4-7 調べたいこと

 始発に乗り、壮亮はとある場所へと赴いていた。

 駅構内の売店でパンとペットボトルの飲み物を買い、地図を片手に目的地へと向かう。

 平日ということもあり、職場が遠いのか、始業時間が早いのか、仕事に向かっているだろう人と何度かすれ違った。

 目的地であるマンションにたどり着くと、壮亮は建物を見上げた。自分が借りているアパートよりも立派な建物に、以前同僚が愚痴を言っていたことを思い出す。あのときは否定したが、これを見たら、確かにいい生活してるなと、文句のひとつも言いたくなる。

 一旦、マンションを離れると、身を潜められる場所を探した。住宅地で、コンビニなどもないところなので、これには苦労した。

 壮亮はあたりを見回した。特に何事もなく、平穏な日常が流れていっているといった雰囲気だった。

 昨日のことが心配で、壮亮はセンダーが暮らしているマンションを訪れていた。自分でもやりすぎだということはわかっている。

 資料に残されていた写真、さらには昨日のレシーバー由来の映像でしか、センダーの顔を見たことがなかった。出てきたところで、気づけるのか自信はない。探偵まがいのことをやるのも初めてだったので、なおさらだ。

 あまり長居はできない。午後からは仕事もあるし、不審者だと思われて通用されてもかなわない。

 時間とまわりを気にしていると、一人の男性がマンションに入っていった。見覚えがあるような気がして、気づけばスマホのカメラで写真を撮っていた。

 拡大する。解像度はよくなかったが、判別はできた。映像に映っていた男性だ。あの山の中で、センダーのそばにいた人物だ。

 これは誰だろう?

 センダーはほとんど研究所で育ったようなものだと聞いていたが、知り合いがいたのだろうか。

 考えた末、壮亮は電話をかけていた。出ないだろうと思っていた相手は、思いの外早く応答した。

 相談したいことがあるというと、一緒に夕食でもどうかと提案があり、承諾した。

 お昼をまわって研究所に行くと、壮亮は真っ先に事務を担当している職員のもとに駆け寄った。

「急にお休みをもらってすみませんでした」

「いいのよ。三好くん、ほとんど有給使ってないでしょ。使えるときに使わなきゃ。ためててもしょうがないし」

 半分しか時間がないとなると、時間がかかることはできなかった。軽めの実験をしながら、時間ができたらやろうと思っていた片付けをした。プロトコールをまとめたり、個別に保管している試薬等のリストを作成する。これで、万が一のことがあっても大丈夫だろう。

 休憩室でコーヒーを淹れていると、篠崎がやってきた。

「午前に半休いただきました」

 連絡はしておいたが、改めて告げる。

「どこか具合でも悪いんですか?」

「え?」

「いえ、三好くんが休みを取られるなんてめずらしいので。体調がよくないのかと」

「いたって健康です。今日はちょっと用があって」

 篠崎はそれ以上追及しなかった。

 特別用はないのか、部屋を出て行こうとして立ち止まる。

「そういえば、例のプロジェクトの件なんですけどね。一部、資料が持ち出されていたようなんですが、ご存知ないですか?」

「資料ですか?」

「センダーに関する個人情報が載っているものなんですが、名前とか住所とか電話番号とか。電子データとは別に、紙で保管していたものです。取り出された形跡がありましてね」

「知らないですね」

「そうですか。いえ、戻ってきていますし、困るものではないのでいいんですけどね」

 今度こそ、篠崎は自分の部屋へと戻っていった。

 壮亮は無意識に入っていた力を、緩ませる。おそらく篠崎にはバレているだろうな、と思った。


 そのあとの記憶はあまりなかった。それでも、今日やらなければならないことは終わらせていた。身体が覚えているのだろう。途中で意識が戻ってきた方が、どこまでやったのかわからなくなり、混乱することもある。経験はあったが、これほどまでにほとんど記憶がないのは、この日が初めてだった。

 定時に退社し、待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせの相手は、国木だ。急な案件が入ってしまったということで、予定を変更してカフェで落ち合うことになった。

 予定の時間より、五分遅れて国木がやってきた。急いできたのか、額にうっすら汗をかいている。ハンカチでそれを拭いながら、頭を下げた。

「すみません、遅くなってしまって」

「いえ、全然。お忙しい中、お時間作っていただいて、ありがとうございます」

 予定が変わったことにも、再度頭を下げていた。

 注文したホットコーヒーが届けられてから、壮亮は本題に触れた。

「ご存知だったら教えていただきたいのですが、人を探したい場合、どのような方法があるでしょうか?」

 探すというよりかは、調べてもらうといった方が正しい、と訂正する。

「一般的には興信所などでしょうか。弁護士事務所でも請け負っている場合もあるでしょうけど、案件が別にあって、その依頼に付随している場合が多いですかね」

「興信所……」壮亮の生活圏には馴染みのない言葉だった。「どこかご紹介いただけませんか?」

「紹介ですか? それはできないことはないですけど」

 持ち上げていたカップを置いた。

「何をお調べになりたいんですか?」

 壮亮は言葉に窮した。説明はしづらく、どう答えていいかわからない。

 あまりに考え込んでいる壮亮を見かねたのか、国木が助け舟を出す。

「危ないことではないですか?」

「はい、危ないことをしようとしているわけではありません」

 声に力が入った。国木は眉を下げて笑う。壮亮も苦笑を浮かべた。

 国木は少し考えてから口を開いた。「危険なことはしないとお約束していただいた上で、ご紹介しましょう」

「ありがとうございます!」

 国木はかばんから手帳を取り出すと、その中から一枚名刺を取り、壮亮の前に差し出した。名刺には「観月探偵事務所」とある。所長の名前は「観月みづき孝志たかし」というらしい。

「観月くんは、以前一度、一緒に仕事をしたことがある方です。若いですが、しっかりしています。人間的にも、仕事面でも」

「メモを取らせていただいてもいいですか?」

 国木は頷いて応じた。「写真に撮ってすませたりしないんですね」

「え? ええ。僕の少し下の人たちは、すぐにスマホを取り出しますけどね。僕はその習慣があまりなくて」

 名刺を返し、もう一度頭を下げた。

「ありがとうございます。お礼はまた改めて」

「必要ありませんよ」国木が壮亮の言葉を遮る。「その代わり、約束は守ってくださいね」

 壮亮は再度頭を下げ、返事の代わりとした。

「そういえば、碧さんが心配されていましたよ」

 次の予定が迫っているからと、席を立った国木が思い出したように言った。

「姉に会ったんですか?」

「いえ、たまに連絡を取っているだけです。壮亮さんにもよろしく、と私が言ったものですから。最近、顔を合わせていないとか」

 バツが悪かった。「ええ、ちょっと忙しくて」

 国木が壮亮を責めることはなかった。そういう時期もあるだろうと、汲んでくれているようだった。興信所を紹介してくれと言ったことで、忙しいのは仕事のことだけではないのだろうと、察してはいただろうが、訊かないでくれと言った壮亮の言葉を守ってくれたのだった。

 碧にはこのことは黙っていてほしい、と口に出しかけてやめた。わざわざ言うことではないかもしれない。国木が碧にリークすることはないだろう。根拠はないが、そう思えた。

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