4-9 先行研究

 地下三階。

 明かりはついているのに、薄暗さを感じる室内で、壮亮はTCプロジェクトのメンバーである杉下と一緒にモニター観察をしながら、データの解析をしていた。

 杉下は古参の研究員だ。年齢も六十に近いのではないだろうか。篠崎よりも年上なのは間違いない。

 同じプロジェクトチームになったものの、二人だけで話すことはこれまでにほとんどなかった。話しにくい人ではないが、タイミングを逃していた。

「杉下さんは、どちらの所属ですか?」

「俺は二階だよ。免疫やってる」

 二階と聞いただけで、大きなチームだと思った。この研究所は、各フロアで分野が分かれているが、同じフロアに複数のチームが入っていることがある。壮亮がいる五階は、壮亮たちのチームとは別に、もうひとつ研究グループが同居している。

 そんな中、二階は免疫チームが独占していた。研究員の数も桁違いだ。壮亮の所属グループの倍以上はいるだろう。

「免疫の研究をされていて、このプロジェクトに参加されているというのは、また」

「それはお互い様だな」

 確かに、と笑う。

「みなさん、専門はバラバラですよね。いや、そもそもこの研究所にいる人で、このプロジェクト内容に精通している人がいるとも思えませんが。杉下さんも、篠崎さんから誘われたんですか?」

 杉下は頷いた。「他のやつらは知らんが、俺はなんで自分が誘われたのか、なんとなくわかってる」

「それは、僕もそうですね」

「みんな似たようなもんだろ。前もそうだった」

「前?」

「言ってなかったか。俺は、今のチームが編成される前から、このプロジェクトに参加してるんだよ」

 目から鱗とはこのことだった。

「じゃあ、杉下さんはセンダーがここにいるときから、この研究に携わっていたんですか?」

「ああ」

「センダーに会ったことも?」

 杉下は首を振った。「センダーと接触してたのは一人だけだ。俺は会っちゃいない。映像でしか見たことはない」

「一人だけ……篠崎さんの方針ですか?」

 モニターに顔を向けながら頷いた。

「センダーはもともと、現センダーの兄が担当していたと伺っています。その人の行方がわからなくなったから、現センダーが代わることになったと」

「ああ、そうだ。信号が途絶えたんだよ」

 杉下の話によると、ある日突然、センダーに埋め込まれているチップの信号を受信できなくなったとのこと。

「信号が途絶えるなんて、そんなこと起こり得るんですか?」

「起きたんだから、起こり得るんだろうさ。とはいえ、そんなことはそれまでなかった。そのときが初めてだった。それ以降、センダーの信号は少しも受信できていない。機械トラブルかと思って、色々見てもらったりしたんだけど、そっちの方は正常でね。となると、問題はセンダー側にあるんじゃないかってことになったわけだ」

「信号が途絶えたことについて、どういう可能性が考えられたんですか?」

 研究の途中で問題が起きるのは、言ってしまえばよくあることだ。ただ、そのままにはせず、なぜ問題が起きたのか、対処方法は、他に代替できる方法はあるかなど、検討されているはずだ。

「一番考えられるのは、センダーが亡くなってるってこと。それも、事故とか事件とかで、即死もしくは何かが起きてすぐ息を引き取った場合ね。もしくは脳に何らかの異常が起きて、意識がない場合かなあ。植物人間になっているという可能性も考えられたけど、その場合、脳幹は生きてるわけだから、ちょっと説としては弱いかな」

 杉下の言葉は淡々としていた。話の対象は、人ではないかのようだった。思い出しながら話している彼の頭の中にいるのは、人ではない。実験道具か何かだ。もしくは、その出来事が現実世界と乖離しているのかもしれない。

 センダーに接触していた人なら、何か他の情報も知っているのではないだろうか。

「センダーに接触していたのは、どの部署の人ですか?」

「辞めたよ」杉下は声を落とした。「一身上の都合だって聞いてるけどね。急だった。でも、実際は辞めさせられたんじゃないかって」

 杉下は椅子を壮亮の方に寄せると、さらに声を落とした。

「どうやらね、外に漏らしたみたいんだよ。情報を。いや、噂だ。確証は何もないけど、あながち間違ってないんじゃないかと思ってるよ」

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