7日目
東京に帰ってきたはいいものの、本当にする事がなくなった。
家で溜めたドラマやら、映画やらを見たり、外食に行ったりもしたが、やはり後ろめたい気持ちは消えない。
俺が犯した罪の重さが初めて、俺の体にのしかかってきていることを実感した。
結局俺は、何がしたかったんだろうな。
最終的には、その結論に至る。
「おやおや暇かい?殺し屋さん。」
「あんた、いつの間に。」
あっという間に三日が過ぎ、俺の寿命は今日、この1日で最後となっていた。
「どうせ何もする事がないのなら、少々あたしに付き合ってくれないかな?」
「付き合うって、どこに。」
「それはついてからのお楽しみだ!」
「どこだあああああああああ!!!!ここはあああ!!!」
「空だよ!今からあたし達は天界に行くんだ!舌、噛まないようにね!」
死神についていくと、気づいたら俺たちは、空に向かって落ちるように飛んでいた。
数分間絶叫を繰り返して、俺たちはふと、何らかの膜を破った感覚に襲われた。
瞬間、見える景色ががらんと変わった。
それまでの、あたり一体の青ではなく、夕日のような、朝日のような暖かい暖色と、夜を思わせるような深い碧が調和された美しい世界が広がっていた。
「ここがっ!天界さ!あたし達の魂は、ここで生まれて、ここに戻るんだ!」
「“あたし達”って、お前も、元は人間だったのか?」
「そりゃあそうさ!ここで生まれないのは神ぐらいだよ。」
さあ、更に奥へ行こう、と死神は俺の手を引き、更に深い碧に堕ちていった。
数分間落下を続け、その先に何やら小さな島のようなものが見えてきた。
「なんだぁっ?あれはっ?」
「あれは天空島!神や天使、悪魔、もちろん死神も住んでいるところさ!この島の周りを流れるのが天国行きの魂!」
「ここは天国じゃないのかっ?」
「天国はもっと空だよ!地獄もね。」
「地獄も空?」
「もちろん!地球の中だけの感覚じゃここでは生きてけないぜ!そろそろ着くよ!」
このまま落ちたら、衝撃で潰れて死ぬんじゃないか、そんな俺の考えは杞憂だったようで、ふわりと俺たちは天空島に辿り着いた。
「なんでっ今日っ、俺をここに連れてきたんだ?」
「キミには知って欲しかったからね。」
「何を?」
「一瞬でも神を殺そうと思ったキミに知って欲しかったんだよ。神がどういう存在かをね。」
「俺は宗教の類なんざ興味ねぇよ。」
「神はいるよ。実際にね。」
ニコニコと笑う死神の顔がどうしても、俺には哀しそうに見えた。
「さ、入って。」
「これ、大丈夫なのか?生きた人間が入ったりして。」
「大丈夫だよ。死神はね、余命宣告した人間に心の準備をしてもらうため、あるいは自ら死を選んでもらうためによく天界に連れて行くからね。」
「はっ。じゃ、俺もその神とやらを知って死にたくなるってか?」
「うん。きっとそうなる。」
「…。」
神なんて気色悪い。人々が泣いて苦しんでいても救いの手を差し伸べようともせず、それでいて罪を犯したら地獄行きだ。
「罪はね、人間の基準ではなくて、神の基準で判断される。」
心の中を見透かされたような気がしてビクッとする。
「は、はぁ?なんだ、急に。」
「いや何、キミが知りたそうに見えたから。…続き、話してもいい?」
「……勝手にしろ。」
「ありがと。神の基準っていうのはね、そこに罪悪感があるかどうかだよ。」
「罪悪感?」
「そう、罪悪感。だから通常の人間はね、人間たちのルールを破ると後ろめたい気持ちが芽生えて、罪悪感に苛まれ、自ら地獄を選ぶ。天国も地獄も、全て神ではなく人間が選ぶんだよ。それまでの人生を振り返ってね。キミもおそらくそうなるよ。」
「はっ。そりゃどうも。だいたい罪悪感を抱かねぇ人間なんていんのかよ。」
「それがいるんだよねぇ。人としてのサガが外れてしまった人。人を殺しても、罪を犯しても何も思えない。罪がどのようなものかもわからないまま、その点でいて至って無垢なままに死んでいく人。
通常の犯罪者よりも何倍もタチが悪い。でもそれでいい。それが許される。
神は無垢や純粋を喜ぶからね。そう言う人々は天国やそれに近しい場所に行く。
簡単に言うと、良い人ほど地獄に落ちやすいんだよ。自分には天国が勿体無いと思ってね。」
「そうか。」
それを語る死神の瞳は虚なものだった。自分の過去でも振り返るような、今の自分を蔑むような。
「要するに神は、それだけ生まれた時に近い人間が好きなんだよ。許しあい、無垢なままの。
私たちには決して理解できない独自の感性で人間を創り、世界を造った。そして、死んだ人間は作られた世界での自分の行動により自らを地獄へ落とす。あたしから言ってみれば、神ほど最悪な存在はないよ。」
「胸糞悪りぃな。」
「その点に関しては同感。」
ゆっくりと時が止まったような廊下を進む。
「天使はどうなんだ。人間とは違うんだろ?」
「ああ、あっちは完全に神の下僕。神は表には出れないからね。代わりに意思を植え付けられた人形が天使。ま、あたし達より位は上なんだけれども。」
「じゃあ、あんたたち死神は?天使でもなけりゃ、神でも、人間でもない。」
「…あたし達は、地獄に行くことも、天国に行くことも許されない極悪人。“無”に戻ることもできずに、死ぬこともできず、生きていた頃の記憶も思い出させてくれない。ただ、生きていたっていう事実に縋って、永遠に人間の命を奪い続ける、罪を繰り返し続ける、罪人だよ。」
死神は淡々と語る。
「どんなことをしたんだ。神を殺そうとしたとか?」
「その程度であれは怒らないよ。殺されはするけど。」
「変な野郎だな。」
「誰だって自分が殺されそうになったら反射的に相手を殺すよ。」
まあ確かに、と、今まで殺した奴らを思い出す。
「話に戻るけど、罪って言うのも人それぞれだけれどね。あたしの罪は、「無知」。」
「無知?神は純粋なのが好きなんじゃないのか。」
「好きだよ。でも、無知はいらない。あたしは何も知らないまま自殺したんだ。そう言う事実だけが頭に入っている。他のことは何一つ思い出せないのに。
神はね、自分が創った人間に自信があるんだよ。だから、自ら命を断つような行為を決して許してはくれなかった。全部あいつの自己満だ。」
「さあ、着いたよ。ここは天空島の最深部。神がいる場所だ。」
「?神なんてどこにもいねぇぞ。」
「目の前を見なよ。」
あるのは大きな木だけだ。
「これが…神?」
「そう。」
その事実にしばらく呆然としていた。
「っふざけんじゃねぇよ。こんな人間の形もしてねぇような奴に俺は作られて、俺の人生決められたのかっ!?なんなんだよ。」
「言ったでしょう?神は表には出られない。世界を創造した時点で、力はほとんど使い切ったんだよ。」
「あんたはっ!!あんたは、俺に、どうして欲しかったんだよ。こんなもの見せて……。」
「それも最初に言ったよ。私は人を殺さない。キミに自ら死んでもらう。」
その瞳の冷たさにゾッとする。
「散々人を殺しておいて許されるわけないでしょう?喩え神が許したとして、あたしが決して許さない。」
「っ。」
「殺し屋に最後の殺しの依頼。神を、殺して。」
「はっ。依頼料は?先払いだぜ。」
こんなふざけた事があるか。自嘲的な笑いを噛み殺しながら、死神に問う。
「永遠の安寧。地獄は何もすることもなく自分の過去を何千回も何万回も何億回も繰り返す。あなたはそうして無に還る。」
「上等だ。」
そう呟き、俺は木に向かって拳銃をぶっ放した。
______________________________________
目が覚めると、俺は自分の部屋にいた。でも、窓の外は何もない。おんなじことを繰り返している。
食って、殺して、寝る。それが俺の日常。
もうこの繰り返しも何回目になるんだろうな。
最後に辿り着くと、俺は再び記憶を忘れてやりなおす。
そして、全て思い出す。
その後のことはどうしても思い出せない。
え?自業自得だって?そりゃそうだ。全部、俺の罪悪感から生まれたからな。
でも、時々思うんだよ。
生きていた頃の思い出を思い出せずに事実に縋って生きる死神は、今頃どうしているんだろうなって。
そんなこと、知る由もないんだけれど、なぜか、あいつには救われてほしいんだ。
騙されていたかもしれないけどさ。
あー、なんだ、つまり。俺が言いたいのはだな。
俺は、あんたに死ぬなって言いたいんだろうな。きっと。うん。
突然何言ってんだって?いやぁ、俺もわかんない。
でも、こうしてどこかに生きている奴がいるんなら、そいつに死んでほしくないと思っちまうようになったんだよな。
特に、自ら死を選んで、死神のようになってほしくない。
こう思うのが、俺の罪滅ぼしなのかもしれねぇな。
おっと、また繰り返す時が来た。今日のこともまた、全て忘れちまうんだろうな。
この時間は、人生を繰り返した俺に与えられる懺悔の時間、もう一度繰り返すまでのバグみてぇなモンだから。
いいか、つれぇ事があったら、好きなだけ泣いて、好きなことだけやって、好きなだけ寝て、好きなだけ休め。
自分がやりたくないと思ったことはやらなくていい。
あんたはあんただけを大切にしていいんだからな。
…はぁ。結局何がしたかったんだろうな。俺は。俺の人生の主題も何もわからないまま終わっちまった。変な熱に浮かされている気分だよ。
それじゃあ。
いつか、俺とあんたが会える日を楽しみにしてるよ。
忘れてたら思いっきり頬をぶん殴ってくれ。きっとそれで思い出す。
この静かな空にあるどこかで、あんたを待つよ。
おやすみ。
静かな空で君を待とう 十口三兎 @mitoguchi
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