第7話 二人の煌女 2

 扉の外が妙に騒がしいので部屋の外に出たルイシーナは、侍従長の指示の元、侍従たちが慌ただしく右往左往しているのを見てまたかとため息を吐いた。侍従たちの出入り先を追ってみれば、案の定アデライアの部屋だ。ルイシーナは肩を落として隣のアデライアの部屋を覗いた。


 アデライアは鏡の前でドレスに似合う首飾りをあてがいながら選んでいた。


「あら、姉さん。おはよう。今日の奉仕は早朝からじゃないのね」


 もう昼も過ぎていると言うのに、アデライアは鏡に映り込んだルイシーナを見てそう言った。ただ、おはようという挨拶は間違っていない。おそらくアデライアはつい先ほど目を醒ましたばかりのはずだからだ。


「そんなところに立っていないで、暇ならそこに置いてある耳飾りを取ってくれない?」


 アデライアはほんの少し身体をずらせば手の届くところにある耳飾りを指差した。


 特別用事も無かったので、ルイシーナは部屋に入って指示された通りの耳飾りを取り、アデライアに手渡した。


「ありがとう。あぁもう、どうしてメイドが一人も残っていないの。言わなきゃ分からないんだから困ったものね。どの耳飾りもドレスに似合わないから違うのを持ってきてもらわなきゃいけないし、本当に使えない。また辞めさせてやろうかしら」


 トーレス家の侍従は入れ替わりが激しい。アデライアが気に入らない侍従がいるとすぐに辞めさせてしまうからだ。先週も先々週も侍従が何人か入れ替わっている。


「そう言わないで。アディが持ってこさせたものを片付けたり、新しいものを持って来たりするのにみんな忙しいのよ。それにまたお茶会に持っていくドルチェをたくさん作らせているのでしょう? あちらもこちらも同時にするのは大変だから、大目に見てあげましょう」


「彼らはそれが仕事なんだからやって当たり前、出来て当たり前なの。じゃなきゃ雇っている意味がない。そもそもドレスに似合う物をすぐに選んで持ってこられないうえに、私の予定を把握しておいて先にドルチェを作っておいても良いのにそれもしないんだから職務怠慢だわ」


 アデライアの言うことは一理ある。しかしルイシーナは知っている。アデライアが着ているドレスは今朝届いたばかり。予定を把握するも何も聞いても面倒臭がって答えないのだから把握しようがないということを。このことを指摘してやってもアデライアは聞く耳を持たず、ただただ不機嫌になるだけなので黙るしかないのだが。


 それにしても、また侍従が辞めさせられてしまうのだろうか。そちらは気がかりだった。できることなら阻止したいが、姉とはいえ進言力のないルイシーナでは我儘な妹を止められなかった。ルイシーナにできることと言えば、退職金として要らなくなった――アデライアが飽きてしまった――アクセサリーを渡し、次の就職に困らないよう推薦状を書いてあげるか、トーレス家の会社で働くことを提案するくらいである。


 ルイシーナが耳飾りを無言で箱にしまっていると、アデライアは「そういえば」と思い出したようにルイシーナに問いかけた。


「知っている? 最近街に反逆者がはびこっているっていう話」


「反逆者? 知らないわ。具体的に何をする人たちなの?」


「どうやら貴族を中心に襲って金品を奪ったり、訳の分からない主張をしたりしているそうよ。馬車を襲われたって話や、人が攫われたって話まで。反逆者というか極悪人ね」


 そんな酷いことをする人がいるなんて、と臆病なルイシーナは内心震えあがった。


「襲われた人たちはさぞ辛い思いをされたでしょう。大事ないと良いのだけれど。反逆者の皆さんは何が不満なのかしら?」


「さぁ。皇室や私たちのような貴族が気に入らないとかでしょ。気をつけてね姉さん。姉さんはよくぼうっとしているから危なっかしいもん。それに姉さんは可哀想な人に弱いから。あの女とかドロテオとか、あの男みたいに」


 あの女というのはバレンティアで、あの男というのはベルナルドのことだろう。アデライアは娼館上がりのバレンティアとその子どもドロテオ、そしてベルナルドを邪険にしている。いびっているわけではないのだが、近付くのを許していなかった。


「心配だから姉さんには教えておいてあげるわね。反逆者には決まって同じ刺青があるそうよ。星と十字架を組み合わせたような形なんだって。これは父さんにもお母さんにも話していないことだから、くれぐれも内緒にしてね」


「どうしてお父様とお母様には言ってはいけないの?」


「父さんって口が軽いでしょ。それに母さんはすぐに父さんに報告するから。反逆者についての情報はあまり出回っていなくて、貴族の間では触れちゃいけない話題なのよ。社交界に出ていない姉さんには分からないでしょうけど」


「そうなのね。知らなかったわ」


「そうなの。本当、姉さんはのんびり屋さんだから心配だわ。いい? 二人には言わないこと。それで、刺青のある人は信用しちゃいけないんだからね」


「気をつけるわ。心配してくれてありがとうアディ。貴方も充分気を付けてね」


 アデライアは「言われなくても」と鼻を鳴らした。


 それから支度を終えたアデライアが大量のドルチェを馬車に積み込み、バタバタと出て行くとトーレス家には平穏が訪れた。


 アデライアは頻繁に開催されるあらゆる貴族の催し物へ赴いている。


 貴族の端くれとして催し物に参加するのは必要なことだった。ルイシーナはそういった催しで上手く立ち回れないので、社交性があるアデライアに任せている。ルイシーナが社交界に出向いていたのは数年前のことだが、王侯貴族の催し物はどれも煌びやかで、これでもかというほど物に溢れていたことを覚えていた。


 ルイシーナは贅沢が好きではなかった。もちろんドレスや宝石など美しいものは素敵だ。味だけでなく見た目にも拘った料理やドルチェも素晴らしい。そういうものが好きな人についても、否定するどころか、好きなものを探求するのは良いことだとさえ思う。


 とはいえ己には必要ないと感じるのだった。ルイシーナには愛する家族さえいれば充分で、社交の場はどうしても己に過ぎた場所に感じられて気後れした。


 アデライアには感謝していた。適材適所、各々の役割をこなして家族の一人として皆の幸福を支えられるのならそれで良い。ルイシーナは何もできない己を無償で愛してくれる家族が何よりも大事だと思っていた。だから奇跡の煌女なんてものをやっているのだ。


 そろそろルイシーナも出かける時間だった。ルイシーナが赴くのは奉仕活動だ。しかしまだ時間がある。ルイシーナは時間になるまで庭で過ごすことにして、つま先を向けた。


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