3-10 深まる疑念
湊斗は電車に揺られていた。
定位置である扉付近に立ち、切符を手に持ったまま、何度か見た景色を眺める。初めてそこに向かったときから、湊斗を取り巻く状況は変わっていたが、のどかな景色はあの頃の色合いを保っていた。そのことが、妙に湊斗の心を落ち着かせた。
湊斗は陽翔を探すことに決めた。一緒に過ごしていた記憶はなく、共有の中でしか会ったことがない兄弟。同じ顔を持つ彼。自分の片割れ。
湊斗は陽翔に、実際に会ってみたいと思った。兄と話してみたかった。
ここ数日、伊野村の話を何度も反芻した。彼は、陽翔の最後の言葉に懸念を抱いていた。そして、湊斗が外に出られているという事実もある。
湊斗は、陽翔が何か危ないことに巻き込まれたのではないかと、想像した。それが、陽翔の意思によるものであることも想定した。
陽翔は研究のことを知り、俊郎に詰め寄ったとき、俊郎のことも自分のことも責めていた。湊斗に顔向けできないとも言っていた。それに加え、伊野村に言ったあの言葉。
自分が陽翔と同じ立場だったら、ということも考えた。考えた上で、その答えが違っていたらいいと、切に願った。それは最悪な想像だった。陽翔のことを考えていると、必ず一度はよくない考えが頭をよぎった。
しかし不思議なことに、陽翔が完全に消えたとは思えなかった。双子は、片割れの危機を察知できる何かがあるのだと、調べものをしていたときにネットで見たことがある。遠く離れていても、同じ痛みを感じることもあるのだとか。
それがどこまで本当で、どれほどの感覚を共有できるのかは湊斗にはわからない。ただ、片割れがいなくなった喪失感は感じなかった。微かではあるが、陽翔の存在を感じられる気がした。他人が聞けば、ただの願望だと一蹴されるような確信だったが、湊斗にはそれで十分だった。
湊斗はもう一度、最後に陽翔の意識を共有していたときのことを思い出そうとした。途端に頭痛がしたが、必死に堪え、奥底にある記憶までたどる。すると、ひとつの景色が浮かんだ。山の中のようだった。薄暗く、あたりは木々で覆われていた。陽翔は一人で歩いていた。
おそらくそれが最後に見た陽翔の姿だ。彼がその後どうなったのかは、いくら探ってみてもわからなかった。
わからないことは他にもあった。場所だ。
陽翔が歩いていた山道には、木々以外に、場所を特定できるものはなかった。看板も建物も見当たらない。植物に疎い湊斗では、木の違いなんてわからない。
困り果てた湊斗は、陽翔の家に彼の居場所を探れる何かがあるのではないかと、赴いているところだった。
電車を降りる。相変わらず、かなりの人が降車した。
ほとんどの人が流れていく出口とは反対側に歩いていく。階段を降り、駅から出ると、晴天が待っていた。幸先はいいということか。
しかし、陽翔の家には、彼の居場所を突き止められるようなものはなかった。ものが少ないので、探す手間はさほどかからなかったが、代わりに何もないという現実を突きつけられるのも早かった。
陽翔の家から駅まで向かう足取りは重かった。行きはよいよい、帰りは怖い——とはよく言ったものだ。
滞在時間は短かった。移動時間の方が長くかかっている。
駅に着いたところで、見知った顔に遭遇した。向こうも気づいたようで、「おう」と声をかけてくる。相変わらず派手な柄のシャツを着ていた。
「よく会いますね」
特に、この街を訪れたときの遭遇率はかなり高かった。格好から、仕事でないことは明白だ。
そういえば、どこに住んでいるのか訊いていなかった。このあたりに住まいがあるのかもしれない。
「帰るところか?」
「はい。兄の家に行ってたんですけど」
ふと、疑問が脳裏をよぎった。新が何か言ってくるかと待っていたが、そちらはそちらで湊斗の言葉を待っているかのようだった。
疑問はさらに濃く浮かび上がる。
新は、陽翔の家に行きたいと言ったことがない。最初に鍵を受け取り、以前住んでいたであろうアパートには案内も兼ねて同行したが、それきりだ。鍵が使えたことも、何度か家に行っていることも話してはいたが、何も言ってはこなかった。
ポストに投函禁止のシールが貼られていたことに驚いていたことも、今となっては不思議に思う。こんなに頻繁に最寄駅で遭遇するのに、湊斗に会うまでに一度も訪れなかったのだろうか。
「緒方さん、兄のことなんですけど」湊斗は声をひそめた。「捜索願を出した方がいいんじゃないでしょうか」
なぜ今までそのことに気づかなかったのか。湊斗ではなく、新から提案してきてもおかしくはないのに。
しかし、新は湊斗の提案を渋った。大事にするには早いのではないかという。
「でも、兄がいなくなってからもうだいぶ経ちますよね。早すぎることはないと思います」
「その件に関しては、俺に任せてほしい。何かわかったらすぐに教えるから」
だから、湊斗は気にするな、と言った。気にせずにいられるはずはなかった。
派手な柄シャツをなびかせ、前を歩く新のあとを追う。その背中に、疑念はさらに深まった。
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