第三十六話 報告と叱責
また厄介な人間を陣営に組み入れてしまった俺は
城では300近い兵士達が気炎を上げており戦争の機運が高まっていた
そんなところに前の戦闘で勲一等である俺が来てしまったモノだから彼らの盛り上がりは最高潮になってしまった。
俺はそんな彼らの勢いに圧倒されながら父に会うべく評定の間へと向かった
「父上!」
俺が評定の間へ入ると父は4人の武官を前に絵図に駒を置いて作戦を立てていた。隣には見覚えのある女性が扇子で口元を隠して静かに座っている。
俺が扉を蹴破るように入ると父と武官、そして父の隣に侍る女性の目線がコチラへと向いた。
「おぉ、ルイか。よく来た!と、言いたいところだが。呼び出した覚えはないぞ……。」
「カリンから父上が新たな戦を始めるつもりであると聞きやってまいりました」
「そうか!それは頼もしい事ではないか!兵はいかほど連れてきた」
俺は一呼吸おくと一歩前へ出た。
「兵は連れてきておりませんがこの戦争をすでに終わらせました」
イヴァンは怪訝そうな顔をして腕を組むと続きを言うように目で促した
「コチラにいるのは父上が攻めようとしているキュエル城の城主代理であるリュー・エン殿です」
俺が横にずれて、物珍しそうに周囲を見回しているエン殿を紹介した
俺の紹介にエン殿はサッと片膝をつくと頭を下げた
これから攻撃する相手であった者が突然目の前に現れた事で父は目を丸くして状況が理解できない様子だった
「な、なぜ。キュエル城の城代がここにおるのだ……?」
「それはですね。この者を人質としてリュー家と盟約を結んだからでございます」
しばらくの沈黙の後、父は目を血走らせて床几を蹴倒し立ち上がった
「なんだと!?なぜ勝手にそのような事をした!」
父は絵図のある机も蹴飛ばし、駒を飛び散らせながら俺の目と鼻の先へと顔を寄せた
その顔には血管が浮かび上がり怒りがおさまらないと言う様であった
「兵の損失なく後顧の憂いをなくすためです」
「誰がその様な事を頼んだ!それに軍門に降らせるならまだしも対等な盟約だと!?ふざけるのも大概にしろ!」
父は俺の肩を軋む様な音がするほどに掴み今世で見たことがないほどに怒りを露わにしていた
それでも俺は毅然として父の目を見ていた
「我々が目下考えるべきは私の妻の実家であるベートン家のお家騒動を解決して南方の地盤を確かなものとし、堅実に勢力を拡大する事です。考えても見てください。もしこの間にノーブル殿が兄であるハーレー殿に攻められ、敗れれば我々はまた南に敵を抱え、港湾都市の恩恵に与ることができなくなるのですぞ」
俺の言い分に反論が思いつかなかったのか父はギリギリと歯軋りの音を響かせ唸り声を上げた。
「では、これほどに集結させてしまった兵はどうすれば良いと言うのだ!何もせずに解散させてはワシは臆病な君主となってしまう!お前も兵士たちの気勢を見たであろう!アレをどうするつもりだ!」
そこは俺も考えないではなかった。残念だが、やり合えるだけの敵もいない以上解散させる以外に手は思いつかなかった。
俺は口を開いて解散させるしかないと言おうとした時に跪いていたエン殿が立ち上がった
「では、その兵力をもってベートン家の長男であるハーレー殿を攻めれば良いのです」
「貴様の処遇について話しておる時に割って入るとは良い度胸だ。降らぬ意見であったときはその首掻っ切る故、用心して口にするが良い」
父はイラつきながらも彼の発言を許可した
その許可にエン殿は怪しい笑みを浮かべると床に落ちた絵図を取って広げた
「私共の調べではハーレー殿の持つ兵力は騎兵100、歩兵500に水兵が500です。これは一戦で打ち破ることのできる兵力ではありません。少なくとも数度の小競り合いで敵の数を減らさねばなりません」
エン殿の発言に父は片眉をあげる
「つまりはこの兵力を使って一当てしろと言うつもりか?」
「いえいえ、一当てもするつもりはありません。彼らの治める城付近の村を襲うのです。さすれば兵士達の熱は略奪への熱へと変わり、未来の敵の勢力を削ぐ事もできる」
父は両手を組んでうなりを上げた
「うーむしかし、それでは敵の本軍が怒りでこの城まで向かって来るのではないか?」
「であれば所属を明らかにする物を持たねば良いのです。旗や目立つ武具などは置き、山賊に扮して奴らの村を襲うのです。さすれば逆襲もあり得ません」
良案だった。兵の勢いを上手い事逸らすことができるし、略奪で兵士への恩賞にも事欠かない。守備兵を殺せれば敵兵力の減少にもつながる。山賊を撃退し続けてきたキャラハン家が山賊の真似事をするのは気が引ける事を除けば文句なしだった
父もその手は使えると思ったのか頷いて身を翻し床几を戻して座った
「であれば、我々は用意をしてすぐにハーレーの支配する村を攻める。決行は3日後としそのための軍装の変更をせよ」
「「ハハッ」」
武官達は深々と頭を下げた
それを見届けた俺はそっと評定の間を後にしようとすると父に呼び止められた
「ルイ!此度の勝手な行動についての処罰は追って沙汰する。キュエル城との盟約の件はそのままで良い。また、ベートン家のお家騒動への本格介入を開始する。そちらで出せる兵力の試算を進めておけ」
「承知いたしました」
今度こそ俺が出て行こうとすると再度呼び止められた
「あぁ、それとな。お主の母がここにおる。挨拶をしておきなさい」
きっとそうなのだろうなと思っていたがやはり父の隣に座っていたのは母であった
父の言葉を待って母は扇子をパチリと畳むと立ち上がった
「大きくなったわねルイ」
俺は慌てて膝をついた
「母上!お久しぶりでございます」
俺の言葉に母は少し寂しそうな顔をしてため息をついた
「久しぶり……。確かにそうね。貴方を産んですぐ一年足らずで乳母に預けて領都ルーテルや王都ファーレスに居ましたものね。これからも私は何度も王都や領都に赴かねばなりません。ですが、いつでも貴方達の事を第一に生きておると言う事を忘れないでね」
俺は短く瞑目して深く頭を下げ何も言わずに立ち上がって一礼し、ハンター達を連れて評定の間を後にした。
我ながら薄情だと思うが親愛の念を母から伝えられても感じ入る部分が何もなかった……。生みの親であっても生まれて14にして初めてしっかりと顔を見たのだ。何も感情が湧いてこなかった。俺は親不孝者なのだろうか。
そんな事を思いながら急いで居城へと帰るために馬に飛び乗ってルカント城へとエン殿、ハンターを連れて城への帰路を急いだ。
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