第三十五話 巡り巡って
彼は自信ありげに微笑むと頭の上で3度手を叩いた。
すると俺の背後のドアが開く音がした
振り返ると、自分の背丈の倍以上大きな筒を持った童女が立っていた
「エンさま、もってきました」
「うん、ありがとう」
童女は筒を抱えて汗をかきながら机まで運んできた
エン殿はその筒を受け取ると中から巻かれた大きな羊皮紙を取り出した
「それは、地図か…?」
「うん、これは地図だけどそんじょそこらの地図とは違うよ」
そう言って彼は机の上にザッと広げた
そこに広がったのは見慣れたサラマンド子爵領の南方のみの地図だ。
いやしかし、よく目を凝らすと山中の抜け道や軍勢の移動できる広さのある道が記載されており並の地図では知り得ない情報が満載であった。
「こ、これは……?」
「さーて、博識なルイ殿に問題ですよ」
「問題?」
「えぇ、我々の本職は庭師と言いましたが何か思い当たることはありませんか?」
思い当たる事……?地形、情報、庭師が城持ち、人たらし、コチラの内情も知っている。
前世の日本で情報戦といえばninja(忍者)……。
そうか!
「あなた方はただの庭師ではなく御庭番衆か!」
「ご名答!」
彼は少年のような笑みを浮かべると頭の上で何度も何度も手を叩いて拍手した
それと同時に俺の背後にハンターやブレッドのものとは違う気配を感じて慌てて振り返った
彼ら2人の間には網かごを被った虚無僧のような男がゆらりと立っていた
その男は俺の首筋にピタリと短剣の刃先を当てたまま何も声を発さない。
事態を認識した俺は心臓がバクバクと大きな音を立てていたが悟られないようにあくまで平生を装ったポーカーフェイスを必死に維持していた。
ハンターとブレッドは腰の剣に手をかけてはいるが俺の首筋に刃物を当てられている以上、身動きが取れなかった
俺はそっと息を吐いて無理やり笑みを作った。
「ここは光陽教の教会だ。貴方は俺を殺せない」
「そう!その通り!ここの司祭には世話になっててね。流石に血で汚すなんてできないよ。でも、本来ならここでそのまま殺すのがリューの一族のやり方さ」
エン殿は羊皮紙を丸めて筒に詰めながら嬉しそうに頷いた後、ウィンクをした
それが合図だったのか虚無僧はゆらりとカゲロウのように消えていった
俺はため息をついてエン殿に向き直った
それにしてもまさか、光陽教の教会を交渉の場に選んだ理由がエン殿の命の保障ではなく俺たちの命の保障だったとは……。
「でもね、僕たちは君の思うような組織じゃないよ」
「と、いうと……?」
彼は肩をすくめてため息をついた。
「ずーっと昔のご先祖様は土の中で仮死状態になったり、城壁を意図も容易く登ったりできたみたいだけど、僕たちは精々しがらみのない足で情報を稼ぐのが関の山だよ」
なるほど、前世でいうところの歩き巫女や地域に顔の聞く地侍のような立ち位置なのだろう。かの有名な武田の忍者や服部党もそんな感じで俺たちの考える忍術というのは江戸時代からの脚色らしい
俺が一人納得していると後ろでハンターが信じられないモノを見たように口をパクパクとさせていた
「で、でもよ。今、ゴーストみたいに、き、消えたじゃねぇか。一体何のトリックを使ったんだ……。」
ハンターの戸惑いの声に対してエン殿はなんて事もないように肩をすくめた
「いえいえ、相手の意識の誘導に成功すればそんなに難しいことではないんですよ。まぁ、大事な仕事道具なので種明かしをするつもりはありませんがね」
エン殿は得意そうに笑って席を立つと俺の座る席の横まで来た
「と、言うわけで有用性は示せましたかね」
「あぁ、多少はな」
俺は努めてポーカーフェイスを決め込んで息を吐く
その後も彼はキラキラとした目で俺を見つめてくるのでついに俺も根負けしてため息と共に深く頷いた。
「はぁ、わかった。人質としてエン殿をお借りする」
「ふふふ、ありがとうございます。ではコチラの誓約書にサインをお願いしますね」
うーむ、この時世に誓約書にサイン?まぁ、コチラとしても誓約書がある方がありがたいが……。いささか準備が良すぎるな
そんな事を思いつつエン殿の差し出した羊皮紙に羽ペンでサラサラと名前を書き込んで渡すとエン殿は満足そうに羊皮紙を受け取って童女に渡してに彼女が部屋から出ていくのを見届けるとにこやかに笑った
「あはは、これで僕たちは仲間と言うわけですね」
「あぁ、そういう事になるな。まぁ、せいぜい君に気に入ってもらえるように頑張るよ」
俺はまた信用のおけない曲者が身内に増えたなぁと内心ため息を吐かざるを得なかった
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