第四十四話 奥を守る者

そして、あっという間に時間が過ぎていった。

この世界には五穀豊穣の祈りや収穫を祝う祭りは存在するが年越しを祝う祭りは存在しない。まぁ、明日の命も知れない殺伐としたこの世の中で生活の外で祝う余裕がないというのが理由ではある。


我が家でもその風習はなかったのだが前世の慣れで何かやらなければ気が収まらず兵士には3杯、民衆には1杯の酒を振る舞ってささやかな祝いとした。

財務の出納を管理しているヘンリーとセシルは2人揃って訳のわからない出費に頭を抱えていたが民衆感情を良くする為だと言って誤魔化しておいた


そんなこんなで穏やかな年越しを迎えたあと家中は天と地をひっくり返した様な騒ぎとなっていった。軍備の最終確認と徴兵の本格スタートによって戦争が近づいて来る機運を感じ取った民衆もどこか浮き足立っている様に見える。


子供達はチャンバラに明け暮れ、いつか兵士になって手柄を立てて城主様のお役に立ちたいという言葉がそこかしこで聞くことができた。


そんな理由もあって各村からの兵士希望者が想定よりも多くなり事前に用意した兵糧や武器の調達に齟齬が出てしまったのだ。嬉しい誤算ではあるが武器の調達に駆けずりまわっているスコットとハンターを見ていると諸手を挙げて喜んでいいわけでもなさそうだった。


結果、350人の予定が450人集まったので城の守備に50人を残し400人で出陣できる事になった訳だ。ただ、増員した100人は全員民兵レベルの練度かつ貴重な生産階級なので無闇に戦地に出せない以上単純な強化かと聞かれると首を傾げざるを得なかった。


だが、勢力を増した事に加えて兵士達の高揚した士気で領内は異様までの熱狂に包まれていた。


そして、出陣の前日となった。

俺はすっかりエリーと床を共にすることが日常になっていた。ただ、必ず領主としての夜の仕事をしていたわけではない。あくまで一緒のベッドで寝ることが当たり前になっただけだ。


今日も俺とエリーはベッドに腰掛け他愛のない話に花を咲かせていた。とてもではないが次の日に一大決戦に赴く様な空気ではなかった。


それは俺が今までにない戦闘の規模に恐れて話題に出そうとしなかった事もあるしそれを察してエリーが話を振ってこなかったというのもあるだろう。だが、流石に話さないという選択肢はないので仕方なしに話の区切りがついたところで俺は彼女の方に向き直った。

彼女も空気が変わった事を察した様でコチラに向けて座り直した。


「エリー、もちろん知っている事とは思うが俺は明日からしばらく大きな遠征に行くこれまでの山賊討伐とは訳が違う。ともすれば家臣達の誰かが欠ける事もあるだろうし最悪俺の命の保証もない訳だ……。」

俺は話しながら手が少し震えていた。


今まではコチラの準備が常に敵を上回っていた。しかし、今回は敵の準備も万全だ。しかも兵数では負けている。ここで負ければこれまでの全ての成功は無に帰す。一枚でも相手が上手ならその時点で瓦解する危うい賭けだ。

そんなこともあり俺は今までになかった恐怖を感じていた


エリーも俺の恐怖を感じ取ったのか落ち着かせる様に俺の右手を両手で包み込む様に握った。

彼女に手の温もりに少し気持ちを落ち着けた俺はもう一度彼女の顔を見た。彼女の顔は不安の表情など浮かべておらず静かな微笑をたたえていた。


「大丈夫です。アナタもノーブルお父様もイヴァン義父様おとうさまも本当にお強く、兵士にも民衆にも慈しみを持って接しています。ですからきっとアナタの期待を超える働きをしてくれるはずです」

「だ、だが……。」

俺はそれでも決戦が3割、準備が7割という鉄則を堅く信じてここまで来たのだ。今更決戦の3割に期待する気にはなれなかった。

俺のそんなウダウダとした態度に対してエリーは少し怒った様な顔をして頬を膨らませると俺の手を握っていた両手を離して俺の頬をペチリと挟んだ


「もぉー!アナタは自分やアナタを信じて集まってくれた仲間達に対する自信がなさすぎます!この城を無傷で手に入れたのは誰です?騎士出身者や山賊出身者をきちんとまとめあげているのは誰なのですか?」

「そ、それは……。」

俺が答えようとするのを先回りしてエリーは更に言葉を続ける


「アナタでしょう!?これだけの勢力をたった一年で作り上げたのはアナタです!もっと自信を持ちなさい!」

そう言われて、俺は確かに今までやってきた事を反芻した。たしかにどれも大それていて前世の自分には考えつかない事ばかりだった。


「それに、アナタがいない間。私がしっかりとお城の留守は守ります!こう見えてもそれなりに乗馬や弓の使い方は習っているんですからね!」

彼女はそう言って必死に力こぶを作って見せようとするが少し筋肉が盛り上がるだけだった。


それを見て彼女はバツの悪そうな顔をして口をすぼめるとあさっての方向を向いた

そんな様子を見て俺は思わず笑いが込み上げてきた。

「あっ!笑わないでください!ほ、本当に乗馬とか槍は習ってるんですよ!」

彼女の必死な弁護も余計に可笑しくて愛らしくて笑えてきた。

そして、もっと贅沢もさせてやりたいとも思った。


俺は一通り笑うと目の端に溜まった涙を拭って彼女に微笑みかけた。

「ありがとう。俺も覚悟が決まったよ。帰ってきたら一緒に近場の森に狩りでも行こう。もちろん馬に乗ってね」

俺の言葉に彼女もゆっくりと頷いた。

「お恥ずかしい所を見せぬようにちゃんと練習しておきますね!」

エリーの太陽のような笑顔に勇気づけられて俺の心は決まった。

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