第三十一話 介入

婚姻の儀とハーピー家との交渉という怒涛のイベントを終わらせたルカント城では束の間の休息に安堵する空気が流れていた。


俺は寝室でベッドに腰掛けて天井を見上げていた。

婚姻の儀から早1ヶ月だが、まだエリーと床を共にしたことはない。まぁ、この一ヶ月俺は政務で、エリーは奥方としての仕事の勉強で顔を合わせればにこやかに会話は弾むのだがお互いに疲れていて夜の営みにお誘いできていないのが現状だった


断じて、断じて!嫌がられたらどうしようとか気後れして誘えないわけではないのである



そんなことを思って顔をブンブンと横に振った後窓の外を眺めた

窓の外からは10人ほどの兵士達が木の棒で訓練をしており、その向こうの街からは朝の市場の活気に満ちた人々の声が聞こえてくる。


この城に入ってから半年近く経つが一部の既得権益層の権利を分散させ不遇だったギルドに権限を分けたので中継貿易の拠点としての役割から各種産業が活性化した。税金の徴収は来年までしないことになっているが、関所からの収益だけでも前城主キースが治めていた時の倍の税収が納められていた


そんな街を見ながら俺は一つため息をついた。

この世界に放り出されて怒涛の勢いで事が進んできた。

野心家の父の元に生まれて、前世の地球では見たことのない大陸に聞いたことのない国、そんな所で必死に生きてきて交渉から城攻め、山賊討伐まで時代に流される様にかろうじてこなす事ができていた。


だがしかし、まだこの世界に来てこの手で人を殺した事はない。

もちろん弓は撃っていたのでもしかすると矢に当たって死んだ敵はいるのかもしれない。だが集団の矢の雨の中で自身の矢が当たったとしても気づくことは難しい。


結局、確実に自分のせいで人が死んだと思ったのは山賊討伐で領民兵が死んだ時のみだ。

やっと人の死に動揺が無くなってきたのは幸いだが……。いや、幸いなのだろうか?

まぁ、この世界では生きやすいからいいか…

だが、この手で殺した事がないというのは前世の日本なら当たり前のことだがこの乱世では場数を踏み損ねたに等しい。この事が戦場でどんな悪影響を及ぼすか今から考えるだけでも空恐ろしい


俺は身震いするといそいそと服を着替えた。

部屋の前に待機していたセシルを連れて執務室へ向かうと部屋にはヘンリーが俺のことを待っていた

「ルイ様、お、おはようございます」

「あぁ、おはよう」

「ルイ様が城主に就任なさってから半年が経ちまして、年間の税収の概算は金貨50枚に達します。これは関所の通行料のみでこれだけの収益を上げている事になります。来年から税の本格徴収が始まりますがこれなら他の領地より圧倒的に少ない徴税で済むでしょう」


「それは素晴らしい。引き続き関所破りを徹底的に取り締まり、ノーブル殿の港まで安全に送り届ける様に指示せよ」

「ハハッ!それと、昨夜お館様からの使者がお越しになっております」

「わかった。使者は執務室に通して元の仕事に戻ってくれ」


ヘンリーは頭を下げて部屋を後にして数分すると父の秘書官であるカリンが部屋に入って来た。


「若様!お久しぶりでございます」

彼女は自慢の栗色の髪をなびかせて自信に満ちた顔で俺の前に直立不動の姿勢をとった


「お久しぶりですカリン殿。しかし、この様な場所まで来て良かったのですか?父上のお相手はよろしいので?」

俺が軽口を言うとカリンはフフッと笑って肩をすくめた

「今、イヴァン様の元には奥方様が戻って来ておいでです。それでもイヴァン様は私に手を出そうとなさるので他の方の伝令の役を代わってもらいコチラに避難してまいりました」


いたずらっ子の様にウィンクをするとニコリと笑った

「それは英断だ。俺がこんな所で必死に領地を治めているのに実家で修羅場になっては立つ背がないからな」

「フフフ、全くですね。そう言うわけなのでしばらくは滞在させて頂こうと思います」

「あぁ、構わないさ。休暇だと思ってゆるりとしてくれ。それで、なんの用でコチラに?」


カリンは思い出したと言う様に手をパンと叩くと執務室にある絵図を広げた

「イヴァン様は東の山奥にあるキュエル城を次の標的に定め、兵を起こすつもりです」

「な、なんと!?この城を取ってからやっと半年だと言うのにもう次の侵攻先を探しているのか?」


俺は思わず執務机から乗り出して絵図を覗き込む


東の山奥にはキュエル城と言う砦以上城未満の建物があり、山麓の管理をサラマンド子爵から任されたリュー・ゲンと言う、庭師から抜擢された老人がこの乱世の中でも子爵陣営の孤立した山城として孤軍奮闘していた


「かの城は小さく、兵は100名にも満たないほどと予想されます。イヴァン様は今、ルイ様の治めるルカント城を陥落させた事によって威光は強まり、集まってくる流民も増えています」

「なるほど、その威光の影響がある内にもう一つ城を落としてしまおうと言う算段か」


俺の言葉にカリンは頷いて父の城であるフルデリ城を指差した。

「そう言うわけもあってイヴァン様の手勢は400人にまで膨れ上がり、戦う先を求めていると言うわけです」

「とはいえ、南と西は味方、北は山向こうに子爵陣営の城が広がり攻めるのは無謀、そうなれば自ずと拡張先は東か……。」


カリンは頷いて咳払いをした。

「ルイ様はこの案をどう考えますか?」

「そうだなぁ、個人的にはノーブル殿を助けるのが先だとは思うが東の山城を別の勢力に取られて仕舞えばそれこそ身動きが取りにくくなる。ならば、攻めるのも悪くない」

俺の言葉にカリンはホッと息を吐いて胸を撫で下ろした


「ですが。攻める以外の選択肢もあります」

「と言うと……?」


「先ほど、父イヴァンの威光は増して来ていると言っていた。ならば交渉によって下すと言う手もある」

「なるほど、ですがそう簡単にコチラの言葉を信じるでしょうか?」

俺は頷いて席から立ち上がった。


「と、言う事で俺が行く」

「は?い、いえすみません。もちろん前の援軍交渉の成功は見事でしたが、前回とは違ってルイ様は城の主人です。その様に身軽には動けないのでは……?」


俺は隣のセシルを指差した。

「大きな改革をしないのであれば近習のセシルが城代をこなせるぞ」

「で、ですが!?あわよくば城を乗っ取ろうとする野心家は多いのです。今はルイ様の才覚を認めて従っているものは多いですが一度城を離れればどうなるかはわかりませんよ?」


たしかにその通りだ……。あまりの正論にぐうの音も出ない

「むむむ、ならば交渉に向かう距離を縮めれば良いのだ」

「距離を縮める。ですか?」

「あぁ、東にある父のフルデリ城のさらに東にあるキュエル城まで向かえば往復でも10日以上かかる。だが、中間にある適当な教会で会談を執り行う。そうすれば往復でも4日、急げば2日で済む」


俺は手を叩いて執務室の前に控える召使いを呼んで、スコット・シールズの息子であるブレッドを呼び出した。


「何か御用でしょうか!」

「あぁ、今からしたためる手紙を東のキュエル城まで届けてくれ。そして、可能ならキュエル城に残って説得を試みてくれ。説得が成功した暁には新しい鎧一式揃えてやるから上手くやってくれ」


途中まで戦とは関係ないからか乗り気ではなさそうだったブレッドだったが、報酬をちらつかせた途端鼻からフンッと息をはいて大仰に頷いた

「承知しました!すぐに行って参ります!」

「ま、待て待て。手紙も持たずにどこへ行こうと言うのだ。すぐに手紙を用意するから隣の部屋で待っててくれ」


既に館を飛び出していきそうな勢いだったので慌てて引き留めて隣の部屋の方を指差す

「そうでしたな!すぐにも手紙を用意してくだされ!」

「あ、あぁ」

彼は俺が頷くのを見ると満足そうに隣の部屋へと向かっていった


「カレン殿、失礼したな」

「いえいえ、明朗快活で打てば響く様で良いではありませんか」

「そう言ってもらえると助かるよ」


俺はここではニコニコとしておいたがスコットに言ってブレッドにはもう少し礼儀を学ばせたほうがいいなと心に決めた

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