第四十五話 集結


俺は次の日の朝武具を付けて館前の広間にやってきた。

目の前には歩兵200人、騎兵50人、弓兵50人、ハンター率いる禿頭衆100人の計400人に加えてエン殿率いる編笠衆50人が整列していた。


編笠衆とはエン殿が居たキュエル城の最精鋭で編笠を目深に被り誰1人として顔は見えないが50人全員に生気がなくゆらゆらと立っている不気味な集団だった。着物に鎖帷子を着込み長刀を背中に背負っている妙な出立ちで周囲の兵士達も気味悪がって一歩引いていた。


そんな面々の目の前に俺は立ち彼らの顔を1人ずつ見ていく。編笠衆以外の面々は皆目に光を灯し大きな戦闘に関われる事に少なからぬ興奮を覚えているようだった。


そんな彼らを前に俺は一つ深呼吸をして口火を切った

「皆の者!よく集まってくれた!これより我々は盟友であるノーブル・ベートン殿のベートン家継承を助けるべく出陣する!他国の援助と侮るなかれ!この戦いの勝者こそが子爵領南部の覇権を握る事になる!」

俺はそこで一度言葉を切るとあえてフッと笑って見せた。

「加えて勝利と同時にこの城は敵と隣接することはなくなり侵略者の恐怖に怯える事もなくなるのだ!」

この言葉が一番効いたのか兵士達の熱狂は最高潮になった


兵士達の歓声に包まれ俺は右手を振り上げた

「者共!出陣だ!」

「「「おおお!!!」」」


俺が横にいたスコットに合図を出すと彼は頷き返してシールズ家の騎兵を戦闘に行軍を開始した。

見送りのエリーとヘンリー向かって拳を掲げると2人はにこやかに笑って手を振っていた。




そして俺たちは三城の勢力の集合地点である平原に到着した。

「俺たちが一番乗りか」

俺が周囲を見回しながら呟くとハンターが馬を寄せてきた

「ウチが一番若輩者だからって事かな」

やれやれと言った感じでおどける彼の頭を小突いて遠くを見ると丘の向こうから羽を広げた鳥の旗が見えてきた。

「父上が来たようだな」

「若様!向こうからは碇の旗が!」

別の方を向いていたセシルが嬉しそうに声を弾ませる



そしてどんどんと陣容が見えてくる。父上はこの間に騎馬を増強したらしく軍の半数が騎馬という贅沢な陣容。対してノーブル殿は自慢の港を利用して鉄を大量にかき集め重装歩兵部隊を作り上げていた。


軽やかな馬の馬蹄と鈍重な重装歩兵が一堂に介する様は圧巻であった。

この場には約1200人の兵達が集まっており見た事もないような熱量と独特な緊張感に包まれていた。


兵達が集まって来たので混乱を避けるためにスコットやハンターに兵士の整列のし直しを指示していると一騎の騎馬がコチラへ向かって来た。

馬上にいたのは栗色の髪をなびかせた父の秘書官であるカリンだった。


「若様!遅れて申し訳ありません!お館様とノーブル様が神酒の儀を行いたいとのことで至急来ていただけますか」

「わかった、ハンターとスコットは引き続き隊列の管理をしてくれ。セシルは俺について来てくれ」


ハンターとスコットが返事もそこそこに作業に戻るのを尻目に俺はセシルを連れてカリンに案内されるままに2人の待つ場所へ向かった。

「なぁ、セシルは神酒の儀って何やるか聞いてるか?」

「えぇ、見たことはありませんが聞いたことはありますよ。なんでも神酒と呼ばれる秘伝の酒で手をすすぎ一気に飲み干すのだとか」


「酒を?どんな効果があるんだ?」

「これも又聞きですが陣中で不慮の事故や病に罹らなくなるとか、転じて勝ち戦を確固たるものにするための儀式だそうです。まぁ、眉唾ですけどね」

セシルは験担ぎに懐疑的な様だが俺はこの儀式がちゃんと効果があることを理解した。

だって、やってることが前世の消毒なんだもんなぁ。この衛生観念の破綻した世界では手をまともに洗うという習慣すらない。もちろん目に見えて汚れた時は手を洗うのだが石鹸もないので手指の消毒は甘い。


加えて、蒸留酒を主軸にしたアルコール濃度の高い酒ばかり飲むこの世界で手を酒ですすいでみろ……。この世界の脆弱な雑菌共は一様に死滅すること請け合いだ。

そんなわけで民間伝承や儀式もバカにならんなと思い直し始めた頃にようやく天幕が見えて来た


天幕の中では父上は椅子にふんぞり帰り、ノーブル殿はいつもよりソワソワとしていた。


「父上、そしてノーブル殿。ルイ・キャラハン参上いたしました」

「よし、では時間もない故儀式を始めようか」

俺とノーブル殿は父上の言葉に頷くと目の前にある杯を手に取った。


「あぁ、臣下は出ていく様に。これは神聖な大将の儀式だ」

貴族の儀式に小うるさい父が大仰に手を払うと

カリンとセシル、そしてノーブル殿についていた従者がそっと天幕から出て行った。


「えー、ゴホン。それでは儀式を始める。各々の勝利と我らの栄光を願って。神のご加護が在らんことを!」

父の掛け声に合わせて俺たちは手に酒をかけてすすぎ、残った酒を一息に飲み干した。


秘伝の神酒とやらは喉が焼けるほどに辛く、目の端に涙を浮かべながら嚥下した。

チラリと横を見るとノーブル殿も渋い顔をしており父だけが唯一美味そうに飲み干してまだ酒が残っている瓶を物欲しそうに見ていた。

そんな父の様子にため息をつきながらも俺は酒瓶を手に取って天幕の外に控えるセシルに渡した。


父から非難めいた視線が飛んでくるがどこ吹く風で無視をする。

これから戦争に赴こうというのに酒など言語道断だ。しかもあんな強い酒を水の様に飲んだらいくら酒豪の父といえど判断力が狂ってしまう。


そんな父を尻目に俺は杯を机に置き直し一呼吸を置いて2人の顔を見た。

「それでは御二方共にご武運を」

俺の言葉に父は微笑を浮かべて頷いた。

そしてノーブル殿も笑って俺の横まで歩いて来た


彼は「婿殿もご武運を」と言った後に俺の耳元で周囲に聞こえぬ様に声を潜めて言葉を続けた。

「負け戦は構わぬが死んではくれるなよ。我が娘を悲しませる様なことだけは決してせぬ様肝に銘じておく様に」

俺は一瞬驚き目を丸くしたが義父の精一杯の言葉に頷いて天幕を後にした。


自陣に戻るとすっかり隊列は整っており俺の号令を待つだけとなっていた

「よーし、皆の者!これよりウフ砦に向けて進軍する!この戦の初戦だ負けは許されぬ!心してかかれよ!」

「「「おおお!!!」」」

兵士たちの歓声の中で俺たちは行軍を始める。

目指す先はウフ砦。オーレンファイド城を守る片翼でありここの勝敗が文字通り選局を大きく左右する。


負けられぬ戦いに自然と俺の拳は硬く握りしめられていた

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