第二十九話 商談?

扉を開けた先にはハンターと談笑する商人然とした身なりの良い若い男が客用の椅子に座っていた


男は俺をみるなり、まだ話したそうなハンターを手で制すと席から立ち上がって俺に向かって一礼した。

その所作はこの世界に来てからはまだ見たことがないほどに優雅でゆったりとして、余裕を滲ませたものだった。

「私はハーピー家が当主ランド・ハーピーの次男、クルト・ハーピーと申します。こちらの城のすぐ北のシーバル城の城主も勤めております故、以後何かとご縁があるかと思います。お見知り置きくださいますと幸いです」


彼の自己紹介に対して俺もポーカーフェイスを決め込んで大仰に頷く。

「私は現在このルカント城を父イヴァン・キャラハンに代わって治めているルイ・キャラハンです」



「お招きいただき光栄です。ルイ・キャラハン様」

クルトが手を差し出してきたのでその手を掴み握手を交わす。


「いやいや、こちらこそご足労願ってしまい申し訳ない。何も無い領地ですがゆっくりとして行ってください」

俺の言葉にクルトはピクリと眉を動かす


「何も無いなどと、ご謙遜なさいますな。民衆の顔は明るく、街を守る兵士たちはその使命感から精悍な顔つきでいらっしゃいました。良き統治をなさっておるのでしょうな」

流石にお世辞とはわかっているがこうも褒められると悪い気はしなかった


「ありがとうございます。さぁ、お掛けください」

「では、お言葉に甘えて失礼致します」

俺はクルトに向かい合う様に正面に腰掛け、セシルとハンターは俺の斜め後ろを挟む様に立ち並んだ



クルトは両手を礼儀正しく膝の上に乗せてピンとした姿勢で俺の顔をじっと見つめていた

「今回、ご招待いただいた理由を説明いただいてもよろしいですかな?」

「えぇ、まず我々の要望を単刀直入に申しますと貴殿の家と貿易協定ないしは不可侵条約を結びたいのです」

クルトは形の良い顎に手を当てて考える仕草をした


「その盟約を結ぶことによって、我が家にとってのメリットをご説明いただいても?」

「そうですね。メリットとしては大きなもので2つはあります」

「ほぅ?」

彼は興味深そうに俺の顔を見つめた

「まず一つ目はお互いに背中を預けることで背後の心配なく当面の敵に当たれるという点です。貴殿らはまだまだ子爵領北部に敵を抱えています。彼らと小競り合いがあった際に我らは背後を狙わないとお約束しましょう」


「なるほど、確かに我らは北に敵を抱えております。ですが、それは不可侵条約の基礎中の基礎、それに我らは北部連中など金で黙らせている間に貴方達の城を攻めとることも可能ですがその点はどうお考えに?」


彼の質問は予想の範囲内だ。絶対にここは聞かれると思っていたのでもちろん回答は用意してある。


「そうですね、確かに其方の全勢力をかけて我らを倒すことも可能でしょう。しかし、そう時間もかけられない。そうでしょう?北の勢力も幾ら金をもらっているからと言って兵士の空になった城をみすみす数ヶ月も指を咥えて見ているわけもないでしょう」

俺の言葉にその通りと言った様に頷いてクルトは笑顔を浮かべた


「確かに、勝利の女神が肌着を振って誘っているのに飛びつかない者は居ないでしょうな。ただ、この盟約は我々は即時に結ぶ必要もないわけです。なんせ北は幾らでも牽制出来ますし、もっと領地が豊かになってから取り込んで行っても良いわけですしね」

なるほど、今度は『条約そのもの』の意義ではなく『条約を即時に結ぶ意義』について問うてきたか


「ふむ、では利に聡い貴殿に二つ目の利点をご説明します。今、そちらの家は西側への街道を貿易の起点としていますが、南の貿易港への街道を使えればどうでしょうか」


「なるほどなるほど、貴殿らはベートン家との婚姻も成ったと聞いていますからな。そう言うことも可能でしょうな。それは是非ともご提供いただきたいですが、別に無くとも困りません。《即時》の利益を求めておるのです」


即時の利益と言われると難しいな……。

「参考程度ですが、そちらは何を求めておいでに?」

俺が降参と言わんばかりに肩をすくめて問いを投げるとクルトは口の端に微笑を浮かべると立ち上がった


「私どもからの提案は貴殿のお抱え商人を我が家の傘下の商会に任せて頂き、物資補給など一切をお任せいただくことです。貴方もまだこの城の城主になって間も無いのです。優遇している商会もございますまい?」


そうきたか…。コチラには世話をしている商会を作り出しているところだが基盤がない。奴らの傘下商会に物資の帳簿を管理される様になったが最後、常に喉元にナイフを突きつけられる事になってしまう。そんな事になれば事実上の従属だ。


「ふむ、それは承服いたしかねるな。コチラとしても優遇している商会はすでにある。貴殿らに世話をされる必要はない」

「それでは、交渉はここまでですな」

クルトは扉に向かってスタスタと歩いて行く


どうする……?このままではハーピー家の脅威があり続け、ノーブル殿を助けに向かう事はできない。

「待ってくれ」

低く、落ち着いた声は俺の背後から響いた。

俺が振り返るとハンターが腕を組んで笑っていた。


「今ここで帰ったらそちらの領土が荒れるかもな」

「それはどう言う事ですかな?」

クルトはコチラへと振り返って目を細めた。


「どうもこうも無いさ。俺たちが街道の山賊狩りをしてるからお前達は街道を安心して使えるのさ。もし俺たちが商人の護衛業を辞めたらどうなるかな?」

「ふふ、そんな物など当家でも似た様な事はできる」


彼は小馬鹿にした様に笑うがハンターは人差し指を立ててチッチッと指を振る

「当家のやり方はちと違う。我らの兵士の一部は元山賊衆だ。それだけに手口もある程度の規模感もわかっている。お前らでは当家がかけている金の3倍、いや5倍はかかるかもしれませんなぁ」


ハンターの言葉にクルトは顎に手を当てて息を吐いた

「ほぅ?確かに山賊による街道荒らしは当家も迷惑していたところだ。良い利点だな。ルイ殿、臣下に恵まれましたなぁ」

「で、では…?」

「あぁ、交易協定を結ぼうではないか!」

「本当か!」

俺は席を慌てて立ち上がって彼の目の前まで向かった

「ただし、街道の警備範囲は大きく拡大して頂きます。我らの占める街道の警備は任せますからな?」

「かまわねぇさ」

俺がその提案に逡巡しているとハンターはなんでも無いと言う様に笑った


「では、ハンター。お前を警固衆100の長として任命する。うまくやれよ」

「ハハッ!」

ハンターはニヤリと笑って腰を落とした


俺は再度クルトへ向き直った。

「それではクルト殿、良き隣人としてよろしく頼む」

「コチラこそ、よろしくお願いしますぞ」

俺は安心して手を差し出すと、彼が俺の手を握ると同時にグッと体を引っ張られて彼の顔の下まで引っ張り込まれた


「盟約は結ぶが、我が父は私以上に食わせ物です。くれぐれも油断はなさらぬ様に」

耳元でそう囁くとパッと俺の手を離した


彼の顔は先ほどの深刻さが嘘の様にニッコリと笑みを貼り付けて会釈を一つすると部屋を出て行った。

「セシル!彼の道案内をしてやれ。くれぐれも寄り道などさせるなよ今日の会談の証明書に署名させたらとっととお帰り願え!あれにこれ以上城内をうろつかれたらどんな情報を抜かれるかわからん」

「は、ハハッ!」


セシルは慌ててクルトを追いかけて行った

「さーて、またまた褒美が楽しみだ」

ハンターも頭の後ろに腕を回して気楽そうに部屋を出て行こうとする


「いや、今回の褒美は無しだ」

「な、なんだと?俺がいなかったら交渉は……。」

「今回は持ち合わせていた手札で足りた訳だが、こうやって事前連絡なしに無茶な交渉をする必要もなかった。その点を加味して報告無くあの曲者を館に入れた罪と相殺とする」


ハンターは納得していない顔であったが俺が首を振ると肩を落として部屋を後にした


「すまんな、ハンター。お前にこれ以上力を持たせたらシールズ家の面々や兵士達の不満が溜まってしまうのだ……。わかってくれ」

俺の小さな呟きは部屋の隅にこだました

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