4-14 逃げ道

 男は逃げていた。手も服も血に染めたまま、大通りから裏路地へと入っていく。

 往来で、しかもまだ陽が高いうちから事に及んだことで、近隣住民が目撃していたのだろう。すぐに警察に連絡したのか、はたまた偶然見回りをしていたおまわりがいたのか、男はすぐに追われる羽目になった。

 かばんからナイフを取り出したとき、その場にかばんを捨て置いたために、お金も持っていない。どちらにしろ、この状態では乗り物には乗れまい。もとより、電車に乗れないことはわかっていた。駅に近づくこともままならないだろう。

 足に自信があるわけでもなかった。持久力なんてものは皆無だ。

 ならば、頭を使うしかない。入れないところに入っていくのもいいだろう。

 男は走りながら、逃げ道を計算していた。しかし、なかなかうまくいかない。イライラが募っていた。

「失敗した!」

 拳を握りしめ、苦々しく呟いた。

のせいだ! あいつが邪魔したから! 忌々しい……! 忌々しい、忌々しい!!」

 手に力が込められる。口を閉じ、歯軋りをした。ギリギリと音を立てて軋む。

 手に残った感触は、心地のいいものではなかった。感じるあの味わいは、一ミリも残っていない。最初から感じられていなかった。

 間違いなく、狙いを定めて刺したはずだった。標的は状況が飲み込めておらず、止まっている的同然だった。正面からではあったが、その点は問題なかった。一緒に歩いていた人間は右側に立っていたので、こちらも影響はない。

 だが、刺した刃先は心臓に触れてはいなかった。届いていなかったわけではない。ただ、ほんの少しのだ。

 もう一度刺し直そうにも、すぐに隣にいた人間が男に向かってきたので、その場を立ち去るしかなかった。

 思い出すだけでも、怒りが再燃する。

 あの男は死んだだろうか。即死にはならないだろう。刺しどころが、大量の血が流れれば、処置を急がない限り手遅れになるだろう。

「いたか?」

「こっちに向かったのは、間違いありません」

 忙しない足音とともに、声が聞こえてきた。声からして二人。いや、三人はいるだろうか。

 男は舌打ちした。考えなければならないことはたくさんあるが、今は逃げることに専念しなければならないようだ。

 男は立ち止まり、後ろを振り返った。幸い、まだ気づかれていない。

 水の音がした。流れる水の音だ。近くに川があるのかもしれない。

 息を整えると、男は一気に駆け出した。逃げ仰る道筋が見えたような気がした。

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