第五十話 騎士の余裕
〈スコット視点〉
ハンターがニードル傭兵団と戦い始めた頃、スコットはシールズ家の兵力を率いて敵の片割れであるザップ傭兵団と対峙していた。
ザップ傭兵団の面々は皆屈強で大きく湾曲した大剣を携えていた。
対して、シールズ家の面々は全員が鈍く照り輝く銀色の鎧を着込んでおりランスを構えていた
「へへへ、テメェらの鎧を剥ぐだけで一年は食うに困らなさそうだなぁおい」
「ふむ、戦う前からつまらぬ損得勘定をしているようではたかが知れておるなぁ」
スコットは小馬鹿にするような笑みを浮かべて片手で槍をクルクルと回している
そんな様子が気に障ったのかザップは地面に唾を吐き捨てると一騎でスコットへと突っ込んできた。
「だから、たかが知れておるというたのじゃ」
スコットはそう静かに呟くと槍を繰って湾曲した大剣を槍の柄で強かにザップの手を打ち据えてはたき落とした。
ザップは驚いたように距離を取ると今度は腰に下げていた2本のサーベルを構えると再びスコットへと突進した。しかし、やはり今度もスコットは鼻歌混じりに槍の石突でザップの胸を突き、馬上でよろけた所を再びザップの両手から2本のサーベルをはたき落とした。
「ぐ、ぬぅ」
ザップは悔しそうな声をあげてゆっくりと後退した。
「それで終わりか青二歳よ」
スコットはクツクツと笑い、挑発するように片手を動かした。
「あぁん!?おい、あれをよこせ」
ザップが手を伸ばすと部下がその手に珍妙な武器を置いた。
彼に渡された武器は鉄の棒の先に鎖がつき、さらに鎖には大きな鉄球が結ばれていた。
「ほぉ?それはどこの国の曲芸師の玩具かな?」
「はん!言ってろ老いぼれ!」
そう言うや否やザップは先に付く鉄球を頭上でグルグルと回すように振り回すとコチラへと馬を走らせた。流石に見慣れない武器に警戒してスコットも槍をしっかりと握り直し手元に引いた。
ザップが近くまで来た所でスコットはザップの振り下ろす鉄球を槍でいなそうとした。しかし、鉄球は想像以上の勢いで落下し受け流そうとした槍を真っ二つに破壊した。すかさずそれを確認したスコットは馬腹を蹴ってザップとすれ違うように馬を走らせて鉄球の直撃は避けた。
「へへへ、爺さんよ。ご自慢の槍が折れちゃあ戦えねぇなぁ」
ザップは勝ち誇ったように笑い再び頭上で鉄球を回し出した。それを見たスコットはヒゲを撫で付けてニコリと笑った。
「バカを言うでないわ。今この瞬間に決着は着いたのよ」
「はぁ?何負け惜しみを」
だが、彼がそんなことを言い終わる前にスコットは横にかけて行った
「逃げるのかよぉ!老いぼれ!」
「ハハハ、逃げた方が良いのはお前の方だ!」
次の瞬間、地響きのような音が鳴り響いた。しかもその音はコチラに近づいてくる。
ザップはその事に気がつき慌てて周囲を見るといつの間に距離をとっていたのか敵の騎馬隊が一様にランスを構えてコチラに突撃してきていた
「た、た、退避ぃ!!」
彼の言葉になんとか騎兵は回避行動を取るが歩兵達はランスの波に飲み込まれて行った。
しかも後方から来る随伴歩兵達が慌てて回避行動をとった傭兵達がよろけている所を的確に突いて行った事によって回避の間に合った騎兵も多くは落馬していた。
そこへ、さらに反転したランス騎兵が再度傭兵達に襲いかかった。彼らの槍先からは新鮮な血が滴っておりさらなる血を求めて突っ込んでくるようにさえ見えた。
二度目を避けられた兵士は殆ど居らず、大半が轢き殺された。
残ったのはザップと側近の2騎のみで後は即死か立てないほどの怪我を負っていた
「ば、バカなぁ」
そんなザップが驚愕しているところに一本の槍が鋭く腕に突き立った。
「ガ、あがぁ」
ザップがあまりの痛みに鉄球付きの柄を離すとスコットが戻ってきた
「ふーむ、胴体を狙ったのだがな。悪運の強いやつだ」
スコットの声に慌ててザップは顔を上げるが目と鼻の先に槍の穂先があるのを認識すると観念したように項垂れた。
「お、俺の負けだぁ。煮るなり焼くなり好きにしろ……。」
そう言ってザップは馬から転げるように降りて五体投地した。側近の二人も慌てて彼に倣い下馬すると姿勢を低くした。
「ハハハ、思い切りが良いな。そう言う若造は嫌いじゃあない。だが、城の道案内役は必要であったからな。よし、縛り上げよ」
シールズ家の兵が彼らに近づき縄でキツく縛り上げる。
「チッ、こんな爺さんに負けるとはな……。」
「貴様は逆に若すぎてワシに負けたのだよ。最も、今ワシが仕える主は貴様なんぞよりもよっぽどの若者だがね」
スコットは肩をすくめつつ砦の方を伺い見ると次々と傭兵達が脱出していた。
部下が慌てて追いかけようとするがスコットはそれを片手で静止するとため息をついた。逃げていく背中の中にはキースらしき者が混ざっているのが遠目からでもよく見えた。
一時は主人と仰いだ相手だ。無策な退却などしないであろうし数を減らしたとは言え300近い兵を連れている。下手に追って反撃を喰らっても面白くない。
恐らく主人も同じ決断をするであろうと思っていると一騎の騎馬がコチラへ向かってくる。その騎馬兵はスコットを見つけると近くまで来て馬を降りた。
「スコット様!深追い無用、砦の制圧に動くようにとのルイ様からの言伝です」
「で、あろうな。すぐに動こう。それと、敵将の一人を捕虜にした。本陣まで連れて行ってくれぬか」
騎馬兵は目を丸くして縛り上げられたザップとスコットを見比べた後その表情のままで頷きザップと他二人を引き立てて周囲の兵士の手を借りながら移送して行った。
それを見届けたスコットは砦へ向き直り兵士を連れて砦の制圧へと向かった。
それから空の砦制圧は難なく進み、隅々まで確認したが物資も兵員も跡形もなく消えていた。
ーーーーー
〈ルイ視点〉
砦の制圧が完了したとの報告を受けて俺は残りの将兵を連れて砦に入った。
攻城兵器を用いた攻城戦では無かったので砦は殆どが無傷で十分に今後の駐屯地として利用が見込めそうだった。
その中でも特に綺麗な部屋に俺は陣取って窓から外の景色を眺めていた
「敵は設備を破壊してから脱出するかと思っていたんだがな」
「無理もないさ。
俺の独り言に答えたのはいつのまにか隣に来ていたエン殿だった。
「はぁ、どこに行ってたんだ」
「どこってねぇ?ここさ」
エン殿は砦の地面をツンツンと指差した。
「あのなぁ、策を実行するのはいいが何か一言連絡をだなぁ」
「えー?敵を騙すにはまず味方からって言うじゃない?それにルイ殿は妙な所で優しいから策を事前に知ってたら兵士の損害が増えない様に手を抜くじゃんね」
「ウッ」
彼の言葉は図星だった。可能なら兵士たちには死んでほしくない。それは道義的にも戦術的にもだ
「手なんて抜いたらそれこそ敵の守将に勘づかれちゃう。だから敢えて伝えなかったのさ。全く優しさって奴も時には困りモンだよねぇ」
「それで、お前は砦に入って何をしていたんだ?」
俺が話を元の路線に戻すとエン殿はくるりと回って口元に人差し指を当てた。
「教えてあげるけど他言無用だよ?」
「あぁ、約束するさ」
俺の返事に満足したのかエン殿はツカツカと部屋の中を歩き始めた。
「そんなに難しいことはしてないよ。敵が出撃してきた時点で敵の懐に入るのは容易かったからねぇ。次に兵糧倉を燃やして敵の時間的猶予を無くしてやったのさ」
「あの煙はやっぱりお前だったか。だが、その次の日にすぐ兵士が突っ込んで来たのは何故だ?」
「ん?あぁ、あれはねちょっと
「と言うと?」
「まずね、いがみ合う二人の傭兵団の団長の片方にもう片方の愛妾だって名乗って近づく『貴方にすっかり惚れてしまったからかっこいい所を見せて欲しくなった』と言って砦の外、つまりルイ殿達の弱点は野戦なのだと嘘を吐く、それをもう片方にも話す。すると〜?」
「お互いに相手を出し抜こうと自分たちの傭兵団だけで突撃してくるってか」
俺が感心して息を漏らすとエン殿は「その通り」と言わんばかりに深く頷いてにっこりと笑った。
相変わらずコイツは魔性だな。自分の武器をよく分かってる
「今回の影の勲一等はエン殿で間違いなしだな。何か欲しいものはあるか」
「うーん、前にも言った通り物欲はないからね。ま、貸しイチって事で」
貸かよ……。こう言うのは実質なんでもアリだからなぁ。少々怖いが頷いておくしかないか
「貸しは構わないが俺の裁量の範疇で出来ることにしてくれよ」
「それなら返してもらうまでにもっと大きな存在になってもらわないとねぇ」
エン殿はクスクスと笑うと袖をヒラヒラとさせて部屋から出て行った。
「もっと大きな存在…ねぇ」
俺は眉間にシワを寄せて再び窓の外を見た。視線の先には一連の戦闘を終えて仲間と肩を組み合って歌ったり焚き火を囲んで乾飯を食べている。
彼らの安堵と喜びの混じった表情に俺は複雑な心境になる。だが、それでも自分の目指す所へ向かうためには幾らかの無情さも必要かと割り切って部屋を出る。
向かう先は収容した味方の死体の安置所である。今だけは彼らのことを思い、彼らの死を悼む事が今後の自分への戒めにもなるのだ。そう思いながら重い足を引き摺って安置所へと向かった
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