第2話 ハーブ入りの朝風呂
深夜に寝たというのに目覚めは爽やかだった。シーツからした若葉の香りが、私の体を十分に休息させてくれたようだった。
実家ではいつ両親の怒鳴り合いが始まるかわからなかったから、静かな夜というのも久しぶりだったように思う。ずっとピリピリして、神経がとがってしまっていた。今は神経がゆるゆるって感じがする。私はあくびを一つして、体を起こした。
部屋を出て階段を降りると、叔母さんはもう起きてた。リビングに置かれている時計を見ると、意外にもまだ九時になってなかった。
「おはようおばさん」
背後から声をかけると叔母さんはびくっと体を揺らして大げさに反応した。
「ああおはよう香さん。びっくりしたあ」
「昨日はパフェ美味しかった」
「ああそうね」
月の下で食べるパフェ。夢のように美味しかった。私はまた食べいと言いたいけれど、まだ少し遠慮があったから言えなかった。
おばさんは目玉焼きをじゅーとフライパンで焼きながら、眠気眼をこすった。
「あーまだかかるから、お風呂入ってきたら?昨日入ってないでしょ」
確かにお風呂に入らず寝た、髪の毛がぺったりしてて気持ち悪い。お言葉に甘えてそうさせてもらうことにした。
お風呂場は青いタイルが貼られていて少しだけ時代を感じたけど、綺麗な作りだった。銭湯みたいな網籠に服を入れ、中に入る。湯気がぶわっと顔にかかる。
窓があるお風呂で、私はきらきらした湯船に心が躍った。ささっと湯をかかり、シャンプーを借りて頭を洗う。体を洗う時は何やら異様にごつい石鹸を使った。
体全部を流すと生まれ変わったかのように気持ちよかった。持ってきたタオルを絞り、顔を拭くと自然と一息付けた。
シャワーしたからかお風呂場は湯気だらけで、窓の向こうからの光が湯気に反射する。
あとは湯船につかるだけ、と安心しきったところで脱衣所のドア開く音がした。
「香さーん。今良い?」
「え、あ、はい!」
思わず声が裏返った。おばさんののんびりした声が響いた。
「これ渡すの忘れてたからさー」
そう言っておばさんはお風呂場のドアを開いて、手だけにょきっと入って、あろうことかポーンと物を投げた。
「なに!? 」
そう叫んで手で受け止めると、ガーゼにくるまれた何かだった。顔を近づけると、これも匂いがした。にがくて青い、若葉の匂いだ。なにか草が入っているらしい。
「それお湯に浸して。しっかり汗流しておいでー」
またも手をひらひらさせておばさんは、脱衣所から去って行った。少し開けたドアの隙間からは卵の焼ける匂いもした。朝食が出来上がったのかもしれない。
残された私は謎の草と共に入浴する羽目になった。
おそらく、ハーブとかそんな感じのもののように思えるそれを、湯船に浮かせてみる。
ゆず風呂のようなことだろうか?それなら昔は入ったことがある。いい匂いだ。何の匂いに似ているかと思ったら、昔両親と行った草原の匂いのような気がした。
私は朝日を浴びながら草原の香りのする、贅沢なお風呂を満喫する。
なにか、悪いものが抜けていくような気がした。まるで魔法みたい。
ならおばさんって魔法使いなのかもしれないな。そう思うと、家の中の石とか、ハーブとかなんだか説明がつく気がする。
私は魔法使いと暮らしてるんだ。そう思うと胸の中の何かが跳ねた。
お風呂場を出てさっぱりして、髪を乾かしてから、リビングに入った。するとテーブルには赤いスープ、目玉焼き、パンが並んでいた。もうすでにおいしそうだ。おばさんはエプロンを外しながら椅子に座っていた。
「グッドタイミングだね。あったまった?」
「うん、あのさ、あれなんだったの」
「ん?あれって、ああハーブ?」
「そう」
「まあ、見たまんまなんだけど」
おばさんは「座りなよ」と椅子を示したので、私はおばさんの前の席に着く。二人同時にいただきますと言い、私は野菜スープから手を付けた。冷たくひやしてあるトマトスープだった。これは、お風呂上りに染み渡る。ごくごくと飲んでしまった。
おばさんはパンをちぎりながら少し言葉を選んで、口を開いた。
「あれはそう、今朝摘んだハーブだよ。朝露がついたやつ」
「朝露?」
「そう、それが大事なの」
もぐもぐとパンを口に含みながらおばさんは話す。
「四時ごろに一回目が覚めたから摘んできたの。そこから二度寝したけど。庭に咲いてあるやつだから犬とかおしっこしてないよ」
「あ、いや、それを気にしてるんじゃなくて」
おばさんの食事中とは思えない発言に口をもごもごさせる。
「おばさん、魔法使いなの?」
「ぶっ」
「きたない!」
おばさんは口に含んだパンを吐き出し、ゴホゴホと咳き込んだ。落ち着くためにお水(ここにもハーブが!)を渡すと、それを一気飲みした。
「あぁーまぁー、そのうちわかるよ」
おばさんはそうとだけ言って、またにやっと笑った。
「そのうちってなにさ」
「そのうちはそのうちだよー」
おばさんは楽しそうに笑う。
もうこれ以上答えてくれないのがよくわかったので、私はふくれっ面で目の前の目玉焼きに手を伸ばした。
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