第四十六話 砦の主人

俺は400の兵を率いてウフ砦を取り囲んでいた。

砦に籠る敵の反撃はなく不気味なほどに静まり返った砦を順調に包囲した。


道中に無力化するはずだった村は俺たちがついた時には既に焼け野原で村人達は逃げ散った後だった。

砦の壁には弓兵も立っておらず一見すれば無人の砦の様にすら見えた。


「スコット。この一連の流れに妙な薄気味悪さを感じるのは考えすぎか?」

俺は破城用の丸太を用意している兵士たちを横目に隣に控えるスコットに疑問を口にした。

「いやいや、ワシも同じ様な感覚ですじゃ。道中の村がただの無人ならわしらを恐れた夜逃げや城に逃げ込んだ可能性はありますがあの様に徹底的に家屋まで破壊されているとなると……。状況がわかりませんな」


この軍の中で一番戦歴の長いスコットにわからないならこの陣中にこの事情を推察できるものなんて……

俺が渋い顔をしながらパッと反対を向くと跪いたブレッドに扇であおがれながら悠々と兵士たちが展開していく様をにこやかに見ているエン殿がいた。


俺はスッとエン殿の横に立つと咳払いをした。

「えーとだな。エン殿はどう思う?」

「うん?ルイ殿もスコット殿も小難しく考えすぎなんですよ」

彼は穏やかに言って俺たちが通って来た村の方を指差した。


「要はね、オーレンファイド城の城主は金勘定が下手くそなんですよ」

「と、いうと?」

俺の問いにエン殿はピンと指を立てて指を振りながら歩き始めた。


「ハーレー殿は支配する村が出す収益など微々たるもので本城が残ればなんとでもなると思ってるんですよ。だから各村の蔵は空っぽ。それに見ました?各村の家の木材は燃えてませんでした。柱になりそうな木は軒並み分捕られた後でした。あれほど徹底的な略奪は山賊や近隣領主にはできませんね」


彼はそこまで言い切るとくるりと俺の方に振り返ってパンッと手を合わせた。

「結果として、ハーレー殿の命令でハーレー殿自身の支配する村から略奪を敢行したんですね!うーん、非効率で実に愚かですね!」

彼はそこまで言って高笑いをしながら編笠衆の方へ帰って行った


俺とスコットはポカンとした表情を浮かべた後肩をすくめた

お互いにそんな馬鹿なことあるかよと思ったのだ。


まぁ、そんな事を考えることはやめて目の前の戦いに集中することにした。

横に薄く広がった部隊の奥からハンターが合図の手旗を振っていた。


「よし、周囲にも伏兵は無しだな。一先ず砦攻めと行こうか。スコット持ち場に戻ってくれ。セシルは狼煙をあげてくれ」

スコットは馬に乗って駆けて行き、セシルは狼煙を焚き始めた


煙が高く上がると各所で角笛が響き兵士達が一気に砦に襲いかかった。

正門に陣取る兵士たちは近くから切り出して来た丸太に縄で縛った即席の破城槌を持って突進し、外壁の兵士は梯子を継ぎ足して延長した梯子を数人で抱えて走っていく


すると砦の壁や櫓から大量の弓兵達が立ち上がってコチラに向けて矢を浴びせてくる。そこまでは想定内の事だったが敵の数が想定よりも多い。


200程の守兵と聞いていたがパッと見ただけでも300人ほどは居る。しかも敵兵は全員それなりの練度を持っている様でコチラの近づく兵士たちに的確に矢を当てて来ていた。


大半の矢は前面にいる盾持ちの兵士が受け止めているが時折後方の兵士たちにも命中している。


ただ、砦の壁自体はそこまで高くはないので梯子は易々と各所でかかっていく。

壁の上にいる敵兵も慌てて梯子を蹴倒しにかかるがコチラの用意した梯子の数が多すぎるのか蹴倒すのが間に合っていない様だった。


そして、ハンターは禿頭衆を率いて破城槌を縦で囲み門を破壊しようとする兵士たちを必死に守っている。

木材で出来ている城門自体はさほど分厚くなく破城槌の攻撃で亀裂が入り始めていた。


「もう一息だ!押し込め!」

兵士たちの怒号に紛れてハンターの声が響き渡っている

コチラも負傷者は多いが壁にも登り切る兵士達が現れ始め今日中に砦は落とせるかの様に見えた。


しかし、破城槌が決め手となる一撃を打ち込もうとした次の瞬間、城門が内側へとゆっくりと開いていった。

正門前にいた兵士たちは破城槌が門を破ったと勘違いした様でそのまま歓声をあげて10名ほどが突入していった。だが、その歓声は数秒後に悲鳴へと変わっていった。


門の影から姿を現したのは100騎程の騎馬兵であった。

彼らの槍の穂先には串刺しにされたコチラの兵士が持ち上げられていた。

彼らは呻き声をあげて助けを求めるようにあたりを見回しているが騎兵達の放つ気迫に誰も近づけないでいた。


そんな兵士達の動揺を察したのか敵の騎兵部隊の先頭にいる男は槍を投げ捨て剣を抜いた。そして、その剣先をゆっくりと俺に向けると男は悪鬼の様な笑顔を浮かべて他には見向きもせずに俺の方へと突進して来た。


俺は奴を見たことがある。きちんと対峙した事はないが一度見たら忘れない様な奴の怒りの顔を見たことがある。

その男は立ちはだかる歩兵達を木端のごとく打ち払い俺のそばまで肉薄して渾身の斬撃を放つ姿勢に入った。

俺は目の前に突然現れた死の恐怖と思わぬ相手の出現に足がすくんで動くことができず避ける事は諦めて慌てて剣を抜いて剣の平面で奴の斬撃を受け止めた。


しかし馬上から放たれた渾身の一撃を抑え切る事はかなわず剣は弾き飛ばされ俺は反動で尻もちをついてしまった。


そんな俺に剣の切先を向けて男は叫んだ

「やっと会えたなぁ!ルイ・キャラハン……!」

男の顔には血管がいく本も浮き上がり怒気を発している反面声には喜びと愉悦の感情が溢れていた。


そう、その目の前に現れた男とは俺が城を奪った相手であるキース・ウォーデンであったのだ。

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