4-4 可能性
関本から連絡が入り、地下三階へと向かった壮亮は、モニターを前に唖然としていた。本日、モニター担当である関本と駒田も、緊張した面持ちで画面を見つめている。
映像はレシーバー視点のもの。顔前には、驚きで目を見開いた人物の姿。距離は近い。横から伸びた手は、目の前の人物の肩を掴んでいる。
「今、レシーバーが肩を掴んでいる人物は、センダーだと思います」
駒田の言葉に、声なく驚く。
「これはどっちですか?」
「アフターだと思うんですけど」
答えたのは関本だ。移行後の意識をアフターと呼んでいる。
どうしてレシーバーは山に? どうしてセンダーと相対しているのか? この状況は一体?
訊きたいことは湯水のように湧いてくるのに、何ひとつ言葉にできない。
関本はアフターだというが、彼がこのような不可解な行動を見せたことはない。
一触即発のような状況のように見えたが、そこにいたもう一人の人物が間に入り、何事もなく事は収束した。
「思いの外、あっさり引き下がりましたね」
「何か言われたんでしょうか」
「センダーでもレシーバーでもない人物は、さほど喋っていないように見えましたけどね。それに、掴みかかった人間が、何を言われたら、あんなにあっさり引き下がるんです?」
駒田の言葉に、関本は考え込む。その間も、駒田は映像を巻き戻して、何度も同じ場面を見ていた。
「ここ」駒田が映像を止める。「人が変わったみたいでしたよね」
壮亮もモニターに集中した。駒田が言っているのは、レシーバーが二人に背を向ける少し前の映像だった。確かに、様子はおかしい。
「でもそうなると、先に出ていたのがビフォーてことになりませんか? 逆なら、変わった瞬間に手が出そうだし。そもそも、どうしてレシーバーは、センダーの居場所がわかったんでしょう?」
「同じ意識を持ち合わせている人間として、テレパシーのようなものが存在しているのかもしれませんね」
「それだと、僕たちでは証明できませんね」
問答は延々と続く。
突然、駒田が「静かに」と注意した。自分も今まで喋っていたのに、だ。
駒田はモニターを注視していた。画面には変わらず、レシーバー視点の映像が流れている。俯いているのか、画面いっぱいに土の色が広がっている。
動いていなかった視点が、突然揺れた。見えている背景は変わっていないので、進んだわけではなさそうだ。左右に、上下に揺れた。頭を動かしたのかもしれない。それも、激しく。
「何をしているんでしょうか?」
「わかりません。出ている意識がどっちなのかもわからないです」
「声が聞けたらいいんですけどね」
「本当に。どうせ埋め込むなら、声も拾うものにしてくれたらよかったのに」
駒田が不満気に、愚痴をこぼす。「今すぐここに駆けつけて、目の前でカメラを構えたいですね」
しばらく、レシーバーはその場に居座った。時折、先ほどと同じように画面が揺れることがあったが、変わらず歩いているというふうではなかった。
より大きな揺れがあった。画面いっぱいに土と草が映る。これまで見ていたよりも、近い。
倒れたのだと理解できたときには、男は立ち上がり、何事もなかったかのように歩き始めた。
「僕は今、何を見ていたんでしょうか」
「自分もよくわかりません」壮亮の言葉に、関本が同意する。
二人は駒田を見た。彼はモニターに集中したまま、パソコンを操作している。眉間にしわを寄せ、今までに見たことのない顔をしている。
「ちょっと前から思っていたんですけど」モニターに目を向けたまま、駒田が呟く。「レシーバーの中には、もとの人格と、センダーから移行させて入れ込んだ人格しかないんでしょうか?」
「というと?」
「ビフォーでもアフターでもない人格を観察することがあるように思うんです」
「違う人格? それはどういう意味でしょう? ビフォーはもともと、多重人格だったとか?」
「多重人格ではなかったかと思います。そういうのは、もともと調べられていたじゃないですか。裁判のときに、彼の弁護人が調べさせていた。結果、彼は多重人格ではなかった」
「多重でもなく、他の人格を持っているっていうのは」
「これはあくまで僕の考えですが」駒田は壮亮たちの方を見た。「以前のセンダーのものではないかと」
駒田のいう以前のセンダーとは、現在の研究の前に行っていた先行研究でのセンダーのことだ。現センダーの双子の兄のことを言っている。
「現在のセンダーは、以前はレシーバーだったわけじゃないですか。兄とはいえ、別の人間の意識が移行されていて、しかも移行の確認も取れている。現レシーバーが二つの人格を見せているということは、センダーの中にも、二つの人格が存在していてもおかしくはないと思うんです。そして、その二つの人格がレシーバーに移行されているとは考えられないでしょうか」
駒田の話を聞きながら、壮亮は先日彼とモニター当番だった日のことを考えていた。その日は、特に問題はなかった。レシーバーは、部屋の掃除をしていただけだ。しかし、駒田はその映像にも疑問を抱いていた。壮亮には何に引っかかっているのかわからなかったが、今、三つ目の人格——意識が存在するかもしれないという話を聞き、合点がいった。
なぜあのときに言ってくれなかったのだろうかと思うが、確信を持っていなかったのだろうと納得する。三つ目の人格の可能性についても、ここにきて思い浮かんだのかもしれない。
「もし仮に、三つ目の意識が存在するとして、それにしては、これまでにほとんどその姿を見せていなかったことに疑問を感じます」
「それは」駒田はすぐさま反論する。「割合の問題かなと思います」
「割合?」
「ええ、身体に占める意識もしくは人格の割合です。アフターの性格などを見ていると、現センダーの性質がほぼ100くらいのように見えます。彼ら兄弟は、性格が真逆だったと聞いています。移行はできていたということですが、書き換えまではいっていなかったのではないかなと。理由はわかりませんけどね。今回の実験の初期の頃とは、違う結果なのかなと」
壮亮と関本は黙ったまま、駒田の話を聞く。
「例えば、センダーの意識の中に100のうち10%くらいは、前センダーの意識が含まれていたとする。そして、レシーバーに意識が移行される。移行後、ビフォーの割合は減っていき、こちらもまた10 : 90くらいになったと仮定しましょう。その90のうち、10%なので、9が前センダーの意識として含まれます。レシーバーの身体に含まれる意識としては、一番少ないです。そして、時間が経つにつれ、ビフォーとアフターの割合は変動し、今ではもしかすると逆転しているかもしれない。となると、三人目の意識はよりその割合を減らしていることになる。出てこれるほどの存在比率ではなかったのかなと」
「言いたいことはわかります。でも、アフターの意識が大半を占めていたときではなく、今になって三人目の姿が出てくるようになったというのは、少し納得がいきません」
関本も頷く。
「それは、これも仮定ですが、以前は単に気づいていなかっただけじゃないでしょうか。何せ双子ですし、もともと移行させて順応させていた意識です。性格は違えど、性質は似ていたのではないでしょうか。第三者の我々が見分けがつかないというのも、別段不思議ではないかと」
さらに質問を重ねたかったが、言葉は続かなかった。
「ひとまず、今日のことは他の人にも共有しておきましょう。篠崎さんにも報告しておかないと」
全員の意見が一致した。
「しかし、どうして居場所がわかったんでしょうね。あんな山の奥なのに」
駒田が笑いながら続ける。「意識共有をしていたとでもいうんでしょうか。機械も通さずに——それはとても興味深い。どうにかしてそのデータ取れないかな」
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