第三十二話 昼食

数日後、エリーとの昼食の最中にブレッドに随行させた兵士が館に戻って来た


無事、交渉の席に引き出す事に成功したとの事だ。加えて、城内の様子は兵士が200近くおり、士気も盛ん。城主は子爵家の元庭師の老人であり実権は齢16の庭師の息子が握っているとのことで交渉の席にはその息子が参加する事になった様だ


「場所は光陽教の教会か」

「おそらく光陽教は陰月教と違って卑怯な殺しを禁止にしていますからね。私達の婚姻の儀も光陽教の司祭にお願いしましたのでその辺りを加味して教会を提示して来たのかもしれませんね」


この世界には多数の信徒を抱え慈愛や仁義を説く光陽教と後ろ暗い殺しや盗みなどを働く者をこそ救われるべきであると言う陰月教がある。

光陽教は正面からの互いの正義ぶつかり合いである戦争に関しては黙認する教義だが騙し討ちや強奪、陰惨な行為は教義に反するとしている。


まぁ、政治組織と宗教組織が表立っては分裂しているこの王国では教義をまともに守る信徒は民衆にとどまっており、領主の大半は形式上は信徒であるが聖典なんぞ読んだこともないと言う者が多い。


この点を加味すればエリーの言うことは筋が通っているが…。果たして、この小さな領地の城主の結婚の情報を仕入れた結果なのだろうか?そうだとすればそれなりの情報網を持っているに違いない

「まぁ、元々騙し討ちなどするつもりも無いからな。光陽教の教会で交渉することが向こうにとって安心材料になるならそれに越したことはない」

「えぇ、それでよろしいかと思います」

彼女が頷くのを見た後、俺はエリーの座る席まで歩いていって手を握った


「え、えっと。どうなさいました?」

「俺が城に不在の間はこの城で一番力を持つのは妻であるエリー、君だ」

「たしかに……。考えてみればそうですね。少々不安ですが任せてください!」


エリーは気丈に振る舞おうと声を張るが俺が握る手は少し震えていた

「いや、城のことが心配なのではない。エリーのことが心配なんだ。城は何度でも策を弄して取り戻すことができる。だが、君を失ったら俺はどうしたらいいか……。」

エリーは俺の言葉にキュッっと口の端を結ぶと決意した様にもう片方の手で俺の手を握り返した


「そうなのでしたらご心配なさらないでください。私も騎士家の娘、連れて来た侍女達も人並みの武術を納めております。狙われれば人質とならぬ様逃げることも出来ますから、そう心配なさらないでください」

そこで一息つくと少し怒った様に頬を膨らませた


「それに、そんなに私が大事なら寝所に誘ってくださいませ。私はいつお誘いされてもいい様に毎晩気も抜かずにお待ちしておりますのに全然誘ってくださいませんもの」


俺はその言葉に目を白黒させてアワアワと思考を巡らせた。パッと食卓を見るとグラスに並々と次いであったワインが一滴残らず無くなっていた。

まずい…!酔っ払っているのか……!?


「い、いやぁ。まだ結婚してから時間もたっていないし……。」

「いいえ!遅すぎるくらいです!多くの貴族家は結婚した日の夜に共に寝るのですよ?ある東国の文献には三日間連続で夜を共にすれば事実上の婚姻とみなす様な国もあると言うのに!貴方は奥手すぎます!」

「す、すまない……。」


まさか、ここまで想ってくれていたとは……。政略結婚ってイヤイヤするものじゃないの?前世の創作の読みすぎか。はぁ


「わかった。此度の会談が終わったら必ず君と夜を共にすると誓うから機嫌を直してほしい」

「ふん!どうせ帰って来たら忘れているに決まっています!」


参った……。流石に喧嘩したまま外出するってのはなぁ。

流石に何か行動で示さないとな。こう言う時こそアレをするのか…?イヤイヤ、そんな軽率に?いやぁ、しかしなぁ


俺は覚悟を決めると立ち上がってエリーのことを見つめた

エリーは突然手を離されてキョトンとしている


そんな彼女の頬にそっとキスをした

「え……?」

「すまない、今はこう言う形でしか気持ちを行動にできないんだ。また帰って来たらこの続きをさせてほしい」


しばらく惚けた様な顔をしていたヘレナはバッと席を立つと俺の肩をがしりと掴んだ。

「どうして、一生懸命に我慢している私にその様なことをなさるのですか。これはもう良いと言うことですよね…?」

「い、いいや。落ち着け、続きは帰ってからと……。」

「いいえ!もう堪忍できません!」

彼女はどこにそんな力を隠していたのかという強さで俺を床に押し倒す。


俺は慌てて外に控えているセシルに向かって叫んだ

「セシル!エ、エリーが乱心だ!助けてくれぇぇ!」

俺の声を聞いたセシルが扉を弾く様に開くと室内の光景を見てギョッとした顔を浮かべた後エリーの肩を掴んで必死に引き剥がそうとする

「奥方様!まだ陽は天高くにございまする!」

「ええい!セシル!離しなさい、この方が私をその気にさせたのです!」

「だとしても!だとしてもでございます奥方様!」



その後、セシルが他の召使たちを呼んで興奮するエリーをなんとか部屋に押し込めたことで昼下がりの情事みたいな事にはならなかった

だが、しばらく召使いやセシルからは白い目で見られ、乙女心の分からんやつと囁かれる事になったのは公然の事実であろう。

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