間話 親心
〈ノーブル視点〉
婚姻の儀が終わった後、片付けの進む会場の片隅でかがり火を眺めながらイヴァンと共に杯を傾け、語らっていた
「私は本当にキャラハン家に感謝しておるのですよ」
「ほぉ?我らの様な平民にですかな?」
イタズラ小僧の様にケラケラと笑うイヴァンを見ながらフッと口の端から笑みが溢れてしまう
「あの子にはいい婿は見つかるまいと思っておったのです。一体、何の因縁があって神があの子から世界を見る力を奪ったのかは分かりません」
「しかし、騎士爵家の出と言うだけで貰い手には事欠きますまい?」
もちろんそうなのだ。だが、この乱世がソレを許さなかったのだ。
私は彼の顔を見ながら首を横に振る
「平穏な時代なら穏やかに座っておるだけで嫁の貰い手はありました。ですが、この乱世では戦地にいる旦那の代わりに家中を一人で切り盛りできる者でなければ嫁の貰い手がないのですよ」
「そう言うものですかなぁ」
この、イヴァンという猛将は大の女好きだとナタリーから聞いている。この御仁からすれば女性は帰ってきた時に癒してくれれば良いと言う発想なのだろうな
ノーブルにもその考えはわからないでは無いがその発想は領地が小さいが故なのであろう。
「領地が広くなれば人手は欲しいものです。それが例え自分の妻だとしても」
「ふむ、なるほどな。確かに、わしの正妻は王都で有力者達への外交も任せておる。そう言う意味ではノーブル殿の言いたいこともわかりますぞ」
彼は至極納得したと言う様に赤ら顔で頷くと酒杯を傾けた
確かに、彼の奥方の話はナタリーからも聞かなかったが、まさか王都で外交をしているとは……。
イヴァンの正妻の果たす役割に驚いているとイヴァンは酒杯を置いて真っ直ぐにこちらを見ていた
「婚姻の儀が終わってから言うのは反則かと思っておったが、一つ聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「そちらは婿が我が息子でよかったのですかな?」
彼の目からは酔いが消え、目の奥の眼光がギラギラと光っている
私は思わずその眼光に射すくめられながらも努めて柔和な笑みを作る
「そうですなぁ。その答えは今は保留にさせていただきましょう」
「ほぉ?まだ迷って居られるのか?」
「いえいえ、8割方この家と結んでよかったと思っておりますよ。ただ…。」
「ただ?」
イヴァンは覗き込む様に私の二の句を待っていた
「ただ、この乱世では利害こそが正義です。利が無くなれば政略結婚など破綻するのが世の常です。あれほどまでに睦まじい様を見せられてはこれからの判断力が鈍りそうでして」
その回答を聞いたイヴァンは拍子抜けした様な顔をした後に豪快に笑った
「ハハハ!ノーブル殿も人間の親という事ですなぁ!なぁに、ワシもアレを簡単に引き裂こうなどと考えてはおりません。要はワシらがうまく立ち回ればいいだけの事。うまくいけば孫も見れそうですしなぁ」
イヴァンは好色そうな表情をすると下品に笑った
そんな盟約を結んだ盟友であり父親仲間である男の屈託のない笑顔にコチラも自ずと笑いが込み上がって来る
「それでも私はあの子が幸せであるなら満足なのですよ」
「欲のない事ですなぁ」
顔を見合わせると酒の勢いもあって笑い声が止まらなかった
もちろんこの乱世で数年とはいえ家を維持して来た者同士腹に一物どころか二も三も抱えているだろう。もしかすれば今後非情な選択をすることも避けられないかもしれない。
それでも、今だけはこの家と盟約を結んで良かったと心の底から思うのだ。
そうして、召使い達に苦笑と微笑の半々で見守られながら二人の盟友の腹を割った話し合いはよもすがら続いて行った
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