いただきます
「鍋は・・・ あー!」
俺は目の前にあるものを見て思わず叫んだ。
それはまさにフライパンだ。取っ手があり、鉄で出来ているようだが見た目より軽く俺でも持てる重さだ。
そのとき、嬉しそうな顔をしている俺を見ていたラミスが真剣な表情で
「ユウはどうやって料理をするんだ?」
そう問い掛ける。
確かに・・・
俺はすっかり忘れていたが、断片的にとはいえいくら前世の記憶があったとしても体型までは戻っていない。
今の俺は5歳。身長も相応に小さいのだ。
せっかくフライパンを見つけたのに使うことが出来ない。何よりこの世界でこれまで生活してきてフライパンを見たことが無かったこともあり余計に悲しい。
俺は前世で孤児院にいたときに料理は作っていたし、孤児院を出た後に入った寮でも、社会人になってからも時間があるときは料理を作るくらいには好きだったし、ついこの前まではパルと毎日ご飯を作っていた。
だが、悲しんでいても空腹は空腹。
そんな俺を見かねたラミスが
「それはどうやって使うんだ?」
そうか! ラミスに焼いてもらえば良いのか!
一気にテンションが上がる。調味料とか油とかは無さそうだし、キノコは素焼きでいいか。
頭の中で選んだ材料をどうするかを考えて、
「とりあえず竈に火をつけたいから使えそうな木を探してこなきゃだね。 それでその上にそのフライパンを置いてキノコを焼く。そういえばラミスは昨日のキノコはどうやって焼いたの?」
「うん? あれは魔法で火炙りにしただけだ。」
「魔法かー。魔法?」
確かにラミスは魔法が使えそうだ。だけどそもそも魔法が存在することを初めて知った俺は頭の中の整理が追い付かない。
「ユウは魔法を知らんのか?」
「知らない。危なくないの?」
「それは使うやつと使い方次第だろう。人間以外でも魔法を使うやつはいっぱいおるし、ユウも・・・」
そこまで言って口ごもる。ラミスはたまに歯切れが悪い話し方をするときがあるが、多分聞いても教えてくれなさそうだしスルー。
「とりあえず薪拾いに行こう?」
「そうだな。」
この調理場にはいわゆる勝手口のようなところがあってそこから外に出れるらしい。そこから出ようとしたときにラミスが足を止めた。
「どうやらユウはいろいろなやつから気に入られているようだな。」
「どういうこと?」
戸を開けるとそこには大量の薪が積まれている。
「えっと・・・?」
「妖精たちが持ってきてくれたんだろうな」
「妖精?」
魔法に続き、また新しい未知の領域だ。こういうのは今気にしてもしょうがない。そう割り切りって薪をくれるということなのでありがたくもらっておこう。
「妖精さん、ありがとう。」
何かが視界の隅で光った気がしたが一瞬のことで顔を向けてもそこには何もいない。
「妖精にもいろいろいるが、あいつらは良いやつらだな。」
複数いるのか。いつかちゃんと会ってお礼言いたいな。
「とりあえず薪は手に入ったし、そのフライパンとやらを使わせてみろ。」
「あっ、そうか。魔法とか妖精とかですっかりフライパンのこと忘れてた。」
まずは薪をセット。妖精たちがくれた薪は太さも長さもバラバラだったため調度良いサイズが揃うのを見繕う。
「ラミスは薪に火をつけれるの?」
「出来るが儂がやると薪が黒焦げになりそうだからユウが火をつけてくれ。」
そういえばパルはどうやって火をつけてたんだろ?
思い出そうとしても思い出せない。でもなんか光る石?みたいなものを使っていたような気がして
「俺は火をつけたことがないから出来ないよ。でも光る石?みたいなもので火をつけてるのは見たことがある。」
「そうかそうか。ユウと話しているとついつい年齢のことを忘れてしまうな。それで光る石か。それなら・・・」
そう言うといつの間にかラミスの手元に光っている石がある。
「これだと危なそうだし、これは水だから違うか。これも違う・・・」
一つづつ石を確認しながら差し出してきたのは小さな破片のようなものだった。
「たぶんユウが見たことがあるのはこれのことだろう。確かにこれなら魔力を込めれば火が起こせそうだな。」
そういってラミスが石に触れると石が赤くなった。
「これを薪の下に入れろ。」
慌てて竈に薪を並べる。
「これで良い?」
そうやって様子を見ていると薪に火がついてきたのが分かった。
「今渡したのは魔石だ。魔獣を倒すと手に入る。」
魔獣。たしか塀の外には獣と一緒に魔獣もいて危ないから出たらダメだと言われていたのをふと思い出す。
パルは俺が畑にいるときに魔獣を倒して魔石を手に入れてたのかなぁ?
そんなことを考えていると火が回ってきた。朝ご飯を前に情報過多で頭を使いすぎで疲れたし余計にお腹も空いていた。
「油とかは・・・ないよね。」
「今はないが必要なら手に入れておこう。」
「そんなこと出来るの?」
「儂だからな。」
「とりあえず今はないからキノコを適当にちぎってフライパンに並べたら後は炒めるだけだよ。」
そう言って俺はシメジもどきとエノキもどきを洗ってちぎる。
そもそもの大きさも太さもこれまで見た記憶と全然違うため比較は出来ないが5歳の俺の手に対してかなり大きくちぎるのも一苦労だ。
「どれ、キノコをこっちに渡してくれ。」
ラミスに渡すと簡単そうにちぎってフライパンに落としていく。
水気が多いから気を付けて!
フライパンではパチパチと水分が弾ける音がする。それに合わせてキノコをただ焼いているだけなのに芳ばしい匂いが立ち込める。
「良い匂いだな。」
「うん。お腹空いたね。」
俺は落花生の皮を剥き、中の身を砕いきながらラミスにそう返答する。
最後に落花生もどきのくだいたものを合わせれば完成だ。
「もう食べれるか?」
「待って、最後にこれを入れて炒めて?」
キノコと合わさったナッツの匂いは実に食欲をそそるものだった。
「もういいだろ」
鼻をひくひくさせながらラミスが言う。我慢が出来なくなって本来の姿のような動きになっている。
「うん、食べよ。」
「これはフライパンのまま食べるのか?」
「違う違う、お皿に移して?」
「むむっ。だが確かに人の街ではお皿で食べておったような・・・。 それにお皿もあとは・・・?」
何やら独り言をぶつぶつと言っていたラミスの手元に大皿と小皿が急に出てくる。さらにいわゆるカトラリーも一式。
これだけいろんなものが揃っていたらある程度のものは盛り付けも取り分けも問題ないし、手で食べる必要もない。
フライパンから大皿に移したキノコ炒めを持って部屋に移動する。
机に置いたお皿を前に俺は手を合わせて
「いただきます。」
と無意識に言うと
「なんだそれは?」
とラミスから突っ込みが入った。
「なにが?いただきますのこと?」
「それもだし、手を合わせていたのもだな。」
なるほど。確かにいただきますは俺の前世の記憶の一部だ。
「いただきますっていう、お礼みたいな言葉かな。これだったら、キノコや木の実を持ってきてくれて作ってくれたラミスに対してもだし、そもそもキノコも木の実も生命があったものだから、その命を無駄にせず食べさせてもらいますっていうことだったりとかね。」
「ふむ。なんとなく言いたいことはわかった。だったら儂もユウに対してのお礼でいただきますを言わねばだな。」
「はははっ」
改めて、「いただきます。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます