あの夏、魔法の家で

@Ayaka021600168

第1話 おいしいパフェのつくり方

 田舎の山道を上って、数軒の民家を見送ったところに、その家はあった。屋根が焦げ茶色で、今時珍しく煙突がにょきっとついていて、壁は浅黄色だった。まるでおとぎ話の魔法使いの家のようだと、その時の私は思った。お母さんと乗った軽のシルバーの車を、赤いジープの隣に停める。車を降りた私は、肺が満タンになるまで新鮮な空気を吸い込んだ。都会にはない湿った草木の香りが、鼻をくすぐった。後ろの席からボストンバックを取り出し、肩から掛ける。

 目の前に広がるのは芝生のしかれた庭と、そこに生えている栗の木。それからアーチ状に咲いているバラだった。バラは小さくいくつか咲いていて、白くてかわいかった。けれどお母さんはそこに目もくれず、玄関先へ続く木の階段を登って行った。


「弥生!いるの?」


玄関先で叫ぶお母さんは、ドアについている取っ手でノックをする。この家にはチャイムすらないんだ。

 小さく足音が聞こえ、ガチャリとドアが開いた。「はいはい。いますよー」と言って出てきたのは、お母さんと似ている顔の弥生おばさんだ。長い黒髪をくくらずに伸びたまんまにさせて、分厚い眼鏡をかけている。お母さんと似ているけれど、表情は全然違った。お母さんを見て弥生おばさんはあからさまにげえっと顔をしかめた。


「私たちが来るって知らせてたのに、そんなみっともないかっこしないでよ」

「はいはい。すみませんでした」


おばさんはお母さんに注意されても悪びれる様子はなかった。私はお母さんの後ろでいつ挨拶しようかもじもじしていた。出るタイミングを見誤った。「だいたいねえ」と話を長くなりそうになるお母さんの言葉を遮って、おばさんは「おっ秀さん。久しぶり」と手を上げた。


「お久しぶりです。弥生おばさん。しばらくご厄介になります」


私はぺこりと頭を下げた。


「さすが芽以の子だ。しっかりしてる」


おばさんは驚いた顔で私を見た。

おばさんと会うのはこれで三回目だ。私が小さいころおばさんがうちに来たときに一回、おばあちゃんのお葬式で二回目だ。おばあちゃんの葬儀でもこんな調子で、へらりとして泣かずにいるおばさんを、お母さんは「変わっている姉」と言って嫌っている。

そんなおばさんの家でしばらく厄介になることが決まったのは一か月前だ。

両親の喧嘩が絶えない日々に、私が泣いて家出したのだ。警察に保護されあわてた両親はしばらくの間、弥生おばさんの家ですごすことを私に提案した。その間に両親は話し合いを進めるから、ということらしい。

この夏で、私の家の今後が決まるということだ。


「じゃあね、秀。また電話するから」


お母さんはそう言って車に戻っていく。私は少し寂しくて泣きそうになったけれど、もう中学生なのだから、我慢した。

「さあ中に入ろう」おばさんは私のバッグを取り上げ、中に入っていった。私はそれに続いた。


「わあ!」


本当はすぐお邪魔しますと言うつもりが、思わず驚きの声が出た。家の中にはたくさんの石が飾られていた。高い天井から差し込んだ光がそれをキラキラ照らしている。


「こんなにたくさんの宝石初めて見た…」

「ははは、これは天然石だよ。宝石はもっとお値段するものだから、ちょっと違うかな」


こんなに綺麗なのに、宝石じゃないんだ。だからこんなにたくさん飾っているのか。私は納得して、部屋へと入っていった。

この部屋もうちとは全然違った。暖炉が部屋の奥にあったのがまず珍しい。木のテーブルと椅子があって、温かみがあったが、手作りを思わせる武骨さがあった。

奥にはキッチンもあって、おばさんはそれを指さした。


「さあ、ここでご飯を作って食べるからね。ご飯は私が作るから、秀さんはお皿洗いを担当してもらいます。ご飯以外は私、自分の部屋にいるから、用があったら声かけていいけど、集中していたら聞こえないしたまに返事も返さない。けれどそれは君のことが嫌いになったんじゃないからね。私と言う人間がそうなだけ」


「わ、わかりました」


変な人とは思っていたけど、なんていうか自由な人だな。ぺらぺらと喋ってそれだけ言うと、おばさんは「じゃ、二階の部屋に案内するよ」と言って部屋を出て玄関から出てすぐの階段を登っていった。足の速いおばさんに置いて行かれないよう、ちょこちょことついて行った。


「ここ、秀さんの部屋ね。好きに使っていいよ。隣の部屋は私の部屋だから」

バッグをドスンと置いて、おばさんは部屋を出た。不愛想と言うより、適当な人だなと思う。もう少しもてなすということをしないものかな普通。

ひとり残された私は部屋を見渡した。木と和紙で作られたランプがほんわりと光り、部屋の隅に白いベッドと大きなクッションが置かれた部屋だった。長旅で疲れた私は、ベッドに座り込むと、吸い込まれるように倒れこんだ。私はその日、生まれて初めて風呂にも入らず、歯磨きもせず。パジャマにも着かえず、眠ってしまった。



 起きたら深夜だった。カーテンのない窓から涼しい風が入り込んで気持ちよかったから、目覚めは悪くなかった。一瞬、ここはどこだと思ったけれど、すぐおばさん家に居ることを思い出す。そして夕飯も食べず寝入ってしまったことに気づき、おばさんの顔が脳裏によぎった。これは、怒られるかも。お母さんなら絶対怒る。お母さんはだらしないことが嫌いで、いつも私に口うるさかった。おばさんも姉妹だからきっとそうだ、と思い、私は手で顔を覆った。おそるおそる忍び足で部屋の外に出ると、階段下のリビングから明かりが漏れていた。所々置いてあるランプの光を頼りに、下に降りる。するとおばさんがキッチンで鼻歌を歌っていて、リビングに入った私が入ると歌うのをやめてしまった。


「あら、いいとこにきたねお嬢ちゃん」


おばさんは怒る様子見見せず、こいこいと手招きをした。戸惑いつつもそちらに向かうとキッチンにはカットしたバナナ、季節外れのイチゴ、コーンフレーク、細長いチョコ菓子、チョコソースのボトルが置かれていた。私が首をかしげると、おばさんはにやりと魔女のように微笑む。


「今から夜のおやつを作ろうと思ってね。晩御飯食べたいならそっち食べてもいいけど、どう?」


おばさんは冷蔵庫からじゃーんとアイスを見せて誘ってくる。私は驚いて目を見開いた。


「え、今日何かの記念日なの?」


記念日以外でうちはパフェとかケーキとか甘いものは食べない。お母さんがそう決めている。おばさんは人差し指を立てて「ちっちっちっ」と、指を動かした。


「芽以がどうだったかは知らないけれどさ。うちでは好きなようにしていいの。疲れたら寝ていいし、畏まっている必要もない。なんなら夜中にパフェやケーキを食べていいし、作っちゃってもいい!」


おばさんは棚から透明なパフェグラスを二個取り出してきた。なんでそんなものがあるのか、私には理解できなかった。おばさんは首をかしげて、こちらを見てくる。


「どうする?私が二個食べちゃってもいいけど」

「え、あ、つ、作りたい!」


おばさんの主張はうちとは全然違うけれど、こんな楽しそうなこと、黙ってみてられない!

私はおばさんからパフェグラスを受け取り、そこに置かれているコーンフレークを注いだ。おばさんはそれを見てうれしそうに、にやっと笑った。


「パフェのコーンフレークって美味しいよねぇ。芽以は底上げだって怒ってたけど」


それは確かにお母さんが言いそうだ。お母さんは無駄を嫌い、原価率とかいつも言っている。


「私も好きだな。チョコソースとバニラが混ざったらすごくおいしい」

「わかってんじゃん秀さん」


そこからオリジナルのパフェづくりは続いた。おばさんはこの辺の名産だと言う夏イチゴをふんだんに入れたパフェにしていて、私は無難にチョコとバナナのパフェにして、二人ともアイスを大きなスプーンで山盛りにした。


「ベランダで食べよっか。机といすもあるし、今日は月が綺麗だし」


おばさんは危ないからと私のパフェも持って、階段を上がっていった。私はパフェスプーンを持ってついていくと、二階の一角にウッドデッキがあって、屋根の机と丸太が二個置いてあって、二人で座った。


「じゃ、溶ける前に食べましょうかね」


おばさんは私からパフェスプーンを受け取り、パフェを口に含んだ。私も続いて食べる。ひんやり冷たく、口に広がる甘い香りがたまらなかった。


「お外でご飯食べるの初めて」

「そうなの?外だと二倍美味しくない?」

「確かにおいしい」


こんな深夜で、しかもパフェなんて、とんでもない悪行をしている気分になる。でも月の下で食べるパフェは、すごく特別な味がした。


「お母さんに怒られないかな」


こんなことをしたと知ったらお母さんはおばさんと私を怒るだろう。私は食べ進めるうちに、罪悪感が生まれてくる。しかしおばさんは食べ進める手を止めない。


「えー今いないじゃん」


おばさんはあっけらかんとした様子で言った。なんて適当で自由な大人なんだ。この人は本当にお母さんの姉かと疑いたくなる。


「黙ってたらばれないしね。それにあっちもなんか内緒の話し合いしてるんだろうし、おあいこだよ」


その言葉はちゃんとしなきゃと思ってた私の心に、大きなひびを入れた。

ばれないなら、いいのかも。


「そっか、そんなもんか」


私は納得した。なんだか魔法の言葉に聞こえる。「ソッカソンナモンカ」なんだか味のある言葉だった。

それに、散々両親の喧嘩に巻き込まれてきたんだから、これくらいのご褒美、あってもいい気がした。


「そんなもんだよ」


おばさんは魔法の言葉を繰り返し、コーンフレークをつついた。私は、それを横目で見て、お母さんとは違う人種だけど、今の私に必要なのはこの人かもしれない、と少しワクワクして、このお暇に期待するのだった。

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