静かな空で君を待とう
十口三兎
「静かな空で君を待とう」
食って、殺して、寝る。そんな生活。
食って、殺して、寝る。毎日繰り返している。
食って、殺して、寝る。娯楽はない。
俺は殺し屋だった。
食って、殺して、寝る。家族はいない。
食って、殺して、寝る。友人もいない。
食って、殺して、寝る。依頼に身を任せて、衝動に身を任せて、引き金を引くだけ。
食って、殺して、寝る。俺は何がしたかったのだろう。
「お前は殺しすぎた。死神が本来もっと先に回収すべき魂を崩した。」
目の前に、死神が現れた。
食って、殺して、寝る。それは、俺が殺しすぎだと言った。
食って、殺して、寝る。殺すのはもうやめろと言った。
食って、殺して、寝る。俺は、どうすればよかったのだろう。
「お前が殺した分、お前の寿命を奪う。それが神が下したお前への天罰だ。」
骸骨が面倒臭そうに言い放った。数秒後、俺はこの骸骨を殺した。
神がいると言うのなら、そいつも殺す。俺を今まで見放して、自分の損失になったから、殺すなんて、今まで俺が出会ってきた奴らと、何より俺自身とよく似ていた。
よく、似ていた。
食って、殺して、寝る。それでも殺しはやめない。
食って、殺して、寝る。俺にとって「死」は近づきすぎたものだった。
食って、殺して、寝る。まるで、それが当たり前のように。
食って、殺して、寝る。息をするように引き金を引いた。
「新しくキミの担当になった死神だよ。よろしく。」
この間殺した死神の代わりがもうやってきた。
今度は骸骨じゃなくて、小柄なガキだった。
「お前も、殺されたいのか?」
「一言もそんなこと言ってないんだけど。」
心外とでも言うように死神はムスッと頬を膨らませた。
「仕事だ。どけ。」
「キミに仕事はないよ。」
呆れたように死神が言う。
「は?」
「キミが依頼を受けていた、お偉いさんたちはみーんなあたしが狩っちゃった。」
非常に愉快そうに死神は嗤う。
「ふざけるな!俺は!」
「なぁに?殺さないと、キミは生きていけないの?すっかり殺しの奴隷だねぇ。」
「黙れ。俺は!俺は…!」
「当ててあげよっか?」
「黙れ。」
「キミは誰かを殺すことに自分の価値を見出していたんだ。」
「黙れ。」
「殺しているときは嬉しかった?楽しかった?」
「黙れ。」
「殺されるニンゲンの最後の顔は愉快だった?」
「っ黙れ。」
「…自分だけを見てくれる最後の瞳はキミの承認欲求を埋めてくれた?」
「っ!黙れって言ってんだろっ‼︎」
突発的に俺は引き金を引いた。
死神は軽々と鉛玉を避ける。
何度引き金を引いても、鉛玉は当たらない。
カチッカチッ
弾は無くなっていた。
「短気だなぁ。キミは。」
土埃をパンパンッと払いながら、死神は呟く。
「お前は、何がしたいんだ。」
「キミと同じだよ」
「?」
「魂の回収。人を殺すことだ。」
「あんた、俺を殺そうってか?」
その突拍子もない言葉が愉快で俺は笑ってしまった。
「いいや?殺さないよ。」
「?」
「キミに死んでもらうんだ。」
「はは。冗談もいい加減にしろよ、死神のおじょーちゃん。命を奪うのがあんたの仕事じゃねーのかよ。」
「うーん。半分正解。」
死神は小首を傾げる。
「ああ?」
「基本的な死神は人を殺すよ。キミみたいにね。」
「自分は特別だってか?」
「うん。あたしは人を殺さない。」
その眼は真っ直ぐ俺を見ていた。
「何言ってんだ?お前。」
「焦んなくても、そのうちわかるよ。」
「キミが身をもって知ることになる。」
「どう言う意味だ?」
「前の担当が言ってなかったけ?キミは殺しすぎたんだよ。死神の分もね。そして、忠告に来た死神までも殺した。神の加護はもう無い。キミは寿命が尽きて死ぬ。キミが今まで殺した分を一日、一週間、1ヶ月、一年単位で、今死にかけている人へ預けて、生者と死者のバランスを図る。それが、上の決定だ。」
「ふざけるのも大概にしろよ。それじゃあ、俺の今までの人生は何だったんだよ。こんなことを、人を殺させるために俺は生まれてきたのか?なあ。」
「…すでに散々殺した奴が何言ってんのさ。」
「っ。」
「同情はするよ。確かに仕様がないこともあった。殺された人の前では決して言えないけどね。だから、これが最後の慈悲だ。」
「はは。転生でもさせてくれるってかぁ?」
「残念だけど、そんな優しいものはないよ。現実は、転生なんて御伽話、ありゃしない。
死んだ人間は生きていた時の罪を償うか。生きていた時の善に救われるか。それだけだよ。天国あるいは地獄を彷徨った人間は、長い時を経て、“無”に戻る。」
「?」
「ああ、理解にしなくていいよ。天界のバランスの話なんて反吐が出る。とにかく、キミに残された最後の慈悲は、一週間の寿命だ。」
「一週間?」
「そう、一週間。その一週間はキミは人を殺さない、普通の人生を味わってみるといい。身近なものを振り返って、それまで届かなかった、遠くを見に行ってみるといい。そうして、君は初めて人を知れる。」
「どう足掻いても、俺は何者にもなれないんだな。」
「?何ものにはなれてるよ。キミは最悪の殺し屋だ。」
「ふっ、そうか。そうだったな。」
「うん。それじゃあ、一週間後。」
「ああ。」
なんだか、途端にどうでも良くなってしまった。
これは、決して許されない罪を繰り返した、俺のくだらない、最後の一週間の話だ。
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