第42話 輝きの象徴

 ドロテオの本性が暴かれて一夜が明けた。


 カルロスはバレンティアに事の次第を話し、今日中に出て行けば罪には問わないとして、出ていく準備をするよう言った。バレンティアは泣いて許しを乞うたけれどカルロスは聞く耳を持たなかった。


 そうしてバレンティアとドロテオはその日のうちに屋敷を出ていった。


 ドロテオが出ていってから、ルイシーナは本格的にカルロスの仕事を手伝うようになり、一層忙しくなった。


 午前中は教師をつけてもらって家業や政治経済などを学び、午後からは奉仕に出かけ、夜は社交界。遂にアデライアの仕事まで回ってきて、男爵家の人間として王侯貴族の主催する社交界にも赴かなければならなくなったのである。


 しかしルイシーナは華やかな場所の眩しさが苦手で、努力しているつもりでも相変わらず口下手なため、社交界に馴染めずにいた。


「はぁ」


 とある貴族が主催した舞踏会で、ルイシーナは壁の花と化していた。煌女がワインを片手にため息を吐くことができたのは、仮面舞踏会だからである。煌女と気づかれれば男女問わず囲まれるが、皆が顔を隠している仮面舞踏会では誰にも相手にされないのだった。つくづく自分には【光】しか魅力がないのだと思わされた。


「疲れているようだな」


 この日初めて声をかけられた。


 声の方に顔を向けると、金糸の刺繍を施した上等なコートにフリルのついた白いシャツが目に入った。癖の強い短い黒髪。仮面から覗いているのは色の薄い青い瞳だ。


 既視感の所為で誰だか分かってしまった。いくら仮面舞踏会とはいえ、相手が誰か分かっているなら挨拶をしないと失礼だろうと、ルイシーナは膝を折って頭を下げた。


「御挨拶申し上げます、フェリペ殿下」


 前回逃げるように去っていたこともあり、とてつもなく緊張した。


「やはり分かるものなのだな。顔を上げてくれ。目を見て話をしたい」


 ルイシーナが顔を上げるとフェリペは満足そうに頷いた。


「義弟が名を捨てたと聞いた。何があったかは知らないが、後継者が出て行ったのだからよほどのことがあったのだろう。トーレス家も大変だな」


「殿下のところまで広まっているなんてお恥ずかしいです。どうかお気になさらないでください」


「良ければ相談に乗ろう」


「お心遣いありがとうございます」


 ここで会話が途切れてしまった。


 黙って立っているには居心地が悪く、ルイシーナは急いで話題を探した。


 以前問われた【光】を持つ黒髪の女の話なんて、出すわけにはいかない。とはいえ共通の話題になるものがない。ルイシーナはなかなか話題を見つけることができず、咄嗟に頭に浮かんだ名前を出してしまった。


「……アデライアは元気にしていますか?」


「あぁ。そなたには話していたのだな」


 フェリペの声が低く、不機嫌そうに聞こえたのでルイシーナは慌てた。


「申し訳ございません。秘密だと聞いていたのにこんなところで思わず口に……。どうかアデライアを責めないでください。わたくしがしつこく聞くものだから、仕方なく話しただけなのです。わたくし以外にあの子は口を開いていませんし、もちろんわたくしも誰にも言っていません。今後、こうして話題に出すこともいたしませんのでどうかご慈悲を」


 必死に頭を下げた。フェリペとアデライアのことを知る人物はもう一人いるけれど黙っておくことにした。わざわざ言う必要はない。


「彼女はそなたを信頼しているのだな。案ずるな。私も彼女やそなたを信頼している。彼女は元気にしているか、だったな。大丈夫。元気にしているよ。彼女がいるだけで王宮は花が咲いたように賑やかになる」


 ルイシーナは慈悲深いフェリペに感謝して胸を撫で下ろした。


「アディは昔から明るくて、元気で、皆の人気者でした。宮でもそうであるなら、紛れもなくあの子の才能です。殿下は良い花を見つけられましたね」


「実に素晴らしい花だが……」


 視線が下がり、声が小さくなったので気になったルイシーナが一歩近づくと、フェリペは顔を寄せて耳元で囁いた。


「彼女の【光】はそなたの【光】だったのだな」


 どく、と心臓が嫌な動きをした。


「アディが話したのですか?」


「案ずるな。外部には漏れていない。君たちは二人ともが【光】を持っているものと思っていたが、君しか持っていなかったとはな」


 ルイシーナは押し黙った。アデライアの伴侶となる人だと思えば、アデライアが秘密を話したことには頷ける。しかしどうしてかフェリペには知られてはいけなかったことのように感じた。


「しかし、彼女に【光】がないとなると、父上を説得する時間が伸びそうだ」


「どうしてですか?」


「彼女は【光】を持たないのに奇跡の煌女として民衆を騙していたことになるだろう? そんな人物を妃にしても良いものか悩まれるだろう」


 カルロスの懸念が現実になってしまった。


 アデライアは屋敷を去る前に皇帝陛下の許可がないと結婚できない旨を話していた。このままではアデライアも愛する人と結ばれず、辛い思いをするかもしれないとルイシーナは焦った。


「騙していただなんて。アディは自ら光ることはできずとも、確かに【光】を授けることができるのですよ? わたくしの【光】と共鳴する不思議な子です。そんな子、他では聞いたことがないでしょう? 彼女は人柄だけでなくそのように特別な子ですから、陛下もきっとお喜びになると思います」


「むろん。しかし【光】を持つ者に優る特別な存在はない。そう思わぬかルイシーナ?」


 そんなことはないと言おうとした、その時。



「光に飢える肥えた豚共よ!」



 ざわりと肌を逆さに撫でるような、男の大声が会場に響いた。

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