2日目

【二日目】

昨日は久しぶりにあんなに泣いた。人を殺すことに抵抗がなくなった俺にあんな感情があるとは思いもしなかった。


今日は、久しぶりに地元の街にやってきた。

近所の商店街は随分と様変わりしちまったけど、まだ、残っている店もポツポツと残っていた。


「あれ、お前__。」


誰かに声をかけられて、俺は振り向いた。

驚いた。


「久しぶりだな。覚えているか?僕のこと。」

「……ああ、覚えているよ。黒崎。」


それは、俺が中学の頃にいじめていた奴だった。


黒崎と、商店街から少し離れたファミレスに入る。


「しかし、お前、まだ生きていたんだな。てっきりお前みたいなクズ、とっくの昔に死んでいると思ったよ。同窓会にも全く顔を出さないし。」

「ああ、そうだな。」

「なんだよ。言い返せよ。今まで散々僕にやってきただろ。ノート破って、殴って。でも、今思うと不思議だよ。

お前、すぐ変えのきくノートやら消しゴムやらはよく隠したり、破ったりしてたけど、机とか教科書とか、上履きとかそう言うのは全然手ェ出さなかったし。

くそみてぇな動画とか撮ったりも、無理やり虫喰わせたりもしてこなかったよな。」

「そうだったけか?」

「そうだよ。覚えてろよ。お前がつるんでた奴らがどんなにやろうって言ったって、ああ、今度なって適当な相槌打ってたじゃねぇか。あれ、なんでだ?」

「あんた、よく喋るな。深い意味なんてねぇよ。ただ、なんだ、そういうのは気分じゃねぇっつうか…。」


瞬間、俺は水をぶっかけられていた。


「⁉︎お客様っ⁉︎」


料理を運んできたウェイトレスが慌てた。


「なんだよ気分じゃねぇって‼︎お前今まで、散々僕のこといじめてきただろっ!それが気分じゃない?そんなお前の適当な理由で、僕の時間奪わってきたのか?」

「お客様、落ち着いてくださいっ‼︎」


ウェイトレスは必死に黒崎を落ち着かせようとする。


「ふざけんじゃねぇよ!」


黒崎は俺の右頬を思いっきりぶん殴った。


「ってぇ。」

「ほら、やり返せよ昔みたいに‼︎出来ねぇなんて事ないだろっ!お前が中途半端にいじめて転校してった中2の時、僕は、お前とつるんでいた奴らに僕がさっき言ったみたいなことされたんだよっ!さいっしょからお前がやってればよかったんだよ!そしたら、僕は、あんな自殺じみたこと繰り返さなくてもよかったのによっ!」

「黒崎、落ち着けよ。意味わかんねぇ事言ってんぞ。」

「黙れ!」


もう一発黒崎は俺の頬を殴った。

今度は左頬だった。


「ってぇな。」

「ひぃっ。」

「黒崎。俺がやったことは消えねぇし、お前に変な希望抱かせちまったのも俺だ。悪かった。心の底から、申し訳なかったと思ってる。」

「っなんだよそれぇっ僕の時間返せよぉっ責任取れよおっ。」


「あああ、すみません。会計お願いします。」

「か、かしこまりましたっ。」


ガキみたいにギャンギャンなく黒崎を引きずって、俺は会計を済ませて店を出た。


「っく。お前、なんだか丸くなったな。」


鼻声で少ししゃくり上げながら、真っ赤に腫れた目尻を自販機の水で冷やして、黒崎が言った。


俺たちは公園に来ていた。


「んな丸くなんてなってねぇよ。俺は俺だし、そのサイテーさは変わってねぇよ。」

「ふぅん。確かに言われてみるとそうかもな。相変わらず人に興味なさそうな顔してるし。」

「なんなんだよあんたは。」

「僕、結局大学まで行って、就職したんだ。東京で。でも、そっちでもミスばかりで。何の役にも立たないって自分の無力感に襲われて。中学の時に試した自殺方法をまた一通りやってみたけど、死ねなかった。だから、地元に戻って、海にでも飛び込もうと思ってたんだ。」

「お、おう。そうか。」


確かに俺の地元には自殺の名所となっている崖はあるが…。


「お前は?お前は中学行った後どうしたんだよ。高校には入ったのか?」


黒崎はズビッと鼻を啜った。


「俺?俺は__。結局中学は卒業しねぇでやめたよ。」

「えっ?じゃあどうしたんだよ。就職は?」

「それなぁ。訳合って、やばいところに引き抜かれて、そっからは表じゃ言えねぇようなこと繰り返したよ。」

「え…。それって⑧みてぇな…。」

「いや?それよりもやべぇ事だよ。」

「なんだよそれ…。一応言っておくけど、僕は関係ないからな!」

「これから死のうとしてる奴が何言ってんだよ。」

「それは、そうだけど。」

「まぁ、安心しな。あんたも誰も巻き込まねぇよ。」

「どう言う意味だ?それ…。お前まさかもっとヤベェことするんじゃないだろうな?」

「しねぇって。それにもう、そんなくだんねぇことする時間もねぇしな。」

「?どう言う意味だ?」

「俺、余命五日。」

「はぁ!?まじで!?」


黒崎は呆然としたような顔をした。


「なんだよ、喜べよ。あんたをいじめた相手が死ぬんだぞ。」

「いや、人が死ぬことなんかに素直に喜べるやついねぇって。てか、いたらやべぇよ。」


少し引きながら黒崎は言った。

それが、あまりにも普通の反応で、この反応が、こいつのとっての当たり前で。俺は呆気に取られた。


「なんだよ、その顔。お前、僕に死ねって言われたかったのか?」

「や、違うけどさ。なんていうか。」


ああ、そういえばこいつは、そう言うやつだった。いつも真っ直ぐで、気遣いができるようなやつだった。今日がどうかは置いておいて。


「なんていうかなぁ。」


それが、俺にはとても眩しくて、いつも保護者の参観日には両親揃って迎えて暮れてるこいつが羨ましくて。努力なんかしなくても頭のいいこいつが羨ましくて。

だから、散々なことをやった。自分には到底手の届かないことを嫉妬して、こいつに八つ当たりした。


「なんだよ。」


ああ、俺ってやっぱり最低なクズだ。


「黒崎。あんたはいいやつだ。」

「なんだよ急に。気持ち悪いな。」

「だから、死ぬな。」

「はぁ?」

「俺みてぇなクズはともかく、あんたみたいなまともでいい奴がここで死ぬのはなんか、もったいねぇよ。今まで俺はあんたのこと見下して、散々なことやってきたけどな。」

「なんだよ、それ。」

「今まで、悪かった。じゃあな。」


軽く手を振り、俺は黒崎から離れようとした。


「はぁ!?それが余命五日のやつの別れ方かよっ!」

「じゃあどうしろってんだよ。少しはカッコつけさせろ。」


ははっと、久しぶりに、自然な笑いが込み上げてきた。


「お前あれだろ!どうせあと五日間何もする事なくて、テキトーに飯食って無駄に時間使って終わりだろっ!」

「じゃあどうしろってんだよ。」


思わず図星でイラッとした。


「じゃあ、あと五日、僕にくれ!お前が今まで僕をいじめた時間を、それでチャラにしてやる!」

「はぁ?」

「それじゃあ、今日はもう遅いし、明日の朝、この公園に4時に集合だ!」

「夕方のか?」

「馬鹿、朝って言ってんだろ。それじゃな。」


そういって黒崎はさっさと行ってしまった。


「てか、ファミレスの飯代返せよな。」

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