第五十五話 喉元
ナタリー達はオーレンファイド城の港を脱出してそのまま本城であるヒューズ城に戻ってきていた。兵士達は緩み切った空気で強行軍の疲れを癒している。
一先ず作戦の立て直しかとナタリーが腕を組んで首を捻っていると船の
「船首の向きを変えろ!引き返すんだ!」
その声に驚いてナタリーや兵士達は何事かと船縁からヒューズ城の港を見る。
彼らが見た先には船着場に一列に並んだ弓兵達が火矢をつがえてこちらに向けて構えている様子だった。
「お、面舵…!」
「放て!」
ナタリーは慌ててオールの漕ぎ手達に指示を飛ばすが一足遅かった。
船の頭上に大量の火矢が降り注ぎ、甲板に火をつけ、兵士達は負傷した。
「漕ぎ手は火に構わず死ぬ気で漕ぎなさい!漕ぎ手以外は消化活動!」
ナタリーの指示に従って兵士達は消化活動や負傷兵の収容に係る。
だが、そうしている間にも第二第三の矢の雨が降り注いでいく。その度に漕ぎ手の兵士が傷つき船の推進力が落ちていく。
「鎧兜の類は全て捨てて船を軽くしなさい!食料以外は全て捨てても構わないから急いで!」
兵士達は渋りながらも鎧や予備の剣を捨てていく
そこまでしてやっと船がまともに旋回し矢の射程から逃れ始める。
ホッとナタリーが息を吐いた時、また沢山の弓弦の音が鳴り響いた。
「ナタリー殿!」
その直後、背後から兵士が自分に覆い被さる様に押し倒してきた。
驚いたナタリーは受け身も取れず顔から甲板に倒れ込んだ。
「なんなんだ一体……。」
額に残る鈍い痛みに顔を顰めながら自分が元いた所を見ると数本の矢が刺さった部下が倒れていた
「お、おい!大丈夫か!」
ナタリーが慌てて駆け寄るが兵士は既に息をしておらずうつ伏せになった体を仰向けに返すと首には深々と矢が刺さっており顔は苦悶の表情が貼り付いていた。
「クソッ」
悪態をついて港の方を凝視すると忘れもしないあの不機嫌そうな三白眼の男が弓を放った姿勢のままでいた。
「ハーレーめ…。一体どんな魔法を使ったというんだ」
オーレンファイド城に居たはずの奴がどうしてこちらの本拠地であるヒューズ城にいるのか訳がわからなかった。
「とにかく、急いでノーブル様にことの次第をお伝えせねば…。」
ナタリーは歯噛みしながらも次の一手を考えていた。まずはノーブル様と合流して作戦の立て直しをしなければならない
しかし…。ヒューズ城にはノーブル様が100の守兵を残してきたはず…。彼らは一体どうなったのか。そもそもヒューズ城は全て占拠されてしまったのか。謎は深まるばかりだ。
ナタリーはそんな疑問を全て振り払って息を吐いた
「私は戦うことしか能のない人間だ。下手な考え休むに似たりとノーブル様はよく言っていた。ならば、作戦を考えるのはノーブル様にお任せするのが良いだろうな」
ナタリーはそんな考えに至ってしまった自分に少し落胆しながらもそれしかないとため息を吐いた。その息は最近冷たくなってきた外気に触れて薄白く消えて行った。
ーーーーーーー
《ノーブル視点》
城内から白い煙が何本も立ち上っているのは見えるが一向に混乱が起きている様子は見えない。城壁の敵は特段変わった様子もなく矢を放ち続けている。そのまま日没まで戦い、例によって太陽が落ちるのに従ってノーブルは兵を引く決定を下した。
「妙だな。明らかに城内では戦闘が起きているはずだ。にもかかわらず敵の動きに乱れはなくかった。まるで城内で混乱が起こることなど織り込み済みだった様な素振りとも見える。まさか作戦が看破されていたとでも言うのか…?」
ノーブルはヒヤリとした汗が背中を伝っていくのを嫌でも感じざるを得なかった。
「うーむ、だが此処で攻城の手を緩めては作戦が失敗しましたと敵に伝えているようなものだ。あくまで粛々とキャラハン家の軍が到着するまで敵を釘付けにするのみ……か」
作戦の方向を転換し持久戦に持ち込むことを決めた二日後、ノーブルをさらに追い詰めるような報告が入った。
「ノーブル様!ナタリー殿以下50名が到着しました!」
伝令兵の声に弾かれるようにしてノーブルは天幕を飛び出してナタリー達を迎えにいく。
ナタリーはノーブルが駆け寄ってくるのが視界に入るとザッと片膝をつき項垂れた。
「申し訳ありません!ハーレーの殺害に失敗したばかりかヒューズ城まで奪われる始末!どうぞ存分に御処罰くださいませ!」
ノーブルは一瞬その剣幕に面食らうが慌てて手を取って立たせると腰についたホコリをはたいて落とした。
「何を言うか。敵の城に乱入できただけでも十分なこうせきだ。結局、兄上が私の一枚も二枚も上手だっただけの事…。そのように気にするでない」
「ハッ、もったいないお言葉でございます」
ノーブルはナタリーが無事に帰ってきた事に安堵する一方でやはり自分では兄に勝てないのかと心の奥で唇を噛みしてめていた。ただ、そんなことはお首にも出さず兵達を労い、天幕へと戻った。
天幕に戻ると護衛の兵達を人払いして一人になると天幕の中でノーブルは在らん限りの声で叫んだ
「どうすればよかったのだ!これが最善だった!正面からあの城は抜けない!ならば港を使うしかなかった。だが!城を落とすどころか本拠地の安否すらもうわからぬ!だからと言って本拠地に戻って矢でも射かけられれば兵士達の動揺は計り知れない!」
そう言って天幕の中をぐるぐると歩き回り爪を噛んで目は血走っていた
「どうする、どうする、どうする、どうする……。」
ノーブルの焦りに呼応するように周囲が俄かに騒がしくなってきた
「何事だ!今は思案の最中ぞ!」
ノーブルは天幕から出て柄にもなく兵士達を怒鳴りつける。しかし、兵士達は口をパクパクとさせて絶望したようにオーレンファイド城を指差していた
ノーブルはイライラとしながらその方を見ると更に血の気が引いてよろめいた。
視線の先には800近い兵数が見えた。先頭にはハーレーが珍しくニヤニヤとした笑みを貼り付けておりコチラを指差していた。
背後からも馬蹄が聞こえ、慌てて振り向くと装備のばらつきはあるが整然と隊列を組んだ200程の軍が見えた。戦闘は蛇のマントを羽織った男でコチラは睨みつけるように目を細めて黙々とコチラを目指してきていた。
「まだ、まだキャラハン家からの連絡はないのか!」
「未だ何も……。」
「万策尽きたか」
ノーブルは目から光を失い今にも倒れそうになるが最後の気概で立ち続けていた。
そして喉の奥から声を振り絞って周囲の兵士達に呼びかけた。
「者共!必ずキャラハン家の援軍はくる!全てを信じて一兵でも多く敵を殺すのだ!気炎を上げよ!」
「「おお!!」」
兵士たちはノーブルの声かけに答えて迎え撃つ陣形を組み始める。
兵士達の威勢の良さに反比例してノーブルの心は落ち込みきっていた。兄には最後まで勝てなかったと言う事実だけが心の中を支配していたからだ。
ここから始まる絶望的な戦いを想像して呻かずにはいられなかった。
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