第43話 輝きの象徴 2
叫んだのは汚れた服を着た男。明らかに場違いな格好をした男が、食事を踏み荒らして机上に立っていた。仮面舞踏会のドレスコードに倣って顔に白い面を被っているが、袖をまくって露わになった右腕には刺青がある。四芒星と十字架の刺青にルイシーナは心をかき乱された。
「お前たちは嘘ばかりで塗り固めた皇室の【光】という餌を求める豚だ! 餌をぶら下げられていいように操られている! お前たちこそ真の家畜だ! 家畜には家畜に似合いの扱いをしてやろうではないか!」
男が両腕を上げて言い放つと、どこからともなく同じような人間が現れて金品を強奪しはじめた。怒号を響かせて女を脅し、男を殴り倒して宝飾品を奪っていく。会場の飾りに使われている品物にまで手をつけて、装飾を剝ぎ取っていった。
「兵は何をしているのだ」
フェリペがカーテンを引き寄せて自身とルイシーナを隠した。警備はすでに制圧されているのか、誰がどんなに悲鳴を上げて助けを乞うてもやってこない。
悲鳴と怒号、物が壊れる音が重なって、恐怖と混乱が充満する。貴族たちが反撃に転じるので、どちらが略奪者か分からなくなってきた。
ルイシーナもすぐに見つかって脅かされるだろう。欲しいというなら身に着けた宝飾品なんか自ら差し出してやるが、そういう話ではない。それに隣には皇太子がいるのだ。何かがあってからでは遅かった。
「やめなさい! こんなことをしても貴方たちの生活は何も変わりません! 更なる溝を生むだけです!」
カーテンから飛び出して叫んだが、強奪は止まらなかった。
しかし、たった一人。机上で主張していた白い面をつけた男がこちらを見ていた。
白い面の男が机から降りて近づいてくる。ルイシーナは勇気を振り絞って歩み出た。
遂に目の前に男が立った。表情は仮面で隠されていて窺い知ることはできない。おそらく男にもルイシーナがどんな顔をしているか読めないだろう。
「お前が身に付けているその宝石一つで我々が何人救われると思っている?」
「貴方たちが抱えている問題がお金で解決しないことは分かっているでしょう」
「これは復讐も兼ねている。我々を家畜のように扱うお前たちに同じ思いを味わわせてやるのだ」
「そんなことをしても貴方たちが望むものは一生手に入りませんよ」
「お前は我々が真実欲しているものが何か理解しているのか?」
ルイシーナは答えなかった。フェリペが聞き耳を立てているかもしれなかったからだ。だから代わりに男の右腕の刺青を指さした。
すると男は言った。
「我々が欲している物をどうしたら手に入れられるかお前は知っているか?」
「真摯に訴えれば必ず手に入る時が来ます」
「綺麗事でどうにかなる世なら【穢】なんて存在しない。言って聞かせられるなら、今だってお前たちは我々を制圧できるはずだろう」
「では、わたくしが貴方たちを止められたら、今後はこのようなことをやめてくれますか?」
「考えてやる」
ルイシーナは交渉成立とみた。
この惨状をどうにかできる自信はない。けれど、もしここでどうにかできるのなら。ルイシーナは自分と、この国と彼ら全てを信じても良いような気がしていた。
深く、息を吸う。
「光を、信じよ」
力強い声が波打った。
目の前の男がびしりと固まった。近くで着飾った女の髪を引っ張っていた普通の身なりの男がこちらを見た。
「私たちは光によって導かれる。光は私たちが生きていくために必要な物を与えてくださるのだ。光を称え、感謝せよ」
ルイシーナの放った言葉は波紋のように広がって、水を打ったような静寂が辺りを満たした。
時が奪われたかのようだった。皆が静止してルイシーナに注目している。
ルイシーナは目を閉じて顔の前で手を組んだ。
どうか皆が皆らしく生きていくために必要な物をお与えください。明日を信じられる言葉をお与えください。
瞬間、ルイシーナの身体から眩しい光が放たれた。人々はどよめき、あまりの眩しさに目を閉じた。
光が治まり、人々が目を開けた頃合いを見計らって、ルイシーナは言った。
「貴方たちに【光】は届きましたか?」
目の前の男は答えなかった。
答えを待っていると、閉まっていた会場の扉が乱暴に開き、武装した兵士たちがなだれ込んで来た。
「全員捕まえろ! 殺してもかまわん!」
いつの間にか顔を晒してルイシーナの隣に立っていたフェリペが兵士たちに指示を出す。我に返った何人かの略奪者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げたけれど、諦めたのか何なのか、大人しく捕まる者もいた。ルイシーナの目の前に立っていた白い面の男はそうだった。
捕縛された白い面の男が膝をつくと、フェリペはルイシーナに手を差し出した。
「ありがとう煌女ルイシーナ。貴方のおかげで我々は彼らを制圧することができた」
皇太子自ら差し出された手を取らないわけにはいかず、おずおずとフェリペの手を取った。軽い握手を交わすのかと思っていたが、指先に口づけされた。
驚くルイシーナをわっと湧き上がった観衆の声がさらに慄かせる。「皇子様万歳!」「煌女様万歳!」と拍手まで送られて居心地が悪くなってきた。
フェリペがルイシーナを抱き寄せて手を振るとさらに観衆の熱は上がった。
「この礼はまた」
そっと耳元で囁かれる。
滅相もないと断ろうとしたけれどフェリペはすでに身体を離しており、観衆の声が止まないものだから、ルイシーナの声は届きそうもないのだった。
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