第四十三話 不穏な年末
ルイ達がそれぞれに軍備の最終配備に取り掛かっていた頃
オーレンファイド城でも軍議が行われていた
「貴様ら、ついにあのボンクラな愚弟と雌雄を決する時が来た」
ハーレーは大仰な身振りで目の前の50人近い文官武官達にこの戦いの意義を熱弁していた
「父上が病に倒れて早3年!今の父にはこの乱世を渡り歩くだけの器量も身体も備わってはいない!ノーブルの奴も一族が団結せねばならぬこの時に不遜にも長男かつ正当な後継者である私からこの家の実権を奪おうとしている!」
そこで一呼吸おき家臣達の顔を順に眺めた後、身を翻して窓から見える港を指差す
「事実!愚弟はベートン家当主の所有物であるヒューズ城の港を占拠し今も勝手な商売をしている!挙句には!どこの馬の骨とも知らぬ平民の小僧に娘までやる程の堕落ぶり!高貴な騎士爵家の子息の行いとは到底思えぬ!かの無知蒙昧たる愚弟を排除し、我らが地盤を確固たるものとする為、皆力を貸してくれ!」
「「「おおぉ!!」」」
武官達は雄叫びをあげ、文官達は深く頷き賛同の意を示す。その様にハーレーは満足気に頷き片手を上げて熱狂を制した。
「そして今日、皆には強力な我が盟友を紹介しよう!入ってくれ!」
彼の声に合わせて弾かれる様にドアが開いた
部屋に入ってきた男は顔は傷だらけで細いがしっかりと筋肉のついた腕をあらわにした鎧を着込みマントを羽織っていた。そしてその翻ったマントにはベートン家の碇の紋章ではなくリンゴを噛む蛇の紋章が描かれていた
靴の音を鳴り響かせて男はハーレーの横までやってきて彼と固い握手を交わした。
「皆に紹介しよう!私の10年来の盟友であるキース・ウォーデンだ」
ハーレーの紹介に男はうやうやしく礼をしてその心の奥を見透かす様な目でニコリと笑った
「この御仁は今年の頭に成り上がりのキャラハンに姑息な手をもってしてやられてしまった。しかし、この者の深謀遠慮は子爵領随一であると私が保証する。そして、私はこの者と大それた夢を見た!それはこの王国を根底からひっくり返す事だ!」
彼の発言に武官達は目に闘志をたぎらせ文官達はざわめくがキースの蛇の様な目に射すくめられて彼らはスッと黙った。
「そのためにこの戦は必ず勝たねばならぬ!この戦の勝敗は子爵領南部の趨勢を決する一大決戦となる!皆の者心してかかる様に」
「「「ハハッ!!」」」
彼らの威勢の良い返事を聞いてハーレーはキースと頷き合った
「それでは、全員に防衛体制下での配置を指示する。配置はドーガから説明する」
そう言ってハーレーが一歩下がるとドーガが前に出てきた
「武具の購入数や動員のかかっている村の数を見るに敵は1000以上の兵で攻めてくる可能性が高い。今回の敵勢をかんがみて全30個の傭兵団からなる計500人の傭兵部隊を編入した。傭兵部隊の指揮はキース様にお願いしている」
そして、ドーガは傭兵部隊のコマを最前線のウフ砦に配置した
「傭兵部隊は少しでも我らの軍の犠牲者を減らす為に最前線に配置し敵の勢いを可能な限り削らせる。キース様には傭兵の人数が100人を切った際は逃げる様にしていただきます。そして、私は各村の180人の守備隊と120人の歩兵つまり合計300人を率いてサム砦に向かう。これでウフとサムの両砦はそれぞれ500人で守備できる」
ドーガの言葉に対して恐る恐る手を挙げる文官がいた。
「む、如何した」
ハーレーは腕を組んで睨みつける様に文官の方を見た
「は、はい。各村の守備隊を引き抜いては村に対しての略奪を防げないのでは……。」
「ふむ、私もそこは考えたが戦力の分散は今回の戦いにおいては無意味だ。守備隊は各村で各個撃破されるより一点集中した方が良い」
彼の返答に大半の文官達は納得した様に頷くが先ほど声を上げた文官は納得がいっていない様でなおも食い下がった
「し、しかし。それでは村人からの信頼を失いますし、戦いに勝った後の統治に影響が出ます。何より、民あっての領主です。せめて民をこの城に逃してくることは必要かと……。」
「ふむ、では逆に聞くがその収容した民に食わせる飯はどうすると言うのだ?最悪の場合数日の籠城が発生する。最低でも2000人近くはいる村人を食わせることなどできるのか?ん?」
ハーレーの言葉に文官はたじろぎ目を泳がせた。そこを追い打つ様にハーレーは続ける
「何より、彼らが村に居てくれた方が敵はその処理に手間取られ行軍が遅れるではないか。実に素晴らしい。財産の有効活用という奴だな」
そう言ってハーレーが戯ける様に肩をすくめると周囲の文官達は追従して笑った
「で、ですが…!此度の戦闘は我らの都合。我らの都合に民衆を巻き込むのはいささか……。」
「うーむ、なるほどなぁ」
賛同の意を口にしたハーレーに対して文官は一瞬顔を明るくするがハーレーの続く言葉に絶句した
「つまり、お前は民衆のことを心配しているが要は村の蔵にある物資を敵に使われる事を憂いている訳だな?」
「な……!?そういう事を申したいのではありませぬ…!」
「あぁ、良い良い確かに貴様の言いたいこともわかる。その通りだ。むざむざとられると分かっているものを奪わせることもあるまい。貴様の意見を採用し事前に村から物資を全て接収しよう」
文官は己の過ちに気がついた様に言葉を失い口をパクパクとさせていたがハーレーはにこやかに頷いた後壁際に立つ衛兵にアゴで反発してくる文官を連れ出す様に指示を飛ばした。
彼の指示に従って2人の衛兵はその文官の両脇を掴んで部屋の外へと連行していった
「さて、興が削がれたな。ドーガすまないが各村への接収部隊を編成しておけ」
「ハ、ハハッ」
ドーガは少し言い淀んだがそれでも確かに頷いた。
「よし、それでは皆の者。それぞれの配置につき砦と城を死守せよ!この戦いに勝てば敵は衰退して一気に城を三つも確保できる!恩賞は思いのままぞ!」
「「「おおお!!!」」」
彼らの歓声を背にハーレーはキースを連れて部屋を後にした。
彼の頭にはこの戦いで勝ち子爵領南部を席巻する自分の様子がまざまざと見えていた。
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