第五十九話 首切り役人

俺はザップを天幕まで呼び出して絵図を描かせていた


「そんなに期待せんでくだせぇよ?俺も雇われの身で城を細かく見せてもらってはいないんでさぁ」

ザップは足枷をジャラジャラと言わせながら絵図を描き出していく。ただ、流石に身一つで成り上がっただけあって城の内部はよく見ているようで比較的細やかな部分まで丁寧に書き上げていく。


そして、彼の書き出した地図によれば城門の他に通用口が2つあるらしく。石扉で普段は城壁に似せてあるらしい。サイズは人間一人が横になって通るのが精一杯らしく城門や城壁の整備、斥候兵が出入りするための場所らしい。


「しかし、このサイズでは鎧を着た兵士は出入りできませんな」

「そうなんでさぁ。それに、二つの通用口は常に5名以上の兵士で守ることが決まっていて三交代制で通用口を守るためだけの部署が存在しているみたいでさぁ」

スコットが腕を組んで悩むのをザップが補足する。


「そうだとしたら無理に侵入しても兵士が5人で待ち構えているとすれば一人ずつ殺されて終わりだ。最低でも5人の兵士が一人一殺しないと抜けられない。それに5人を同時に処理しないとすぐに増援を呼ばれて失敗する」

俺の言葉に家臣達は頷いて城の絵図に目を通していく。


「敵の斥候兵を捕らえて服を奪い、侵入するというのは?」

「いや、ここまで警備が厳重なら合言葉などですぐにバレるのは間違いない」

ハンターの提案も悪くは無いがここまで警戒心の高いハーレーをして斥候兵の捕縛はある程度想定済みだろうからな


「攻城戦の最中に通用口を狙うのはどうです?」

「いや、それこそ通用口の向こうは敵軍がひしめいて居るだろうから混乱は起こせても決定打にはなり得ないな」

セシルの提案ではせっかくの通用口の情報を利用する手札を切るのには勿体無いと思ってしまう


「でしたら夜襲と組み合わせますかな。昼の攻撃では敵の展開が完了していますが夜の攻撃なら敵の展開に時間がかかりまする。そこに斥候兵の捕縛案を組み合わせて混乱の中で城壁の制圧を目指す」

スコットはセシルとハンターとの折衷案を挙げると天幕の中に『それが最適か』という空気が流れた。


「よし、通用口制圧の指揮はハンターに任せる。禿頭衆を率いて城壁の制圧まで完了させろ。結構は明日の夜だ」

「わかった。もし上手い具合に行った時は部下達に良い鎧を買ってやるための資金を工面して欲しい」

「良いだろう。上手く行った時はノーブル殿から安く鉄を仕入れて領内の鍛冶屋に良い鎧を作らせる」

俺の言葉にハンターは満足したように頷いて天幕から出て行った。

出費としては手痛いが領内に仕事を回せるなら悪く無い。


「スコットは普段と変わらずに攻城戦をしてくれ。落とせそうなら落としてもらって構わないが城門が内側から開いた時に備えて兵士を城門前に固めてくれ」

「承知した。あと、ザップは牢に戻しておこう」

スコットも深く頷いてザップの足枷を引いて天幕を出て行った



「私は何をすれば良いかな?」

ある程度話がまとまってセシルと俺が絵図を前にして話し合って居ると隅に静かにすわていたノーブル殿が立ち上がってナタリーを伴ってこちらへ来た。

「そうですね……。ノーブル殿の軍は一先ずスコットの部隊に参加してください。おそらく指揮官も不足して居るでしょうから一個の部隊として運用するのは危険かと」

「そうですな。ではスコット殿に指示を仰ぐとしましょう。では失礼致す」


ノーブル殿はナタリーを連れてトボトボと天幕を出て行った。

「すっかり覇気がなくなってしましたね」

「うーむ、相当先日の敗戦が応えている様だ。俺はどちらかというと勝った後が不安だよ」


そうして、不安を抱えながらも作戦決行当日になった。


ーーーーーーーー



日もとっぷりとくれた夜の空に角笛の高らかな音色が鳴り響いた。それと共に兵士達が長梯子や破城槌、手斧を持って突撃していく。ノーブルは自身の配下も混じっているその兵士達の波を悲しそうに見つめていた。

「ナタリー、私は本当にこれで良いのだろうか?」

「というと?」

「我が家の家督相続の問題でキャラハン家にこうも助けられては立つ瀬が無い……。なにより、この戦いが終わった後に私は良き領主になれるだろうか?」

ノーブルの言葉にナタリーは声を詰まらせた。だが、意を決した様にゆっくりといつもの彼女には似合わない慎重さで言葉を選びながら想いを口にした


「それは…。私が答えを持ち合わせている類のものではありません。ただ、この最後の攻城戦までをその様に悲観的に捉えて参加しなければ一生の後悔が残ります。私はノーブル様御自身の手で決着をつけることが最良であると思っていますから」

彼女の答えを聞いてノーブルもホッと安心した様にため息を吐いた


「そうだな。では私も近習を連れて向かうとしよう。私の身をおもんぱかってくれたルイ殿には悪いがあくまでもこれはベートン家の争いであるからな」

「ハッ!兵らよ!身支度をしなさい!」

ナタリーは決意を固めた表情に馬に乗り、ノーブルの身辺を守っていた兵50人に支度をさせる。


「行くぞ!」

ノーブルの掛け声のもと兵達は馬に乗って城門まで走っていく。兵達はあの日の重い鎧は着けていない。胸当てだけの軽装でノーブルの旗を掲げて走っていく

そしてノーブル達の突進と同時に城門が内側から開いていく

「臆することなく進め!これは我らの戦いぞ!」

「「「おおお!!!」」」

兵士たちの勇ましい背中を押される様にノーブルは開き始めた城門に突っ込んでいく。


門を潜ってすぐの所にはルイ殿の配下であるハンターが禿頭衆に指揮を飛ばしていた。しかし、コチラに気づくと目を丸くして周囲の兵士達に何かを聞いている。大方、自分の知らない作戦があると思ったのであろうがこれは自分の独断専行だ。

「ハンター殿!抜け駆け失礼する!」

「ま、待ってくれ!」

「いいや、待たぬ!これは我らの戦であるが故に」

ノーブルはそれだけ言い切ると再び前を向いて館へ向けて一目散にかけていく。道中の兵はまばらで大した邪魔もなく館までたどり着いた。


館にも人の気配は少なく召使いや侍女達が逃げ惑っている。


「兄上…いや、敵将ハーレーは最上階にいる。私達でこの戦いに終止符を打つ!私に続け!」

ノーブルは重い体を必死に動かして階段を駆け上がる。流石にここには兵士はいるだろうと思ったが何処にも兵士の姿は見当たらない。そのまますんなりと最上階の部屋までたどり着いてしまった。


「ノーブル様、扉は私が開けます」

ナタリーが一歩前に出るがノーブルは首を横に振った。

「いいや、あくまでハーレーに相対するのは私が一番先だ」

ノーブルの目は何処か焦点が合わず、いつもとは違う空気をまとい半ば自暴自棄になっている様にすら見えた。だが、ナタリーは頭を下げて大人しく彼の後ろについた


ノーブルがゆっくりと扉を開けると一人の男が奥の革椅子に座っている。そして、その人物の目は入ってきた人間を射すくめる様に鋭く冷たかった。

「まさか、お前が来るとはな。私はあの下賤な成り上がり者の小僧に殺されるものと思っていたぞ」

ハーレーはそう言って立ち上がるとコツコツと靴の音を響かせながらゆっくりとノーブルの前まで来た。ナタリー達が慌てて剣を構えようとするのを右手で制してノーブルは敵の大将を睨んだ。


しかし、近づいてみればハーレーの動きがおかしいことに気がついた。わざとゆっくりと歩いているのかと思ったがどうやら脚を引きずっている。それに血色も悪く、唇は紫に近かった。呼吸は荒く立っているのもやっとと言った様子で両足で地面を踏み締めているはずなのにゆらゆらと重心が揺れていた


そんなハーレーの様子を見つめていると彼はフッと自嘲気味に笑った。

「先日の戦いで足に深い矢傷を負った。だが、弱ったところを見せたら終わりだと思い兵達には黙って居た。だが思いの外酷かった様でな。もう立っていることすらままならない。いらぬ見栄を張ったばかりに私は死に体だ」


ノーブルは兄の笑う顔を初めて見たと思った。いや、もしかしたら昔からもっと笑って居たのかもしれない。いつしかその笑顔を忘れてしまって居ただけで……。


「どうやらドーガも死んだらしいしな。兵士達も私が動けないと見るやあっという間に逃亡して行ったよ。私を担ぎ上げては命はないと思ったのかな。旧友もあの敗戦以来顔を出さない。私は世界一嫌って居たあの父の様になってしまったよ」

兄の口元には自分の愚かしさを嘲笑する様な笑みがずっと張り付いており目は神経質にピクピクと忙しなく動いて居た。そして、ノーブルの胸ぐらを掴んで自分の側へ一気に引き寄せた。


ノーブルは一瞬驚いたが配下達に大丈夫だと手で示して兄の目を見据えた。

兄の目は以前見た自信に満ち溢れたモノではなく迷子の哀れな子犬の様な哀愁を漂わせた瞳をして居た。


「いいか、ノーブル。我が不肖の弟よ。私は紛れもなく貴様に殺された。貴様の人徳、人を見る目にな……。断じて、あの成り上がり者に殺されたのではない……!」

ハーレーは明らかに苦しそうな息を漏らしながらも言葉を続ける

「これで、貴様が名実共にベートン家の主人だ。だが、気をつけろ…!あの下賤な成り上がり者達は貴様の背後を常に狙っている。いつだって寝首をかかれる。私ならそうする」

「心得ております」

彼の鬼気迫る表情に気圧されながらもノーブルははっきりと彼の目を見据えて言葉を返した。


そこまで言うとハーレーは突き飛ばす様にノーブルを離し、腰から短剣を取り出した。

ナタリー達が慌ててノーブルとハーレーの間に割って入るがハーレーはつまらないものを見る様に彼らを見ると短剣を逆手に持って自分の喉に向けた。

「由緒ある騎士爵家であるベートン家の正統なる当主として下賤な平民風情に殺されることなどあり得ぬ!私の死に様をよく目に焼き付けておけ!」


そう言ってハーレーは喉に短剣を突き刺した。あまりの事態に誰も動けずに居た。

だが、慌ててノーブルは血に塗れることも気にせずハーレーの元に駆け寄った。

「あ、あ、兄上……。そ、そんな。わ、私は……。」

ノーブルは膝をついてハーレーの頭を膝に乗せて彼の顔を両手で包み込む様にして持った。

「最後に、最後に教えてくだされ…。私は……。私は兄上の良き好敵手であったのでしょうか」

彼の質問が正しく聞き取れているのかもよくわからなかったがハーレーはギョロリと目をノーブルの方に向けると憎らしそうに睨んだ後、目をゆっくりと閉じた。


「ノーブル様、ハーレー様のご遺体の処置はコチラでしておきます。今は少しお休みください」

ナタリーが不安そうにノーブルの顔を覗き込み、配下の兵士達に向けて目配せをすると兵士達は茫然自失のノーブルをゆっくりと部屋の外へと運んで行った。

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