第五十七話 瓦解

「急げ!急ぐのだ!義父上ちちうえに危機が迫っている!」

俺は騎馬隊のみを率いてウフ砦を出て必死に馬を走らせていた。

「若様!兵達もこの強行軍についてきておりません!歩兵はおろか騎兵もシールズ家の面々しかまともに隊列を保てておりません!」

「いや、急がねば取り返しがつかぬことになる!ついてこれるだけでも引き連れて助けに行かねば!」


俺が後ろを見ると砦を出た時には400の軍だったはずが次々と息が切れて落伍者が相次ぎ、今は50の騎兵がついてきているのみだった。

「どこかで休憩をとって兵士達を待ちましょう!最後尾からはハンターが兵をまとめ来ていますから1時間も待てば陣容は整いまする!このまま戦闘に突入しても勝利はおぼつきません!」

「クソッ!わかった。平野部に出たあたりで休憩とする…。」

俺は唇を噛みながらもセシルの言うことに従って休息を取ることにした。



事が起こったのは遡る事三日前、ウフ砦を制圧して設備の整備や兵士の治療を進めていた矢先にノーブル殿が窮地に陥っているという報告がエン殿の放った斥候から入った。すぐに助けに行きたかったが収容した捕虜や逃げて行ったキース率いる残党の警戒で中々動き出せなかった。


そのまま二日が過ぎた日にいよいよ不味いという報告が追加の斥候から上がった事で砦の確保は諦めて、敵に利用されないよう破壊したのち出撃したのだ。捕虜は行軍が遅くなるという理由で武装を解除して野に放った。

正直な所、彼らを解き放つと徒党を組んで山賊化しそうなので嫌だったが背に腹は変えられないという事で解放した。ただし、リーダー格だったザップは捕縛したままと言うこととなった。




その後砦の破却を済ませた俺たちは休息を何度か挟みつつ全軍の集合を待って必死の強行軍でノーブル殿達の元へ辿り着いた。

俺たちがノーブル殿達が見える位置まで来た時には丘の上に陣取っていたはずの彼らの陣は包囲されて数で押されていた。そして遠目から丘の頂上のノーブル殿の本陣も旗は倒れ戦っている兵士が見える


「騎馬隊はスコットと共に俺に続け。ハンターは歩兵を率いて敵の後方を突いてくれ。エン殿は…。ん?エン殿はどこに行った?」

「それが……。砦を落としてからどこにも姿が見えず…。」

セシルが申し訳さそうに首を縮める

「またか!?あの人は本当に連絡をしないな!目付け役のブレッドはどうした」

「い、いや今度はそのブレッド殿も行方知れずでして」

その言葉を聞いて俺は頭を抱えたくなる

「アイツまでか。なんてこった。だがアイツらを探すのは戦いの後だ。まずは目の前の窮地の味方を救わなければな」

俺の言葉にセシルが頷き騎兵で周囲を固めていく


「今回は俺が先陣を切る」

「はい!?それは認められません!こんな所で下手に命を張る必要など……。」

「いや、今この機会だからこそ俺は身体を張って義父上ちちうえを助ける。もしここでかの御仁が死んでも見ろ?俺の愛する妻が悲しむじゃないか」

俺は首を横に振り、腰から剣を抜くと天に掲げた。


「我らキャラハン家は今よりノーブル・ベートン殿に加勢する!かかれ!」

俺の騎馬を戦闘にシールズ家のスコット麾下100名近い騎兵が突進を開始する。

敵は包囲を完成していて1000近い軍に膨れ上がっているが突然の視界外からの騎馬突撃には対応できず道が開けていく


「ノーブル殿をお探しして保護次第この包囲から脱出する!急げ!」

「「ハハッ!!」」

俺の号令の元、スコットの配下達がランスを構えて両翼を築き上げて俺の包み込み進む道を切り開いていく


そうして敵の一団を切り抜けていくと突然開けた場所に出た。

目の前には背中を踏まれたノーブル殿が見える。俺は慌てて腰から短弓を取り矢をつがえてノーブル殿を踏みつける敵兵に撃ち込む。矢は不安定な軌道ながら敵の脚に刺さり、よろけた敵はそのままよろけて後ろへ倒れ込んだ。

俺はそこへ剣を抜いて飛びかかり剣を敵に突きつけてノーブル殿の方を見る。血だらけのようだが息はある。ホッとして微笑み謝罪を口にした。


彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で呆けていたが慌てて俺の向こう側を指差した。

慌てて視線を戻すと矢を撃ち込んだ敵兵が足を庇いながら立ちあがろうとしていた。

殺さねば、起き上がって俺達のことを殺しにくる。今ここで殺さないと……。

そう意識すると俺はサッと血の気が引いた。


殺す?誰を?目の前の生身の人間をか?


過去の倫理観が俺の思考を邪魔する。呼吸は荒くなり背中を嫌な汗が伝う感覚が喧騒の戦場においても強く感じる。焦点はぶれて頬の筋肉は硬直し唾を飲み込むことすら忘れてしまう。1秒が数百秒にも感じられる世界の中で目の前の男が必死に立ちあがろうとしていることだけが目の前で起こっていることは現実なのだと自覚させる。

「何をしておるのだ!早く殺してしまわねば!」

ノーブル殿が俺の背中に急かすように声を投げかける。


わかっているわかっているのだ。殺さねばならない。


俺は剣を固く逆手に握り直して鎧の剥がれた敵の胸を目掛けて突き刺した。

男は一瞬目を大きく見開き手を開いたり閉じたりしてコチラに向けようとしたがその前に力尽きて動きが止まった。


「こ、殺した……。この手で…。」

俺が剣を慌てて腰の鞘に刺し直してフラフラとノーブル殿の元へと寄って行った。

「い、今は逃げましょう。我らがこの包囲の外へお連れします」

俺は込み上げてくる吐き気を必死に押し込んで精一杯の笑顔でノーブル殿の手を引いて馬に乗せた。


「しかし、兵士達が…!」

「彼らはあなたを生かすために戦っているのです!今はお命を第一に考えてください!」

俺の説得にノーブル殿は不承不承頷き悔しそうに唇を噛んでいた


「ノーブル殿は保護した!引き上げるぞ者共!」

「「おおお!!」」


兵士たちに守られて敵を突破していく。敵兵を破った向こう側には味方歩兵の戦列が見える。

「もう少しだ!到着次第、ノーブル殿を後方へお連れせよ!その後はこのままの状態で敵と正面からぶつかる!」


俺たちが味方の戦列の最先頭に辿り着くとハンター率いる禿頭衆が並べていたロングシールドをザッとどかして俺たちの逃げ込むルートを作り出す。俺は急いで馬から降りてノーブル殿を下ろすとハンターの元へ寄って行った。


「ハンター!戦況は?」

「敵さん随分と脆い。機動力に振った軽歩兵だからこっちの槍が面白いように刺さるし盾を突破するだけのパワーもない。押せば崩れるだろうな」

「わかった。スコット達を突撃させるからさっきのように入り口をまた作ってくれ」

ハンターは戦線から目を離さずに腕を組んだまま頷いた。


「スコット!突撃だ」

「承知した。じゃが、今度はルイ様はここでお待ちくだされ。きっと満足いただける成果を上げて見せますからな」

俺はスコットの言葉に頷いて彼らを送り出す。


彼らの突進で敵は紙切れのように弾け飛び、通ったところには血の道ができていく

「禿頭衆以外の歩兵は弓を取って曲射!敵は多い、狙わずとも当たるぞ!」

俺の号令に領民兵達は弓を取って次々と敵に矢の雨を降らせていく。


そこからは一方的だった。

敵軍は3割ほど削った所で逃亡者が出始めて軍組織として瓦解、兵数が600を切ったと思しき所で城へと撤退し始めた。


不気味なことに敵の中にキースやハーレーを見つけることはできず前線まで出てくるようなこともなかった。

そのまま敵を追撃し続けて城まで押し込んでその日の戦いは終わりを迎えた。

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