第四十七話 因縁
俺は声にならない声を喉から吐くと尻もちをついたまま後ずさるがキースは逃さないとばかりに自身の馬の前脚を上げさせ棹立ちにさせた後馬蹄で踏みつける様に俺の頭上に馬脚を振り下ろそうとしてくる。
俺は慌てて横に転がって回避するが顔の横に凄まじい勢いで馬蹄が降って来た。
あんなのを顔にくらっていたらと思うと冷や汗が流れてくる。
対してキースは馬首をコチラに向け直しこれでもかと口角をあげて再び剣を振り下ろそうとして来るのを再度避けようとするが転がった時に捻ったのか脚がうまく動かない。万策尽きたかと目を見開きキースの振り下ろす剣を見つめるしか無かった
しかし、次の瞬間俺とキースの間に黒い影が割って入った。
その影の正体は小楯を持ったセシルだった。
「若様!遅れて申し訳ございません!」
セシルの声はキースの振り下ろした剣を綺麗に受け流すと俺を庇う様に片手で背後に押しやった。
「手隙の兵は集まれ!」
セシルの号令一過周囲にいた30人ほどの兵士が集まって俺を盾の中に隠す様に陣形を組む。
馬上のキースは悔しそうな顔をした後に舌打ちをすると馬を数歩下げさせた。
そこへキース配下の砦兵である騎兵が数騎でキースの元へ追い縋る様にやって来た。
「ウォーデン殿、これ以上の突出は危険ですぞ。砦へお戻りあれ」
配下の言葉を聞きキースは俺を未練がましく睨みつけた後、馬首を砦側へ返した。
「まぁ、攻め手の大将が憎きキャラハン家の小倅であるとわかっただけでよい。兵らよ!もう散々に敵を叩いた!砦に戻る!」
キースは哄笑しながら砦へと兵を連れて戻っていった。
それを目にしてセシルは慌ててキースを指し示し周囲の兵士に叫ぶ
「に、逃すな…!追え…」
「いや、待て」
俺は彼らを静止した。
「な、なぜです。今なら砦に乱入もできますが……。」
「対して敵兵も減っていないのに勢いに任せた突入を敢行してはコチラが無駄に兵を減らすだけだ。相手が手練を多く連れている以上長期戦は覚悟しなければな」
俺の言葉にセシルは渋々頷いて周囲の兵達に追撃の命令を取り消していった。
その日の戦闘はそこで終結となり敵が兵士を砦の中へ収容していくのに合わせてコチラも兵を砦から剥がした。
日はすっかり傾いて夕方になっていたが各隊の指揮官を集めて今日の被害状況を共有することとした。
天幕にはセシル、ハンター、スコット、ブレッドが集まっていたがエン殿の姿は見えなかった。いつもそばに着いていたブレッドに聞いても昼の乱戦以降探しても見つからないのだという。ただ、編笠衆はエン殿が居たはずの場所におりコチラが何を聞いても不気味に沈黙したままで埒が開かなかった。
セシルやハンターは口々に乱戦の勢いに驚いて敵前逃亡したのだと批判したがあの底無しの忠誠心を持つエン殿の配下が彼と共に逃げていないとは思えなかったので何か俺たちの見えないところで工作を始めたのかもしれない。
とにかく一先ずは彼のことを忘れて今日の被害状況の確認へと移った。
スコットからの報告によれば死者は30人ほどと戦闘の規模にしては少ないが重症者が30人程と多く、軽傷者は100人近く出ており軍全体で見ても25%以上が何らかの怪我を負った計算になる。
「スコット、これはこの規模の砦攻めとしては妥当な被害なのか?」
俺の問いにスコットは腕を組み唸り声を上げた。
「うーむ、死者の人数は平均的ですが怪我人が多過ぎまする。これは敵方が狙ってやっていることとしか思えませぬ」
彼の言葉に天幕の中では皆が手を組んだりあごに手を当てたりして頷いた。
「奴らの目的は徹底的な遅滞戦闘だろうな。負傷者が増えれば例え砦を落としたとしてもその後の行軍には大きな影響が出る。それを狙っているとしか思えないぞ」
ハンターは渋い顔をしながらため息をいて自身の見解を口にした
「で、あれば。砦攻めの趣向を変える必要が出て来るか……。」
俺は前世での城攻めの典型を考えるが中世以降は攻城兵器か数での力攻め、レアケースだと水攻めや兵糧攻め、坑道戦術などがあるがどれも資金力や労働力の面で不可能に近い。
一見すると万策がつきた様に思える。
そもそも、砦兵は200人の想定であったのに実際は倍以上の兵が収容されており、総数ではコチラの兵数を上回っている可能性すら出て来ている。
井闌車や衝車があればまだ状況も違った様に思うが今はないものねだりをしても仕方がない。
俺たちがウンウン頭を捻っていると俺の横にゆらりと妙な気配をまとった編笠を被る男が立っていた
俺たちは彼の存在に気づくと慌てて距離を取るが当の本人はかすかな息を漏らすだけでコチラの反応に対して微動だにしなかった。
そして俺の方へと向き直るとずいと細長い木の板を出して来た。
俺が面食らって唖然としていると男は耳障りな酷くしゃがれた声でこういった。
「我が主人から゛だ。う゛けとられ゛よ」
俺は恐る恐る受け取って内容をチラリと見る木の板の一番下にはエン殿のサインが確かにあった。俺は真意を尋ねようと男に目線を戻そうとしたが既にそこに男はいなかった。
木の板にはこうあった
『心配ご無用。三日間攻城を継続すべし。瓦解は早い』
一見すると真意を図りかねるがどうやらエン殿はこのまま攻城を三日間続けることを勧めている様だった。俺はセシル達にも木の板を渡して回し読みさせた。
「今この場にいない様な者の案を採用してはいけません。これは僕達を貶める罠やもしれませんよ?」
セシルの言葉にハンターが深く頷く。しかし俺はため息をついてその意見に答えた
「だがな……。攻城を続ける以外に現状できることは無くないか?兵糧攻めはコチラの兵糧が先に切れる可能性も高い。攻めないという手は元からないのだ。この木の板は何か状況が好転する可能性を示してくれているに過ぎない。やる事は変わらんさ」
セシルとハンターは不承不承頷いて歯切れ悪く納得の言葉を口にしていた。
ブレッドは言わずもがなだがスコットも肩をすくめてそれしかないと言う風だった。
「一先ずは三日間攻め立てよう。それでも状況が動かなければまた話し合おうではないか。あぁ、それと正門前の兵士は増員しておいてくれ。今日みたいに敵騎馬隊の機動力を発揮させてはならない」
俺の言葉に臣下達は頷きその日の会議はお開きとなった。
そして三日三晩俺たちは手を休める事なく砦を攻め続けた。勿論敵の抵抗は激しかったが正門に配置する兵士を倍に増やした事で初日の様に敵が砦から打って出て来る様な事はなかった。コチラの被害も凄まじいものだったが砦の兵士も1人また1人とコチラの矢に射抜かれ、砦の壁に乱入したコチラ側の一部の兵士との乱戦で着々と数を減らしていった。
そして三日が過ぎた運命の四日目に砦の内部から黒煙が立ち上った。
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