第五十一話 もう一つの砦


ルイがウフ砦に到着した頃、イヴァンもサム砦に到着していた。


イヴァンの軍は砦をぐるりと取り囲んで砦へとヤジを飛ばし続けていた。

なんせ騎馬主体の軍なので攻城戦に向かない。無理に攻めてもいいが兵達は騎馬から降りなければならないし使い潰すのは勿体無い。


そう言う思考が働いているが故に敵を野戦に引きずり出すことを軸に据えて砦の周囲で挑発することに徹していた。


イヴァン達の挑発に外壁にいるハーレー軍は怒ってはいるものの投石や矢を散発的に撃って来るのみで砦を打って出る様な事はなかった。

それでも構わずイヴァンは嬉々としてヤジを飛ばしていた

「ハーレー軍はなじられてもやり返すことの出来ない臆病者ばかりかよ!コレじゃあ君主のたかも知れてるってもんだ!ガハハハ!ほれ、お前達も笑えい!」

「「ギャハハハ!!」」

周囲の兵士達もイヴァンに倣って腹を抱えて笑う。砦の上のハーレー軍の兵士達は地団駄を踏み、顔を真っ赤にして矢を放って来るが矢は全く届かないまま落ちていく


それを目にして兵士達は益々ハーレー軍を馬鹿にしてゲラゲラと笑う

そこへ楽しそうなバルボと呆れた顔のカリンがイヴァンの元へとやって来た。

無骨な武官一筋であるバルボは楽しそうにヤジを飛ばし、カリンはため息をついて首を振っていた。


「敵もバカではありませんからそんなにヤジを飛ばしても怒って打って出るなんて事はしませんよ」

「ははん!頭でっかちはコレだから良くないのだ!こう言うのは士気を上げるのにも役に立つのではないか!」

バルボはそう言い捨てると馬に飛び乗り部下を連れてまたヤジを飛ばしに砦へ向かって駆けて行った。


「全く、あんなに駆け回って敵が突然出撃してきたらどうするつもりなんでしょうか?」

「ハハハ、まぁそんなに怒るな。コレだけ煽っても出てこない以上相手の指揮官は冷静だ。野戦になれば不利であることも理解しているであろうしな」

イヴァンは砦の方を向きながらため息を吐いた。

「それに、この砦に敵兵力を留めておくのも重要な事だ。敵からすれば援軍が来ない戦いはコチラの想像以上に精神を磨耗させられる。それに昼夜を徹したこの罵声があれば敵は益々疲労する。どこまで耐えられるか見ものだな」


イヴァンは高笑いしながら引き続き罵声を浴びせる様に兵士達に指示すると立派に据え付けられた天幕へ戻って行った。

残されたカリンは不満たらたらな表情を浮かべて彼の後を追おうとしたがピタリと立ち止まり砦に向き直って大声で「バカやろー」と叫んだ後、何事もなかった様にツカツカとイヴァンの後を追った。


その後、砦の内外で黄色い歓声が上がったとか上がっていなかったとか


ーーーー

それから数日

二交代制で昼夜問わず罵声を投げかけ、イヴァンは後方でカリン相手にボードゲームをして楽しんでいた。


「お館様、包囲を開始してから5日経ちますが全く動きがありません。本当にこのままの状態を維持するので良いのでしょうか…?」

イヴァンは不安そうなカリンの表情に目もくれずにボードゲームの次の一手を考えて腕を組み唸っていた。


「お館様、聞いていますか?」

「ん?あ、あぁ。聞いていたぞ。あれであろう?このままでは埒が明かないと言う……。それっ、ここだ。カリンの番だぞ」

イヴァンに促されてカリンは渋々自分のコマをサッと動かして再びイヴァンの顔を見た。

「一体何を待っておいでなのです?」

「ふーむ、強いて言うならお前のコマが俺のコマの陣に入ることを待っている」

「お館様!いい加減にしてくださいませ!」

カリンは怒って立ち上がるとイヴァンの顔をしっかりと見た。

「まぁまぁ落ち着け。もう間も無くだろうて」


イヴァンが再びコマを動かした時、一騎の騎馬兵が駆けてきた。

「お館様!若様から言伝です!ウフ砦は陥落!敵兵はなりふり構わず逃げて行ったとのこと」

騎馬兵の言葉を聞いた途端にイヴァンはニヤリと笑った。

「そうか!ではそろそろ動くかな」

そう言って、ゆっくりと立ち上がり天幕の前に待機させてあった馬に飛び乗った。


「騎馬兵200は全騎ワシに付いてこい!残る歩兵200はバルボに従って砦の門前を固めろ!敵が打って出てくれば迎え撃て。出てこずとも警戒は緩めるな!」

イヴァンはそう言い残すと事前に選別してあった精鋭達を伴って包囲から外れて行く。

取り残された歩兵達は指示通り門前を方陣の陣形で睨み敵の出撃に備えた。



そうしてイヴァンが騎馬部隊を率いて少し走っていると向こうから一目散に駆けて来る一団が見えた。先頭は数騎の騎馬で残りは歩兵だ。しかも掲げている旗はハーレー軍の物だった。彼らは遠目に見ても疲労困憊で必死にここまで走って来たことが伺えた。やはり読み通りウフ砦の守兵達はウフ砦は自分たちの砦は諦めてサム砦を助けに来た様だった。


「見えたな。今より部隊を分割して敵の両側面に襲いかかる!敵を分断した後は分断された敵先頭部隊を追いかけろそのまま砦まで近づけて殲滅する」

「「ハハッ」」

兵士たちの威勢のいい返事に頷いてイヴァンは右手を掲げて振り下ろした

「者共!突撃!敵の土手っ腹を食い破ってやれ!」


イヴァンの声に押されて兵士達は左右に分かれて敵の一団をクワガタのアゴのように挟み込む様にして襲いかかる。敵兵士達は休憩なしで走っていたのかコチラの突撃に対応して槍を構えるものは少ない。敵先頭の指揮官らしき男は慌てて指示を飛ばしているが敵兵士達の動きは芳しくない。その為、豆腐を撫で切りにするが如く無抵抗のまま敵兵士達は次々と討ち取られて行った。


イヴァンは自慢のハルバートを握って槍の部分だけで、まだ応戦する力の残っている者を優先的にほふって行く。そうして両側面の騎馬隊が敵を分断して、追い立てる様に分断された敵先頭部隊に襲いかかる。

敵の部隊は追い立てられるままに必死にサム砦に向けて走って行く。

「よーし、角笛を吹け」

イヴァンが配下に指示を飛ばすと兵は角笛を吹き、砦を包囲していた兵の一部も敵先頭部隊を挟撃にかかる。


疲労した所に襲撃を受け、挟撃を喰らったウフ砦からの敗残兵は絶望して武器を捨てる者や逃げようとする者など阿鼻叫喚の様相を呈した。

「落ち着け!落ち着くのだ!指示に従え!」

蛇のマントを羽織った敵の指揮官は必死に指揮を取ろうとしているが兵士達は言うことを聞かず混乱は収拾がつかない様であった。

「ハハハ!撫で切りにせよ!」

イヴァンの号令一過、兵士達は目の前にひしめく敵軍を殲滅して行った。


腕を組み、満足気に殲滅戦を見ていたイヴァンの元にカリンが馬に乗って駆けてきた。

「お館様!砦から敵兵が打って出てきました!」

カリンの報告を聞いたイヴァンは驚いた様に目を丸くしてカリンの顔を見た。

そんなイヴァンの顔を見たカリンも驚いた顔をして思わず目を見合わせてしまう

「ま、まさか。無策なのですか!?だからあれほど早く動いたほうがいいと……。」

カリンが早口でイヴァンを責めるようにまくし立てようとするのをイヴァンは片手で制した後にニヤリと口元を綻ばせるとコレほど面白いことはないと言うように腹の底からクツクツと笑った


「ふふふ、ハハハ!まさか全てが思い通りに行くとはな!我らの勝利は今この瞬間に成った!」

イヴァンの目は武人のモノから狩りを控えた猛禽類のモノへと変わって行った。


ーーーーーー

昨日は更新できずすみませんでした。ひどい頭痛に襲われて一日中ぐったりとしておりました。

そんな訳もあって明日も更新できるか微妙です。更新する際は午前10時までには投稿させて頂きますのでご確認いただけますと幸いです

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