4-8 調査依頼

 観月が所長を務める興信所には、翌日すぐに連絡した。

 電話に出たのは、女性だった。依頼したいことがある旨を伝えると、アポイントを取り付けてくれた。夜八時まで営業しているらしく、仕事終わりに訪ねることにした。

 定時を過ぎ、足早に職場を出ると、駅に向かった。いつもとは反対側の電車に乗り込む。混み具合は変わらなかった。

 メモを頼りに訪れた興信所は、五階建てのビルの二階に所在していた。エレベーターはなく、階段を上る。

 シルバーの扉の上部分には、すりガラスがはめ込まれていた。中は見えないが、明かりがついていることはわかった。

 丸いドアノブをまわし、中に入る。入ってすぐ、入り口と対面する形で女性が座っていた。

 壮亮が口を開く前に、「こんばんは」と、明るい声が響く。電話口で聞いた声に似ていた。

「約束していた三好と言います」

「どうぞ、中へ。こちらにおかけください。すぐに所長を呼んで参りますので」

 言うが早いか、女性は奥へ行ってしまった。

 一人取り残された壮亮は立ったまま、部屋の中を観察した。部屋自体もさほど広くはないのだろうが、無理に詰め込まれたように本棚や接客机、受付台を入れ込んでいるせいで、余計に狭く感じる。接客机にソファがあてがわれていることも、窮屈感を覚える所以だろう。

「やあやあ。どうも、こんばんは」

 受付の女性と一緒に、男性がやってきた。彼は名刺を渡しながら、観月と名乗った。観月は高めの声で、ハキハキと喋る人だった。国木が言っていたとおり、確かに若い。見た目にも若かった。

「どうぞどうぞ、おかけください。すみません、狭いところで。神部かんべさん、お茶をお願いできる?」

 神部と呼ばれた女性は、すでにお茶の用意にとりかかっていた。

 一言断りを入れてから、壮亮はソファに腰を下ろした。

「ご依頼の相談ということですが」

「はい、この人について調べていただきたいんですけど」

 先日撮った写真を画面に出し、スマホをテーブルの上に載せた。

「この人は?」

 壮亮は、どこまで話していいか迷った。仕事内容は、機密情報であるため言えない。となると、センダーのことも話せず、調べてほしい人物についても話せることが何もない。

 悩んでいると、

「具体的でなくともかまいません。お話しできる範囲で、話してください」

 と、助け舟が出た。

「仕事の関係者の知り合いのようなんです。ただ、その人には知り合いはほとんどいないはずで。心配に思って、調べていただこうかと」

「なるほど」

「知り合いなら、それでいいんです。引き受けていただけますか?」

 なぜか観月は笑った。目を丸くしていると、失礼、と断ってから続けた。

「実は、三好さんからご連絡いただく前に、国木先生から電話があったんです」

「国木先生から?」

「ええ。困っているみたいだから、力になってあげてほしいと」

 観月は表情を一段階緩めると、「国木先生にはお世話になっていて」と言った。

 結論からして、壮亮の依頼は引き受けてもらえることになった。ほとんど情報を提示しておらず、難しい部分はあっただろうが、国木の頼みでもあるということで、無理を聞いてくれたのだ。

 観月が手を上げると、神部が壮亮の前に料金表を置いた。それをもとに、流れを説明する。調査の始まりから終わりまでの説明を受け、料金体制についても聞くと、少し悩んでから、壮亮は正式に依頼することを決意した。出費は痛手だが、致し方ない。

「何かわかり次第、ご連絡いたします」

「よろしくお願いします」

 二人に見送られながら、興信所をあとにした。


 観月からの連絡は、興信所を訪れてから一週間も経たないうちにきた。仕事の早さに驚く。

 報告によると、センダーと一緒にいた男性は、緒方新というらしい。家族構成は父、母、妹、弟。生まれは山形で、大学の時に上京。就職に際し、神奈川に越してきている。Webデザイナーをしており、歳はセンダーと同じ。

 あの見た目で、自分よりも年下なのかと、少し驚いた。いやそれよりも、センダーと同い年というのは、単なる偶然か。それとも、やはりもとから知り合いだったのだろうか。

 すぐに、そんなはずはないことに気づく。緒方氏は山形の生まれだ。東京に出てきたのは大学生のとき。センダーはその頃すでに研究所にいて、外界との交流はなかったはずだ。

 では、研究所を出てから知り合ったということだろうか。

「彼、今自宅にいないみたいなんです」

 観月の声は、電話口でもよく通った。

「三好さんの仕事関係の人のところなのかな。自宅から離れたマンションにいるみたいです。そこから仕事の打ち合わせにも出かけてたから、完全に居候してる感じですね」

「居候?」

「ええ。ただ、理由はわかりません。ここ数日のことみたいですよ。それまでは、その家に家主以外の人が出入りすることは滅多になかったみたいですから」

 それで、と言った観月の声には、申し訳なさそうな色が含まれていた。「その家主さんのことも、必然的に知ってしまったんですけどね。こればっかりは成り行きです。他意はありません」

 壮亮が何も言わないうちに、これでもかと言い訳を連ねた。観月が満足したところで、続きを聞く。

「その家主さん、ご兄弟がいるでしょう? どうやら、家主のお兄さんと、くだんの人物が知人らしいんです」

「どういう知り合いなんですか?」

「大学が同じなんです。仲も良かったみたいですよ」

 センダーの兄。そして、その友人。

 壮亮の中で、何かがつながる音がした。しかし、まだ完璧ではない。

「あの、そのお兄さんについても調べていただけませんか? もちろん、費用はお支払いします」

 観月は二つ返事で承諾した。今はさほど忙しくないらしい。

 相手が電話を切るのを待って、スマホをしまった。

 緒方新——

 なぜ彼はセンダーのそばにいるのだろう。センダーの兄と友人とはいえ、センダーと面識はなかったはずだ。

 ため息が出た。疑問は尽きない。

 ただ、ほんの少し安堵していたのも事実だった。どうやって知り合ったのか、どういう理由でそばにいるのかはわからないが、友人の弟に害を及ぼすことはないだろう。センダーの兄と仲がよかったのなら、なおさら。そう思いたいだけかもしれないが。

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