1日目
【一日目】
久しぶりにする事がなくなった。目覚めて最初に依頼が来てないか確認する癖は抜けていなかった。ネットニュースが騒いでいた。今まで俺を散々利用してきた政治家やら大富豪やらが続々と不慮の事故で死んでいったからだ。
本当に死んだんだな。今まで、生で人の死を見てきた。文字で伝えられてもいまいち夢の中にいるかのようだった。
重い体を起こして、とりあえず飯を胃に流し込む。
まずい飯の余韻を水で流し込んだ時、ふと母親の飯を思い出した。
母親。決していい母親でなかったと思う。昼の仕事だけじゃ生きていけず、夜の仕事で数々の男に手を出して、貢がせた金で、親父が作った借金を返済していた。結局俺がガキの頃に逆上したどっかの男に殺されちまった俺の母親。
料理が特別美味かったわけではなく、どちらかというと不味いことの方が多かったが、飯だけは絶対、弁当とかカップ麺とかじゃなくて、手作りを作ってくれていた。
昔、理由を教えてもらった気もするが、今はもう、思い出せない。
久しぶりに、母親の墓にでも行ってみるか、そう思い、俺は立ち上がった。
「ひでえな。こりゃ。」
案の定、数年間まともに墓参りに行っていなかった墓は荒れに荒れまくっていた。雑草が主張をしまくり、苔にむされ、変色している。微妙に見える歪な石に掘られた文字が、ようやく墓だと思わせてくれるほどだ。
流石にこの中に菓子やら、花やらを供えるわけにもいかない。
「掃除すんのか…?この俺が…?」
1人で呟いてみるも、それしかない。
めんどくせぇと思いつつも、母親が作ってくれた不味い飯の味を思い出しながら、俺は雑草を引き抜いた。
いい年になって今更母親のことなんか考えながら汗水垂らす自分に笑いが込み上げてきた。でも、やめる気にはなれない。
昔は、母親のために早く大人になって、変な男に頼らなくても、俺が養ってやろうと、必死に勉強していた。
夜遅くに帰ってくる母親のために、やっと覚えた料理を振る舞って褒められたことが何よりも嬉しかった。
気づいたら眼から大量の雫が溢れていた。
「くそっ。」
そんなくだらないことを懐かしい秋の匂いに包まれて。
4時間後。
だいぶ日が落ち始めて、カラスがガァガァと鳴いていた。
「ははっ。いいんじゃねぇの?だいぶ綺麗になったし。これなら母ちゃんも喜ぶだろ。ま、“無”に戻ってなければな。」
死神に言われた言葉を思い出す。
なんで俺は、散々人を殺してきたくせに、こんなたった1人の、母親の死に衝撃を受けてんだ?
俺は、どうすれば良かったんだろうな。
「くそっ」
再び目頭が熱くなった。とめどなく涙が溢れる。辛い。苦しい。
やりきれないような、侘しいような、寂しいような、虚しいような、それでいて懐かしい、鮮やかな思い出を思い出す。
「子供はなぁ、母親の飯ィ食って大きくなるんだ。下手だろうがなんだろうがあんたが私のところにいる間は私があんたの飯作るんだよ。くだんねぇこと聞いてないで早く、机ふきな。」
母親の色を思い出す。
「これをあんたが作ったのかい?すげぇなぁ。うめぇじゃねぇか。ああ、母ちゃん悔しいけど嬉しいよ。将来の夢は料理人さんか?」
声を思い出す。
「心配しなくても母ちゃんはこの程度でくたばんねぇよ。子供のくせに一丁前に人の心配してんじゃないよ。あんたは勉強でもして、飯ィ食って、外走り回っとけ。
何ぃ?友達がいない?いなくてもいいだろ、そんなん。
あんたは友達に振り回されて生きてぇのか?ろくなもんじゃねぇよ、そんな人生。金なくなるし、騙されるし。1人でも楽しいことはたくさんあんだろ。」
俺を褒めてくれたことを、怒ってくれたことを思い出す。
「あんたは本当に出来がいい子供だねぇ。本当に母ちゃんから生まれたのか不安になるくらい。立派になんなくてもいいから、幸せを見つけろよ。」
「しみったれた顔してんじゃないよ。どうしようもない事でウジウジしてるくらいなら行動しな。」
「泣きたいことあったら、好きなだけ泣きな。溜め込んだら気が滅入っちまうよ。それが、なんの救いにもならくても、何も良くならなくても、気持ちに整理はつくだろ。
いっぱい泣いたあとはたくさん飯食ってたくさん寝て大きくなりな。」
「なんでこんなことしたんだ。答えたくない?…あんたにはあんたなりの事情があるんだから、別にいいけどさ。だけど、これだけは約束しな。人が傷つく嘘はつくな。自分が苦しくなる嘘もつくな。わかったな。じゃ、約束の指切りだ。」
本気でぶつかり合ったことも、そんな余裕もなかったけれど、それでも、大切な人だった。
「ごめんなぁ。俺、こんな人間に、なっちまって。あんたはもっと、真っ当な、優しい人間、になってほしかったろうに。ごめんなぁ、母ちゃん。」
何やってんだろうな。本当に俺は。散々やってはいけない罪を犯して。人を殺すことに慣れて。
俺が殺した人間たちにも、こんなふうに悲しんでやれる人はいたのだろうか。
今となってはもうわからない。
空は、暗くなっていた。
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