『ほんとかなー? じゃあお兄さんたちにも教えてあげよっかな』

「ごめん、やっぱり黙ってて」




 俺と違って、兄は品行方正の四字熟語を擬人化したような公務員だ。

 まあそんな兄と比べられた弟がこうなったわけだけど。

 ともあれ兄のことまでは巻きこめない。

 そもそも勘当同然で家を出た俺に車を貸してくれた兄に、これ以上の迷惑をかけることなんて兄がどうこう以前に俺のプライドが許さない。




 というか、そもそも。




「…………将来を期待されてるキャリア警官が、犯罪者にそんな交渉していいのか……?」

『へぇ、警官を綺麗な職業だと信じてるんだね。まるで警官を志す前の私みたい』

「君のお父さんの連絡先も知ってるんだぞ、俺」

『パパになら、こういう交渉術は早い段階で身に付けておけって言われてるからねー』

「……なるほど、親ごと腐ってたわけか」




 彼女の今の職業は、警官。それも所轄の刑事とは違う、警察庁直属のエリートでいわゆるキャリア組の警部。

 彼女の父親は、県警では三本の指に入るほどの権力者。




 子供の頃の彼女は、父親と同じような警察官になりたいという夢を見ていた。

 幼馴染がそう言っていたことに触発されて、俺も警官を目指したんだっけな。

 裏切られたことで、夢も彼女との関係ごと潰えたわけだけど。




 俺がきな臭いグループと付き合い出したのも、こいつに裏切られたことで荒れだしたからだった。

 その場所で道日家の黒い噂を聞いていた時は半信半疑だったけれど、まさかここまでどす黒い闇だったとは……

 というか今思えば、って言葉も意味深だな……

 ……って、今そんな話してる場合じゃない。




「大体、俺の仕事のことなんかどこで知ったんだよ」

『あら? 疎遠すぎて今の私のこと忘れちゃったのね。部下以外に、法外な値段で法外な取引をする手段がいくらでもあるのよ、私には』

「……幼馴染関係なく、そんなやべー奴と交渉しても裏切られて切り捨てられるのがオチだな。頼みは受け入れられない」

『…………そっかー、まあキミがそういうならしょうがないけど……』




 とは言ってもこのままだと轢き逃げのことがバレるし、いっそ夜逃げして身を隠そうかと思っていたその時だった。

 突然、カフェの向かいにあるガソリンスタンドの向こうから、スーツ姿の大柄な男が道路を横切って俺のところに近づいてきた。

 男の歩む方向はガソリンスタンドからドア、ドアから俺の座っている窓際のカウンター席へと一直線だった。

 見ず知らずの人間だったので俺に話しかけてくるのかと思ったが、そいつはパーソナルスペースを平気な顔して踏み越えてきた。

 そして。





 ドカッ!!! バキッ!!!!!

 ボゴォッッッ!!!!!





 脳ごと破裂するかと思った。

 それくらい重たい、顔と腹への一撃。

 バイト仲間と行った麻薬バーでヤバイ客に殴られたことが何度かある。

 その時ですら後から思えば死にかけるような体験だったのだが、それでもここまでの強度はなかったと思う。

 逃げ出す女性客の悲鳴すら、遠くぼんやりと聞こえた。

 ヤバい。ヤバすぎる。

 野生の勘がそう必死で訴えていた。




『どうしたのー? サッくん。大丈夫ー?』

 逃げ出した俺の荒い息遣いにそう訊ねてくる藤乃に、今までとは異なる恐怖を感じる俺。

 彼女の頼みを拒んだとたんに、見知らぬ男が襲ってくる理由なんて一つしかない。




「い、今の男は……!? なんなんだ!? お前、誰を呼びやがった!?」

『誰のこと言ってるかわからないけど、ま、神戸って色んなひとがいるからねー。たまたま、私の知り合いがいたりはするかもねー。たまたま、だけど……』

 彼女の言葉は、途中から聞こえなくなった。

 思わず店の外、一般客の目の届きづらい場所まで逃げた俺を捕まえた大柄の男が、俺の掌から無理矢理スマホを分捕ったのだ。




「か……かえ……いッッッ!!!」

 男にしがみつき、奪われたスマホを奪い返そうとするが、右手首を思いっきりひねられる。




『スマホゲームに電子漫画サイトにエロ動画サイト……絵にかいたような非モテのスマホ画面ねェ』




 男のメガネに特別な機能でも仕込んであるのだろう、大柄の男が見ているスマホをまるで自分が見ているかのように、スピーカー越しに藤乃はそう語った。

 スマホを奪われれば、真っ先に気にすべきは個人情報だ。

 既に俺の弱みを握っている彼女が、子分(多分)にスマホを握らせれば、更なる弱みを握るに決まっていた。





『へー、圭子ちゃんっていうんだねェ、その女性ひと。素敵な名前じゃない』

「やっ……やめろ!!! 圭子に手を出すな!!!!!」

『どんな人かなぁ。会ってみたいなァ』

「か、彼女は関係ないだろ!!!」

『関係なくても、一警官としてその娘がヤバい人に関わってたら教えてあげないとねェ。特に闇取引の運び屋で最近轢き逃げ犯になった今カレ、とか』

 ぜ、全部バレてたのか……!!! 

 万事休すだ。

 暴力と情報と権力で二重三重に脅迫してくる藤乃こいつに、今のしがないチンピラの俺が敵うわけがない。




「わ……わかった!!!」

 大柄男の瞳の奥にいる藤乃にそう言った俺は、無意識で土下座の態勢になっていた。

 兄貴に金を貸してくれとせがんだときのように。




「持ってくる!!! 持ってくるから!!!!! 返してくれ!!! 圭子には何も言わないでくれ!!! この通りだ!!!!!」

『やけに土下座姿が板についてるねー、やり慣れてるのかな? ……まぁいいや、じゃあ明朝6時に持ってきてよね。死体……そうだね、人目に触れない場所、山奥がいいかも……よーし』



 何かの通知を確認した大柄の男は、俺からスマホを投げて返した。

 俺の手元に帰ってきたスマホには、差出人不明のアカウントからラインで待ち合わせ時刻とGPS座標が送られていた。

『この公園なんてどう?』

「……よりによってだな。わかったよ」

 親友同士だった頃、いつも二人で一緒に遊んでいた公園だった。


 



 色々なことが起こりすぎたので、俺はしゃがみこんで頭を冷やすことにした。

 何の因果か、しゃがんだ場所はゴミ箱の側だった。




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