第四十九話 姑息をズルとも思わぬ故に
砦の中から火が上がってすぐは特に何も起きなかったが翌日の早朝。こちらがその日の攻城を始めようとしたところ正門が大きな音を立てて開いた。
それを見た俺は即座にスコットとハンターに指揮を飛ばして砦を取り囲む半包囲陣形から敵の攻勢を受け止める鶴翼陣に陣形を再編させた。
門から顔を表したのはキースではなく二人組の巨漢だった。
両者はいがみ合うようにお互いを睨みながらこちらへ向けて200の兵を率いて突進してきた。
「うーむ、コチラより少ない兵で突撃する意図はわからないが突っ込んでくるなら迎撃せねばならないな。スコット、ハンター。それぞれ150ずつを率いて迎撃しろ。残りは本陣を守れ」
「ハハッ」「任せろ!」
ハンターとスコットは騎乗した後に兵を率いて迎撃に向かっていった。
「セシルは本陣の防衛と敵の伏兵に警戒してくれ。あの突撃が無策な短慮から来る物ならいいが警戒するのに越した事はない」
俺の言葉にセシルは頷いていつもより多くの斥候を飛ばしていく
「ここまでやったら後は現場次第だな」
俺は床几に腰を下ろすと息を吐いて2人の勝利を祈っていた。
ーーーーー
ハンターは禿頭衆と領民兵、スコットはシールズ家の一族郎党を率いて2人の巨漢の率いる敵部隊によっていった
「ザップ!コイツは俺の獲物ダァ!テメェにはあの老ぼれ爺さんの相手をさせてやる」
「そうかよニードル。テメェは精々そこの青二歳の首で満足しておく事だな」
両者は100名ずつの兵を率いてハンターとスコットの前に立ちはだかった。
ハンターの前にはニードルと呼ばれた巨漢が背丈の倍ほどもあるメイスを背負って立ちはだかった。
「俺ぁよぉ、ニードル傭兵団団長のニードルって言うんだわ。お前には恨みはないがここで俺の手柄になってもらいたい。そこでだ、お互いに兵士は減らしたくないだろう?ここは一騎打ちでどうだ」
彼の言葉にハンターは呆れたように首を横に振る
「一騎打ち?そんな柄じゃねぇわ。禿頭衆!」
ハンターの掛け声に合わせて禿頭衆はザッと前に並ぶと自身の身長ほどもある盾を地面に突き立てた。
「あぁん?ロングシールドだと?守って居ては俺を殺せぬがなぁ。者ども、すり潰せ!」
ニードルの指示によって100の兵士達が一斉に禿頭衆に襲いかかった。
だが次の瞬間、突っ込んだ傭兵達は一様に悲痛な悲鳴をあげた。
「な、なんだぁ!?」
ニードルは素っ頓狂な声をあげて突撃していった兵士たちの方を伺うと盾の間から槍が伸びている。ただ、盾の間から敵兵が槍で迎撃してくるなど戦場では当たり前のこと。歴戦の配下達がそれに狼狽えるとも思えなかった。
そこからさらに目を凝らすと槍の先が随分と茶色く色がくすんでいた
「まさか、毒か!?」
「あぁ、似て非なるものだなぁ。この槍はさぁ全部錆びてるんだよな。しかも返しも付いてる」
ニードルの驚愕の表情に応えるようにハンターはニヤニヤと笑った。
錆びた刃物は切れ味は悪いが自分から錆びた槍に飛び込んでは切れ味など関係がない。しかも刺されば破傷風の危険や傷の治りが悪くなり何よりひどく痛む。
しかも敵の槍には返しがついており突き刺さった傭兵達を盾の一部のように使っていた。
「げ、下郎がぁ」
ニードルのうめきを聞きハンターは更に笑みを深くした。
「勝てば正義なんだよ。禿頭衆!前進!」
再びハンターが号令をかけると禿頭衆はロングシールドを一斉に前に突き出した。傭兵達はその盾の勢いと背後から押してくるの味方の傭兵の圧力で気を失う兵士が続出した。
いいように手玉に取られている配下を見て気が焦れたのかニードル本人が背中から巨大なメイスを手に取りこちらへと向かってきた。
彼はメイスを横にして身体に力を溜めていく様に息を吐く。すると彼の二の腕は元の1.5倍程に膨れ上がり目をかっ開くのが遠目にも見えた。
「衝撃に備えろ!」
その様子を見ていたハンターは慌てて配下に指示を飛ばすが今一歩遅かった。
ニードルは味方の傭兵諸共ロングシールドを正面からメイスを振り抜いた。
彼が振り抜いた周囲には半円を描く様に血飛沫やシールドの破片が飛び交い、盾ごとこちらに吹き飛んできた兵もいたほどだ。
彼の周囲にはまるで結界でも貼られているかの様に生きているものは誰もいなかった。
思わず、ハンターは息を呑んでしまう。禿頭衆には防御力を徹底的に高めるための訓練を施してきた。こう言っては慢心かもしれないが騎馬の突撃を受けても凌ぎ切るだけの自信があった。それを一部とはいえ崩された事にハンターは衝撃を受け、初めてこの戦闘中に冷や汗をかき渋い顔をしていた。
禿頭衆のロングシールドで防げないのなら無理に受け止めても被害が拡大するだけだ。幸いにして敵の兵力は30名を切っており、互いを庇い合う様に固まっていた。
そのことを確認したハンターは次の指令を飛ばした。
「円周包囲!適宜、あの筋肉ダルマから距離を取れ」
「「ハハッ!」」
兵士たちは敵傭兵団の塊を取り囲む様にシールドを移動させニードルの手が届かないところに展開した。そして出来上がった円の中へハンターは禿頭衆の特に精鋭である10人を率いて入っていった。
「貴様らの勇戦に免じて降伏を認めようと思うがどうだ」
そんなハンターの甘言に乗った1人の傭兵が武器を捨ててフラフラとコチラへ向かおうとしたがニードルはその傭兵の首根っこを鷲掴みにした。次の瞬間、片手のメイスを背中に刺し直して空いた手でその傭兵の頭頂部を掴み抱き込む様に両手を交差させた。
結果、哀れな傭兵は首の骨をへし折られて死亡した。
「その様な臆病で軟弱な者は我がニードル傭兵団には居ない」
彼の眼はどす黒く濁っており話が通じる様には見えなかった。他の傭兵達もその様子を見て覚悟を決めたのか泣きそうになりながらも武器を握り直している。
「なら、仕方ない。放て!」
ハンターの声にロングシールドの後方から弓兵が傭兵達に向けて射撃を開始した。
多くの傭兵達が矢の雨に倒れていく中、ニードルは仲間の死体を盾に全ての矢を防いだ。ただ、そんな芸当ができるものは他の傭兵達の中にはおらず矢が刺さって倒れ伏した部下達の真ん中に唯一、ニードルが仁王立ちでコチラを睨んでいた。
ハンターがアゴで示すと二人の禿頭衆が二手に別れ、奇声を上げながら切り掛かったがニードルがメイスを振り抜くと両者の剣は根本から二つに折れて剣先はあらぬ方向へと飛んで行った。
「チッ、下がれ」
ハンターの声に慌てて二人の禿頭衆はバックステップで距離をとった
「そんなもんかよ。次はなんだ?お前が相手をしてくれるってか」
「はぁ、結局一騎打ちかよ」
ハンターはため息を吐くと2本の短剣を抜いて逆手に構えると腰を低く落とした。
「シッ!」
口の端から息を吐くとサイドステップを踏みながらニードルの懐へと飛び込んだ
「ふっ、無策な」
ニードルはメイスを大上段に構えてタイミングを合わせて振り下ろした。しかし、ハンターは振り下ろされるメイスを縫うように横をすり抜けると片足を軸に反転してニードルの腰を強かに切りつけた。ニードルは一瞬苦悶の表情を浮かべるが再度ハンターを目掛けてメイスを振り抜いた。それも身体を地面にピタリとつけて避けた後バネのように飛び上がって距離をとった。
「ふーむ、なかなかやるなぁおい」
ニードルは苦しそうな顔をしながらも口角をあげて笑う
だが、ハンターはもう既に彼の事など見ていなかった。短剣を腰に戻してパンパンと脚を叩いて砂をはたき崩れた服を戻していた
「おい!無視をするな!」
ニードルは癇に障ったように声を荒げるがそれでもハンターはどこ吹く風だ。
「おや?効きが悪かったかな?」
ハンターが不思議そうに首を傾げるとニードルは何かされたのかと慌てて身体を確認するが切りつけられた部位以外に違和感は感じなかった。
そう、切りつけられた部位以外は……。
そこに意識を向けると脚と胸の辺りに強烈な痺れが走った。
ニードルはあまりの痺れに立っていられなくなり汗を滝のように流しながら膝をついた。次第に呼吸も苦しくなり吐く息が浅くなっていくのを感じていた
「な、何を…、した……。」
「ん?強力な麻痺毒さ。最も、上半身を切りつけた場合は心臓に毒が回って呼吸困難で死ぬがな」
「どこまで…、卑怯なのだ…」
「だーから言っただろ。勝った方が正義なんだよ」
ハンターの言葉にニードルは悔恨と苦悶の表情を浮かべたまま動かなくなった
それを視界の片隅に収めながらハンターは右手をあげた
その合図とともに禿頭衆は仲間の死体を丁重に回収し、負傷者の収容を進め、敵の死体から金目のものを分捕りにかかった。
彼らにとって戦場での略奪こそが給料であり食い扶持だった。もちろん、ルイからの指令で本人と分かるものや最低限の尊厳を保てる服は奪ってはいけない事になっている。
ハンターは息を吐きながら額の汗を拭い、巨漢の片割れを受け持った老将の向かった方を睨んでいた
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