第六十話 悲運の謀将Ⅳ
おかしい…。勝っているはずだった。疑いようのない大勝が目の前にあった。敵の大将であるノーブルを包囲して、すり潰す様に殲滅するはずだった。
それがどうだ……?何処からともなく敵の兵士が包囲の外から現れてこっちの兵士を次々と殺して行った。確かに兵士の練度はお世辞にも高いとは言えなかった。だからこそ数の有利を有効に活用できる様に兵士達に重い鎧は着させずに軽装にさせた。
その作戦は功を奏して重装歩兵を追い詰めた。だが、突破力はなかった。その後に現れた禿頭の集団の構える盾に阻まれて一歩も進めずにジリジリ通されて行ってしまった。
あのドーガとか言う武官が居れば突破出来たかもしれないが今のハーレーの陣中に奴ほど強力な武官はいない。実績を上げ、ハーレーを幼少期から面倒を見て居たドーガ以外の武官は皆解雇されて居た。今日ハーレーに仕えている者達は武官とは名ばかりのイエスマンしかいない。それも特大の日和見主義者達で忠誠心などあった者ではない。
結果、恐るべき速度で軍は瓦解して行った。兵士達を指揮すべき武官達は我先にと逃げ出していきハーレーの身辺を守る者も数えるほどしかいなくなって居た。
兵士達は必死にオーレンファイド城に逃げ込んで行ってしまったことで事実上の敗走となった。
キースはなんとか周囲の兵士達をまとめ上げて戦場から離脱した。そしてキース達はオーレンファイド城から遠ざかっていく進路をとって居た。
「キース様、1つよろしいでしょうか?」
「ん?なんだ」
キースに話しかけてきたのは下級兵士達のまとめ役である男だった。
「オーレンファイド城から離れても良いものでしょうか?何か作戦が?
「あ、あぁ、そうだな。俺たちは城外に潜むことになっている。あれは偽装撤退で要は俺たちが次の作戦の要というわけだな。うん」
本当はそんな作戦などなく、キースが逃げ出したいだけなのだがそれは伏せておく。
そうして、近くの林の中に30名ほどの兵士を連れて野営をして二日目の夜に斥候が慌てて野営地に駆け込んできた。
「た、大変です!し、城が!」
彼の声に弾かれる様に兵士達は城が見える所まで駆けていく。
「やはり負けたか」
キースは呟く様に声を漏らすと兵士達に着いて城を見に行った。
城からは煙が上がっており城門は内側から開かれ、城壁の上にはハーレーの旗ではなくノーブルの旗とキャラハン家の旗が翻って言った。
「ど、どういうことですか!?キース様は策があるとおっしゃって居たではありませんか!?」
先日の兵士達のまとめ役の男が困惑した様子でキースを問い詰めるがキースはさも当然と言った様子で全く城の様子に驚きを感じていなかった。
そんなキースの様子に憤慨したのか男はキースの胸ぐらを掴んで後ろの木にキース身体を打ちつけた
「貴方が策があるというから従ったのです!それがどうだ!?我らの城は卑劣な反逆者に落とされてしまったではありませんか!あの城には私の家だってあるのです!それが今ここでその城が奪われるのを見ているだけなど…!」
彼の必死の訴えにもキースは全く動じて居ない様で小指で耳をかき、爪をフッと吹いた。
「なぁに、ピーチクパーチク言ってんだ?遅かれ早かれあの城は落ちて俺たちは皆殺しだったんだよ。それを俺が機転を効かせてテメェ等を助けてやったんじゃねぇの。感謝してほしいぐらいだな」
キースはつまらなさそうにため息を吐いて嘲笑う様に肩をすくめた。その態度が癪に触ったのか男は更にキースの胸ぐらをキツく締め上げる
キースは呆れて腰から剣を抜こうとした時、男が力無く倒れ伏した。
男の影の向こうから現れたのは1人の年若い兵士だった。
彼の手には血濡れた剣が握られており倒れ伏した男の背中は刺されて血が服を濡らして居た。
「ほぉん?どういう了見だ?」
「この期に及んで騒いでも仕方がない。俺たちの中でいちばんの知恵者であるキース様を殺されては敵わないと思ったのでこのバカを殺しました。私たちはあなたについていきます」
そう言って年若い男は片膝をついて首を垂れた。キースが後ろで呆然としている他の兵士たちの方にも目を向けると彼らも慌てて腰を落として頭を下げた。
「ふむ、よかろう。お前、名はなんという?」
「ダリル。ダリル・バックハウスと申します」
彼は頭を下げたままで名を告げた
「そうか、ではダリル。お前を私の配下として認めよう。この兵士達を指揮する様に」
そう言ってキースは何が起こっているのかよくわかって居ないその他の兵士達を指差した。
「ハハッ。謹んでそのお役目お受けいたします」
ダリルは立ち上がって兵士達に身支度をさせ始めた
「それで、私たちに行くあてはあるのですか?」
「あぁ、こう見えてもツテは多い。ただ今回の様に誰かの下につくのは性に合わん。何処かの没落領主の城を奪って旗揚げといこう」
キースはそう言いながら死にかけの老人が領主をしている土地を思い起こして居た。
「今度はきっと上手くやってやるさ」
彼は誰に聞かせるでもなくただ静かに言葉を漏らして居た。
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