第五十六話 勝敗

見事に挟まれる形となってしまったノーブルはそれでも必死に軍が瓦解しないように指揮を取り続けていた。

前面の800の敵にはナタリーが指揮にあたり、後背の200の敵にはノーブル自身が当たっていた。ただ、長引く攻城戦から来る疲労や作戦失敗の情報が兵士達に蔓延し始めており士気は低く、何処かの戦線が崩壊した時点で軍全体が崩壊する危険性を孕んでいた。


「絶対に援軍は来る!是が非でも敵を食い止めるのだ!」

ノーブルは必死に兵士達を鼓舞するが兵士たちは一人で二人以上を相手にせねばならずコチラの陣取る丘を取り囲む包囲の輪も少しずつ出来上がっていた。


そもそもノーブル軍の大半を占める重装歩兵は防御力や質量には優れているがいかんせん継続戦闘能力が著しく低い。1時間も活動すればあっという間に息が上がってしまう。対策としては前面に出す兵士をローテーションをし休憩を挟む事で1時間以上の戦闘を可能にする。そうは言っても限界があり最適化しても3時間が関の山だ。

対する敵は胴に鉄鎧を巻いただけの軽装歩兵ばかりでコチラの重装歩兵達を次々と取り囲み動きを鈍らせてから的確に重装歩兵を殲滅していた。


必然的に始めは優勢だった戦況もみるみるうちに悪化していき、兵士達は疲労で動きが鈍くなった所を次々と討ち取られていく。

ナタリーも騎乗して得意の馬上弓で敵を次々と撃ち抜いていくが数の多さ故に矢が先に尽きそうになっている。


その後も3時間が経過した辺りで明らかに味方の兵士たちの動きが悪くなっていき損耗率が目に見えて増加してきた。ノーブルの控える天幕からも遂に兵士たち壁の向こうから剣戟と喚声が聞こえ、血飛沫や矢が飛び交うのが見えた。

「いよいよか……。」

ノーブルは静かに瞑目すると床几から立ち上がって片手斧を2本取り出した。ノーブルの恰幅の良い身体だと下手に剣を使うよりは振り回すだけで効果があるのでナタリーに勧められて以来愛用していた

周囲の近習達は短剣とシールドを構えて敵の到来を待ち構える。


しばらくすると10名ほどの敵兵士達がコチラの兵士の波を掻い潜って目の前まで来た。

「その見事な鎧、敵将と見た!」

「者共!かたまれ!」

近習達が盾を構えてノーブルを覆い隠すように一つの塊となる

「どけ!邪魔立てするな!」

「どけと言われて退くバカがいるものかよ!」


敵兵士は剣を構えて飛びかかって来るのを近習達が必死に盾で弾き返していくが敵兵は次々とコチラの兵士の波を突破して数を増やして行く。流石に精鋭揃いの近習とはいえ数の暴力には抗えず一人また一人と倒れて行く。

いよいよノーブルの元へ敵の剣が迫り、ノーブルは必死に片手斧で応戦するが大した心得もない武器はあっさりと叩き落とされてしまう。


周囲を慌てて見渡しても近習達の人数も残り3人になりそれぞれ数人の敵の刃を捌くのに手一杯でノーブルの事を助けに行く余裕があるようには見えなかった。


「神にも運にも見放されたか……。」

ノーブルは歯噛みしながらもなんとか生きる手立てを探そうと周囲を油断なく見ていた。そこに目に入ってきた短剣を慌てて掴み、にじり寄って来る敵に震える手でその切先を向けた。


刃を向けられた兵士の中でそれなりの階級のものがずいと前に出てきてノーブルの目と鼻の先にその剣先を突きつけた。

「ノーブル殿、無駄な抵抗はおやめください。我らとて貴殿を殺したいわけではないがこの戦乱がいつまでも続いても困る。平穏な時代の礎となってくださいませ」

「平穏の礎だと!?本当に私が死ぬ事で平穏が訪れるなら民のためにこの命は差し出そう!だが、お主達の主人は私を殺してもその底なしの野心でまた新たな戦いを起こすことなど目に見えている!」

ノーブルの言葉に敵兵士達はたじろぐが雑念を振り払うように首を振った

「そうであるとしても!どちらかの大将が死なない限りこの戦いは続く!恒久平和とはいかずとも数年の平穏は得られる!今の所はそれで十分だ」

その声音は自分に言い聞かせるようであったがそれで決心がついたのかノーブル目掛けて剣を振った。しかしその剣筋はかなりブレており心の動揺が表れていた。

その剣を短剣で弾いてノーブルはジリジリと下がって距離を取った


「目先の利益しか追えぬ愚か者どもめ。そのツケをいつか己が身で償うことになるぞ!」

「構わぬ!」

そう言って敵兵はノーブルの脚を払うように剣を振るうが今一歩そのリーチは届かなかった。ノーブルはその間にもう一本短剣を拾って先ほどから持っていた一本は敵兵に投げつけた。素人同然のノーブルの投げた短剣はクルクルと宙を舞って振りかぶっていた敵への額に当たって少し血が出ていた。


「いってぇなぁ!」

兵士はその力無い攻撃で怪我をしたことに頭に血が上ったようで大きく一歩踏み出してノーブルの胴体目掛けて剣を突き刺した。

慌ててノーブルは短剣で受けるが弾かれて脇腹に剣が突き刺さった。

「うぐぅ」

ノーブルはあまりの痛みに呻き声をあげるが無駄に溜まった贅肉が鎧の役割を果たしたようでひどい痛みを伴うが立ち上がることは出来た。

そのまま背を向けて逃げようとするがそこにさらに追い打ちをかけるように敵兵の剣先が迫る。背中に剣が近づくのを感じた時、ノーブルは血で滑って頭から転んだ。

運良く剣を避けたと思ったが背中を強く踏みつけられて起き上がることもままならなくなってしまった。


「所詮は口先だけのエセ領主がぁ!」

そう言って兵士は剣を逆手に両手で持ちノーブルに突き立てようと剣を持ち上げた


「我が大望もここまで…。」

ノーブルは目を瞑りその時が来るのを待った。脳裏にはあの薄気味悪い兄や優しい父親の顔がチラついていた。小心者な我ながら大それた夢を見たものだと思い呆れていた。それでも兄の横に対等に立ちたかった。父はいつでも私を優遇したがそれは兄より出来の悪い自分を可愛いと思ったからで自分を当主に据えたい訳ではないと子供ながらに理解していた。


あの狡猾でも利に聡い兄に並び立ちたかった。最後くらいあの兄の良き好敵手であり得たのだろうか。そう思いノーブルは悔しさと満足さが入り混じった複雑な感情を抱いていた。



しかし、一向にその瞬間は訪れなかった。

自身の上にあった足の重みはいつの間にかなくなっており代わりに自分を覆うような大きな影があった。

光に反射して姿はよく見えないが華奢な体型に口元には人の良さそうな笑みを浮かべている


「遅れました!義父上ちちうえ、不肖の婿が助けに参りました!」

影は屈んでコチラに手を伸ばしてきた。ノーブルの視界に飛び込んできたその顔は盟友の子にして娘婿、ルイ・キャラハンだった。

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