第四十八話 悲運の謀将Ⅲ
時間はウフ砦にキースが着陣した頃まで遡る。
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500人の傭兵からなる兵士を引き連れてキースは意気揚々とウフ砦に入場した。
山賊達は大小30の傭兵団を糾合したもので山賊上がりや正規兵崩れ、他にも商人の用心棒や決闘代行業を生業とする者たちまで多種多様な顔ぶれだった。
ただ、彼らは組織ごとに固まって行動しており商売敵でもある他の傭兵団とは馴れ合うつもりはなさそうだった。
それでもキースからすれば彼らが仲良くしようが歪み合おうがどうでも良かった。結局は自分の指示を忠実に実行できる兵士であれば素性や性格などあってない様なものだ。
砦に入ってすぐにキースは各傭兵団の団長30人を集めた。
彼らの態度には組織の力関係がモロに出ており、大きな組織が幅を利かせているのに対して小さな組織は隅の方で縮こまる様にしていた。
キースの目の前には傭兵団の中でも特に大きな二つの傭兵団の団長が阿形と吽形の様にはち切れんばかりの筋肉を服に押し込めた腕を組んで佇んでいた。
片方はザップ傭兵団の団長で、もう1人はニードル傭兵団の団長だった。
道中でも気がついていたがこの者たちは犬猿の仲らしくお互いに顔を合わせては殴り合い直前まで罵り合い、手が出そうになると周囲の部下たちが慌てて押さえ込む様な場面が多かった。
例に漏れず両者はこの場でも額をこすりつけ合うほどに顔を近づけて睨み合っていた。やれ「先陣は俺だ」だの、やれ「お前のひ弱な部下ではネズミも殺せない」だのと罵り合っては額に血管を浮き上がらせて今にも手が出そうであった。
周囲の別組織の団長たちは辟易とした様子だったがキースは逆にこれは使えるのではないかと考えていた。
そこで、彼らの争いの炎にさらに油を注いでいく。
「ふむ、此度の勲一等にはこの砦の今後の管理権に合わせてハーレー殿が武官筆頭として雇ってくださるであろうなぁ」
このキースの言葉は二人の闘争心を爆発させるには十分な効果を発揮した。
この言葉を聞いた途端に両者の目は血走り我先にと陣取る位置を決め始めキースが何も言う前にどんどんと防衛計画が作り上げられていった。その様子を見てキースはこっそりとほくそ笑みながら表面上は呆れた様に彼らの出す意見を有用性で選別していくだけで良かった。
そこでキースは両者の傭兵団を砦の壁を守る様に配置させ、自身は騎兵を主体とする複数の傭兵団をまとめ上げて反撃のために出撃することができたのだった。
ただ、反撃だけが目的だったのにもかかわらず向かった先に因縁の相手であるルイがいるとは思わなかった。いわゆる振ってわいた幸運というやつで一当てして砦に引き返すつもりがついつい深追いしてしまった。
奴を逃したのは残念だったが面食らった奴の顔は滑稽で幾らか気が晴れた。
だが、そこに加えて本当に死ぬ時の奴の顔が見たくて見たくてたまらなくなっていた。自分にこれだけの恥をかかせた相手をどう殺してやろうかと思うとゾクゾクとしてきていた。
そんな中で出撃した兵士たちを砦に収容して被害状況を調べたが人数がさほど減っていなかった。キースは首を傾げたが傭兵たちの強さを見たのはこれが初めてだったのでそんなものかと納得していた。
それから三日三晩、キャラハン家による被害度外視な徹底的な攻勢が始まった。再び反撃しようにも城門前を攻撃している兵士の数が倍近く増えたことで出撃することすらできない。
そうして防戦一方の中で砦の中にはストレスが蔓延していった。
そして攻城戦が始まって四日目、砦の倉庫内から火が上がった。
大切な兵糧があるにもかかわらず兵士たちは全員が戦闘中でまともに消火活動に向かえる人員は残されていなかった。
なんとか、矢の補給のタイミングや刃こぼれした剣を取り替える時に手隙の人員で消火活動を急いだが結果として倉庫は全焼。
たんまりあった穀物は軒並み無くなり、全員が腰兵糧3日分程度しか持ち合わせがなくなってしまった。
キースは躍起になって火元となった原因を探したがなんせ消火活動すらまともに出来ないほどに全員が忙しかったのだ。誰も火がつく瞬間を見てはいなかった。
だが、火元が特定できないまま決着にすると傭兵たちの間に不信感が募ってしまう。
そこでキースは適当な傭兵団が暖を取る為の焚き火の不始末ということにして見せしめに殺した。
30人ほどの小規模な傭兵団だったが砦に入った頃からキースを負け犬と陰口を叩き事あるごとに命令違反をしていた為、連帯責任とさせて全員を磔にして殺した。ついでに逆らったらどうなるかを他の傭兵団に教える良い材料にもなっただろう。
だが、倉庫が燃えた件はでっち上げとは言えひとまず片付いたが兵糧の大半が焼失した件は何も解決していない。今まで最大の味方だった『時間』という存在は途端にキース達にとって敵へと変貌してしまったのだ。
だが、まだ攻め手にこの事は伝わってはいない。
この事は砦の外には漏らさずに敵を焦らせておきたい。だが、何か打開策が必要なのは間違いない。援軍も期待できない以上今いる手勢だけでなんとかするしかない。
今後の戦い方についてキースが頭を悩ませていると傭兵の1人が部屋に駆け込んできた。礼儀のなっていない馬鹿を怒鳴りつけてやりたかったがグッと腹の中に怒りを押し込めて彼が何某かの連絡を述べるのを待った。
「キ、キース様!無断でザップ傭兵団とニードル傭兵団が先を争って正門から出撃しました!」
「は?」
あまりの荒唐無稽な報告にキースは理解が及ばず思わず口をついて出た言葉はあまりにも月並みだった。
「なぜ、奴らが出撃などするのだ。今は耐える時期なのだぞ?それがわからぬほど奴らは戦下手でもあるまい。遂にその様な冗談を口にする様になったか」
キースは目の前の傭兵に冗談だと言って欲しかった。流石に出来の悪い冗談だが本当であったらそれこそ最悪なのだ。しかし、当の傭兵はコチラの願いを蹴飛ばす様に強く首を振った
「冗談などではありません…!奴らは本当に100名ずつの兵を率いて出撃してしまったのです!どうされますか!追いますか!?」
キースは今すぐにでも頭を抱えて叫びたい気分だった。だが目の前に配下がいる以上その感情を必死に押し込めざるを得なかった
「よし、馬を用意しろ。仮眠をとっている兵士たちも叩き起こせ!我らも出るぞ」
「我らも敵に突っ込むのですか」
「いや、こうなっては時間差で突撃しても各個撃破されるだけだ。ここは逃げの一手に尽きる。砦に篭っても傭兵が1人でも捕虜になればそれで籠城計画も御破算だしな。わかったらとっとと行け!」
「ハ、ハハッ!」
傭兵は急いで部屋を後にしキースも即座に身支度を始める。
つくづく見る目のない配下を持つと苦労する。
そして同時に自分独自の信頼できる臣下を持つ必要があるということもひどく痛感させられていた。
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明日の投稿は仕事の都合上お休みの予定です。
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