第三十七話 約束

俺達が城に戻ると門の前には兵を連れたスコットが待っていた

「先触れは出していないはずだが…?」

「お戻りになるならそろそろかと思いましてなぁ」

スコットは髭を撫でながら事も無げに笑いそれを見て後ろに付き従っていたエン殿は俺のそばで耳打ちをした

「良い部下をお持ちですね。主君の意をこれだけ汲む臣下は中々おりません」

俺も部下を褒められて悪い気はしない。頷いて城へと向かった


城の中に入ると俺を見た民衆が次々に寄って来て口々に何処へ行っていたのかと不安そうに尋ねて来るが実家に帰っていただけだとにこやかに説明すると彼らも安心した様でお互いに顔を見合ってホッと息を吐いていた


いつの間にこんなに慕われてたんだっけか

俺が首を傾げているとスコットが馬を寄せてきた

「彼らは今まで不遇なギルドや商会で働いていた者達なのですじゃ。やっと給料も増え、明日の飯を心配せずとも良い生活となったのです。それ故に領主が変わってしまう事を何より恐れておるのですなぁ」


なるほどな。自分が当たり前だと思っている事を与えるだけで忠誠心が得られると思えば悪くない。民衆から嫌われて死んだ君主は前世でも数知れないが人気を得て不利益を被った君主は少ない。それなら甘い蜜漬けにして君主が変わる事をもっと恐れる様にしたほうがいいのかも知れないな。それで税収や移住者が増えるなら御の字だ。


そんな事を思いながら城へ戻り、ヘンリーやセシルから俺がいない間の2日間の話を聞いて夕食になった


夕食の席には給仕の侍女よりも早くエリーがいた。

「ただいま、エリー」

「お帰りなさい、ア・ナ・タ」

彼女には背後に猛禽が宿っているかの様なギラギラとしたモノを感じる。なんとしても今日でモノにすると言う気概を感じる……。

俺が恐る恐る席につくのを見届けるとにこやかに笑って小首を傾げた


「私ね。ルイがいない間ちゃんと城主代理としての使命をこなしたのよ」

「そうか、苦労をかけたね。ありがとう」

俺はナプキンを自分の胸元につけながら頷いて見せるが何か気入らない様でエリーはムッとした顔をしてフイとそっぽを向かれてしまった。


うーん、バッドコミュニケーション

何かをしくじったらしいが何もわからない。何をして欲しかったのだろうか……。

そうして、彼女の機嫌を取れないまま夕食が始まってしまった


食事が配膳される中で沈黙を破る様に俺は口を開いた

「あー、今回の交渉は無事成功した。キュエル城は我らの軍門には降らなかったが敵対しない事を約束してくれた。これで義父上ちちうえの事を全戦力を傾けて助けに行くことができる」


俺の言葉にエリー嬉しそうに顔を上げてパッとコチラに顔を向けそうになるが怒っていた事を思い出したのか口の先を尖らせてまたそっぽを向いてしまった


俺は内心”これも失敗”かとため息を吐いた。だが、元はと言えば煮え切らない態度ばかりとる俺が悪いのだ。

そう思い至った俺は短く息を吐くと席を立って彼女の席の元へ歩いて行った

流石に今回はエリーも何の事かわかっている様で緊張の面持ちで俺の足音を頼りにコチラへと体の向きを変えた


「あ、あの。そのだなぁ」

「はい」


彼女の凛として芯のある返事に励まされる様にして俺は喉の奥から声を絞り出した

「今日、寝室に伺ってもいいかな……。」

俺の精一杯の言葉に彼女は両手を体の前でパンと合わせて目を泳がせながらもコクリと頷いた


その後、俺はどうすれば良いのかわからなくなって片手を首に当てて俯いてしまった。そのまま1分ほど過ごしたところで俺の背後から咳払いが聞こえた


俺が慌てて振り返るとそこには鎧を脱いでラフな格好をしたスコットが立っていた

「ルイ様、まずは冷めないうちにお食事をいかがでしょうか?」

彼は孫でも見る様な優しい顔で卓上の湯気を立てる食事を手で示した

「そ、そうだな!まずは腹ごしらえだ。おぉ、今日はガチョウの丸焼きか!何かいい事でも……。」

そこまで行ったところで俺は気がついた。

出発前日の約束は料理番もいる場でしたのだ。俺が顔を赤ながら部屋の窓を見るとそこには俺たちの様子を確かめにきた使用人や料理番、果ては先ほどまで会っていたセシルやヘンリーも居た。


「えー、ゴホン。散りたまえ」

俺が恥ずかしさのあまりに咳払いをしながら解散を命じるとイタズラが見つかった子供の様に彼らは散って行った。


「それではワシも失礼致しますぞ。あぁ、そうそうコチラを渡しにきたのでした」

俺は彼の渡してくれるものが書類か何かかと思い、意識を逸らすためにパッとそちらに飛びついて受け取ろうとしたが彼が出してきたのは木でできた蓋のついた筒だった


「ん?これは……?」

「はい、今この場でははばかられますのでお渡しするだけにしておきます。妻がエリー様に使い方は教えておいたと言っておりましたのでエリー様にお聞き下さい。では……。」


そういうが早いかスコットは足早に部屋を出て行ってしまった

俺は自分の席について恐る恐る筒の蓋を開けて見ると中にはドロリとした液体が入っており奇妙な匂いがした。不快感のあるニオイではないが嗅いだことのない香りだ。何かの花の匂いだろうか。


匂いの正体はわからないが恐らくこれは滑りを良くするあれだろう。うん、俺も前世ではこれ単体に世話になったものだ。しかし、こっちの世界にもこういうのはあるのね。


俺は一人妙に納得し、夕食に手をつけ始めた。エリーも最近ではこの城の食器に慣れた様で侍女の手助け無しにも手際よく食べて行っている。だが、お互いに気まずくて会話は無かった。


そうして会話もなかったのでいつもの倍ぐらいの速度で食事を終えると俺は彼女の手を引いて侍女に預けた。侍女曰く準備に1時間ほどかかるそうなので自室で待っていて欲しいとの事だった


俺はそれが何の準備なのかもよくわからなかったが了承して自室に戻った。

それから小一時間ほど先ほどの木筒の液体を触ってみたり、身体を真水で洗ったりとしていた所、部屋に侍女がやって来て何も言わずに頭を下げた。


俺は頷いて侍女を下がらせると廊下へ出た

心臓の高鳴りは少し気分が悪くなりそうなほどうるさくその存在感を主張して来ている。時折、同じ側の手と足が同時に出たりしながらも何とかエリーの部屋へとたどり着いた


緊張しながらそっと部屋をノックすると部屋の中から「どうぞ」というこれまた緊張した声が聞こえて来た。

恐る恐る中に入ると部屋からはふわっとお香の香りが流れ込んできた

彼女は天蓋付きの布団の上に腰掛けていて恥ずかしそうに顔を赤らめて下を向いていた

俺はこの次にどうしたら良いのかサッパリだったがとにかく彼女の隣に腰掛けた

横に座る彼女の頬はほんのりと桜色に染まっているのが白い髪の間から見え隠れしていた。目の前にある小机には濃度の高い酒が半分ほど空いた状態で置かれており彼女なりの準備である事を伺わせていた。


「その、いいんですよね」

彼女の強張った声を前に逆に俺の緊張は解けて行った。そして俺も目の前の酒を杯に少し注いでグッとあおった

「うん」

俺が頷くとエリーはパッと顔を上げて俺の肩を掴むとそっと顔を近づけた

しかし、距離感が掴めなかったのかおでこが先にぶつかってしまいお互いに向き合ったまま固まってしまう。そして数秒見つめ合ったあと思わず腹の底からお互いに笑ってしまう。


はぁ〜あと息を吐いた後、今度は俺からそっとキスをした。

そのままどちらからとでもなくそっとベッドの中に倒れ込んで行った

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