第三十八話 村落襲撃

〈イヴァン視点〉

あのエンとかいう人質に提案された通りベートン家長男のハーレー・ベートンの支配する村の一つを標的に定めて100の守備兵をフルデリ城に残して270の歩兵と30の騎兵を連れて標的の村へ進軍していた。


いつもなら世間話をしに来る部下達も緊張の面持ちで誰も話しかけにこなかった。

それは全員がこれからの戦闘に緊張しているからなのかはたまたワシの顔が今にも爆発しそうな程に怒りを露わにしているからだろうか……。


もう少し、分別のある子かと思っていたんだがな。あぁも軽率に当主であるワシに話をせず、勝手な交渉をするとはなぁ。アレでは他の家臣達に示しがつかんではないか。


ただでさえ、成人したばかりの息子に城を与えたというだけでも家臣達は不満たらたらなのにワシの起こした軍事行動に対して勝手な交渉を同時裁量で挟んでしまった訳だ。特に元同僚である4人の武官達の不満は爆発寸前だ。せめて今回の略奪で幾らかでもストレスを発散してくれるといいのだがな。


それにしても。やはり、まだ子供は子供か……。今まであの子は神童かもしれないなどと考えていた己の親バカ具合に我ながらため息が出る。あの子の策謀には目を見張るものがあるが、まだまだ親として支えてやらねばならないな。


そんな事を考えながら街道を進んでいると村の明かりがぽつりぽつりと見えて来た。

「お館様」

先ほどまで距離を取っていた武官の一人であるバルボが村の明かりを見て馬を寄せて来た。それを視界の端に収めながら頷く

「あぁ、わかってる。点呼は済んでいるか」

「ハッ、先ほど行いました。兵達には戦闘後この暗闇で本隊を見失ったとしても武器を捨てて近くの森に逃げる様に言いふくめてあります」

「よし」


俺は深く頷くと横を歩いていた歩兵から松明を受け取って馬上でぐるぐると振った

それを確認した背後の兵達は次々と松明を消していく。闇の中からは月明かりに照らされて顔に布を巻きつけた兵達の顔が浮かび上がった。

俺は各隊の将を集めて落ち着き払った声で最後の注意を語った。


「ここからは目の前の村の明かりを頼りに一心に駆けよ。略奪品はそっくりそのままくれてやるが抵抗しない市民は殺すな。だが守備兵は全員殺せ。それと家は燃やすな。陵辱も無しだ。そしてこの旗を村中に掲げろ」

そう言って、俺は各将にある旗を渡した。


その旗はキャラハン家の鳥をモチーフにした旗ではなく大きな鐘をモチーフにした旗だった。この旗はサラマンド子爵家の旗だ。折角ならヘイトを今後の敵に向けてしまうというのも悪くないと思い、盟約を結んだキュエル城から取り寄せて置いたのだ。


恐らく、騎士爵の出身であるハーレーは子爵家がこんな所まで来る事はありえないという事はよくわかっているだろう。だが、さほど情勢を知らない村人達は子爵家によるものと勝手に断定してくれるだろう。

その様な思惑があってこの旗を持って来ていた


「以上だ。ではまたフルデリ城で会おう」

「「「おう」」」

武官達が散っていくのを見届けて少しした後、自分も顔に布を巻きつけて、隊の中で唯一明かりが灯っていた松明を握って前に振り下ろした。


それを合図に次々と背後から騎兵が飛び出していき、歩兵達が歓声を上げて村へと駆けて行った。自分も馬を走らせて騎馬兵に囲まれながら進む。


そして村の灯りがどんどんと大きくなって来た。

「かかれー!」

指揮官の怒号に兵達も答えて、隊は大きなうねりとなり村へと激突して行った

村には申し訳程度に山賊対策の柵が据えられているがこれだけの物量相手には大した障害にもならなかった。先頭の騎兵は慌てて槍を構える二人の番兵をこともなげに槍で貫き村へと乱入した。


「逃げるものは追わぬ!命惜しくば家財一切を捨ててオーレンファイド城まで逃げよ!」

そう叫ぶと弾かれた様に村人達は逃げ出した。

流石に村人達の逃げる時間を稼ぐつもりなのか30人ほどの守備兵達が立ちはだかる。その奥には渋い顔をしたまま眼をヒクヒクとさせている役人然とした男がいた。今すぐにでも逃げ出したい様に見えるが横に並ぶ守備兵達にガッチリとホールドされていた


「貴様らは何者か!」

守備兵の先頭の兵士が威勢よく叫ぶが少し震えている様にも見えた。

「お前らに答える義理はない!どちらにせよお前らはここで死ぬ」

底冷えする様な声を前に数人の守備兵が逃げようと列を離れるが数騎の騎馬が追いついて背中から槍を突き立てていた


「お、お前達の欲しいものは…な、なんでもくれてやるから!わ、わたしの命だけは助けてくれぇ!」

役人らしき男は今にも腰から崩れ落ちそうなまま両脇の守備兵に支えられて必死に命乞いをしてくるがこちらとしてはそもそもハーレー陣営に属する公的な人間は皆殺してしまうつもりだったのでとても聞ける提案ではない。


それに昔は自分も衛士として村を守る責任者をしていた時期もある。その経験からいざという時にこうも及び腰になって自身の命だけでも助かろうとする男のことが個人的にも好かなかった

「聞けぬ相談だな。貴様も一官吏なら敵に攻められ村が襲われた時に役目を全うするべきであろうが」


そう言って少しすごむと彼は完全に体の力が抜けてしまった様でどさりと崩れ落ちてしまった。

「貴様らも情けない長を持って大変だなぁ」

「黙れ痴れ者が!略奪せねば部下も食わせられぬ貴様には言われたくないわ!」

ふむ、確かに言い得て妙だな。少し納得してしまうがそれはこの乱世を恨んでもらうしかない。


「たしかにそうかもな。では、おしゃべりはここまでにしよう。殲滅しろ」

ワシの言葉に周囲を取り囲んでいた騎兵や歩兵はわっと歓声を上げて襲いかかった。

兵士たちは包み込む様にして守備兵を殺して行く。しかし、その中でも一人必死に戦う兵士がいた。先ほど威勢よく言い返して来ていた先頭の年若い守備兵だ。


武官筆頭のバルボとやり合っているが馬上と歩兵とのやり合いにも関わらずバルボの繰り出す槍を見事に捌いていた。だが、攻めに転じるだけの力量はない様で防戦一方となっていた


「やれやれ」

ため息をつくと己の得物を下げてそこへと近づいて行った

「バルボ、歩兵相手に何を手こずっている。見るに耐えん、ワシが代わる」

「ぬぅ、お館様。申し訳ございませぬ」


バルボはサッと槍を引くとゆっくりと下がった

「大将自らおいでとはな!」

守備兵は間髪入れずにこちらへ槍を差し込んでくるが下げていた得物で一撃に弾き飛ばした。


当人にもそれなりに武器の心得はあると思っていた様で槍を弾き飛ばされた後数秒硬直すると慌ててバックステップで距離を取り、腰の剣を抜いた

「な、なんだその武器は……。」

「お?おぉ、これかこれはなハルバートとと言って斧と槍の良いところを取った武器だ」

そう言ってハルバートを少し掲げてブンブンと二、三度空を切ってみせる

「それで、貴様名はなんという?バルボとここまで対等にやり合うもの今まで居なかった。是非とも名を聞きたい」

「俺の名前はミラー!貴様の首をとらせて頂く!」

彼は名乗り終わらないうちに地を蹴って剣で刺突の構えで突き進んでくる


恐らく先ほどのバルボとのやり合いから受けに特化した戦い方なのだろうから下手にハルバートで弾こうとすれば合間を縫われる可能性が高いな。ならば……。

ハルバートの平面を向けてはたく様に横凪に振った

彼は流石に非殺傷の一撃を放ってくるとは思わなかったのか刺突の姿勢から慌てて少しでも受け身を取ろうとするが間に合わず横に吹き飛んだ

「ガハッ…!」

口でも切ったのかはたまた肋骨が折れたのか彼はへたり込んで血を吐いていた

「ここで殺すには惜しい。一連の戦いが終わるまで牢に入れておこう。誰か、この者を縛り上げて連れて行け」

「ハハッ」


二人の歩兵が民家から縄を拝借して来て彼を雁字搦めに巻き上げて連れて行く。

「城では地下牢に入れておけ。もちろん治療は受けさせる様に」

「ハハッ」


彼が連れて行かれるのを見届けて周囲を見渡せばおおかた略奪を終えた様で兵士達は荷車にいっぱいの家畜や家財を積み込んでいた


「よし、子爵家の偽の旗を立て終えたら帰還する!以降落伍者は置いて行くゆえ分捕り品を持って帰りたければ死ぬ気でついてくる様に!では参るぞ!」

痕跡を残さぬ様に足早に村を後にする。




城に帰り着いて調べてみれば隊から消えたものはあの晩で10人ほど、明確な死者はゼロだった。兵士達や武官等は略奪品でホクホクであり、臨時収入に小躍りしながら喜んでいた。


ただ、こうやって略奪の味を覚えると見境がなくなるものがいるのであくまで統制下での略奪を行う様に指揮して行かねばならない。それでも敵と分かれば容赦しない様にせねばならないのだから難しいものだな


そんな事を考えながらも本格的なハーレーとの対決に思いを馳せるのだった

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