4-6 箱
眩しさを感じて目を覚ます。全身に、じんわりと汗をかいていた。
時計を見ると、四時を指している。西陽がきついので、夕方だろう。いつの夕方かと考えて、一日経っていることに気づいた。昨日は夜遅くに家に戻った記憶があるので、丸一日ほど寝ていたことになる。
昴はまず手を見た。泥はついていたが、赤くはなかった。服にも泥しかついていない。
昨日は帰ってきてから、手も洗わずに寝てしまったらしい。相当疲れていたのだろうと、昴は泥を落としてから風呂に入った。泥がついたままの服を洗濯機に入れることに抵抗はあったが、面倒になってそのまま投げ入れた。
流れていく濁った水が、段々透明になっていく様を眺めながら、昴は昨日のことを思い出していた。
昨日起きた出来事はすべて、異様だった。異常だった。
意識も記憶もあるのに、自分がやったことだとは思えなかった。なぜあんなところに行ったのか。なぜ、見ず知らずの人に「返せ」などと言えたのか。そんなことを言った理由もわからない。ただ、あの顔には見覚えがあった。そして、それが本来の自分の顔だと思った。
どうして? なぜそんなことを思ったのか。そんなことあるはずがないのに——
不思議なことはもうひとつあった。あの二人とどうやって別れたのか思い出せないのだ。
山を降りるときは一人だった。そして、彼らが乗っている車を見送った記憶もある。ただ、どうやってあの失態を収束させたのかがわからない。
羞恥から記憶が抜け落ちているのかもしれない。昴はそう考えた。そうとしか考えられない、と思った。
風呂から上がると、冷蔵庫から茶を取り出し、干していたコップに注いだ。昨夜、夕食を食べた記憶はないが、腹は空いていなかった。食べるものも、どうせ何もない。
座ろうとして、先ほどまで寝ていたところが汚れているのに気がついた。泥だ。泥まみれで寝ていたのだから、汚れているのも頷ける。
昴は古くなったタオルに水を含ませてから、床を拭いた。フローリングの隙間に挟まっている土は取りづらかった。拭き終わる頃には、また汗をかいていた。
ぞうきんと化したタオルを洗い、洗濯機をまわそうとして、止めた。時間も時間だ。明日の朝にでもまわせばいい。
リビングに戻ろうとして、つまずいた。足に何かが当たったのだ。見ると、蹴飛ばされた箱があった。箱を見た瞬間、脈が速くなる。銃が入っていた箱だ。銃を見つけ、なぜそんなものがここにあるのかと考える余裕もなく、昴は外に出ていた。存在すら、今の今まで忘れていた。
そのまま忘れていたかった——そう思いながら、箱に手を伸ばす。ふと、蹴飛ばしたときに、さほど足が痛まなかったことに気づく。重みはなかった。そんなに軽かっただろうか。
箱を開けると、中は空っぽだった。箱の中に手を入れて、隈なく探してみるが、何も入っていない。マジックボックスでもなさそうだ。
あったものがなくなるなんて、そんなことがあるだろうか。
考えてみて、あるかもしれないと思い至る。少なくとも、自分なら。
昴は箱を解体し、他の紙類と一緒にまとめた。ちょうど明日は古紙回収の日だ。
銃なんて、最初からなかった。この箱も、もとからここにはなかったのだ。
そう言い聞かせながら、本日二度目の風呂へと向かった。
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