第15話 雨宮寧々とのデート③
「あれ?」
トイレから戻ってくると雨宮さんの姿がなかった。
一体どこに行ったのか。
お手洗いに行ったのかな?
でもそれなら俺と同じタイミングで行くよな。
もしかして帰ったのか?
でも今この場で帰るメリットないよな。
食事をしているときに変えるとかならわかるけどここはゲームセンターだ。何も連絡なしに帰っても何もないだろ。
とりあえず店内を一周して見当たらなかったら帰ろう。
俺としてはいなくなってる方が帰宅出来て嬉しい限りなんだけど。もし店内にいて、俺だけが返ったら後々面倒なことになるからな。
可能ならいないでくれよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いた」
すぐに彼女は見つかった。
彼女がいたのはクレーンゲームのエリアだった。
「何してるんですか」
「これが欲しいんだけど中々手に入らなくて」
「ああ。これですか………」
彼女はぬいぐるみが欲しいらしい。
確かこれは今女子に人気のキャラクターで、
「クレーンゲームもするんですね」
「あ、このアーム弱すぎっ!」
怒り気味に彼女は叫んだ。
クレーンゲームのアームなんてどれも弱くしてるに決まってるでしょ。
頑丈で簡単に商品が取れるのならゲームセンターは大赤字。そうなれば街からお店が無くなってしまう。
一般常識的に考えれば当たり前のことなんだが、そんなことを口にしたらきっと怒るに決まっている。
女の子は理屈で説明しても聞く耳を持たない。理屈よりも感情の方に耳を傾ける。
この人いくらつぎ込んでるんだろ。
両替をした100円玉を積み上げている。これはガチ勢がよくするものだ。
ここまでのガチ勢だとは。
しかしへたくそだな。
正攻法で取れないようにしているというのに。
一発で取れるようにはなっていない。最低限5回に分けて行っていかないと。
しかもぬいぐるみタイプって難しいんだよな。掴みずらいし、軽いから持った時に揺れやすい。だから意図しない方向に落下しやすい。フィギュアだと箱の体勢を変えれば獲得することができる。その分でぬいぐるみより簡単だ。
彼女はお店にとってはいい鴨になってしまっている。
「有馬君」
「なんですか」
「取れない」
「そうですね。難しそうですね」
「やって」
「え?俺がですか?」
「うん。なんか得意そうだし」
得意そうッて………。
「やったことある?」
「まあ、ありますよ」
「それなら大丈夫だよ」
何が大丈夫なんだよ。
俺ならできるよ、みたいな顔をしないでください。
「やってみますけど絶対に取れるとは保証できないですよ」
「大丈夫。有馬君なら取れるよ」
何を根拠にいってるんだよ。
でもやる以上は取れるために最善を尽くさないといけない。
クレーンゲームをやりこんできた俺のオタクとしてのプライドに関わってくる。
と言っても状況は最悪だ。
雨宮さんが数回トライしたおかげでぬいぐるみが定位置から遠くに行ってしまっている。
まずは穴のところにまで持っていかなければならない。
俺はまず一枚目を投入する。
アームをぬいぐるみの中心から少し奥の方へと持っていき、掴む。もちろん一発ではいけないのは織り込み済み。大事なのは穴のところにまで行くことだ。
よしっ。前に持って行けた。
二枚目。
ここでも一回目と同じように近くに来るように操作する。
三枚目。
二回目までで定位置よりも前目に持ってくることができたが、まだ穴のところには来ていない。三枚目でももう少し近くに持ってくる。
難しいのはここから。
ぬいぐるみ系の穴は総じてアクリルの壁で覆われている。これが厄介極まりない。
持ち上げて穴に落とすなんてことは確率的に低い。しっかりつかんだとしても上に持ち上げたときの衝撃で落ちてしまう。
だからアクリル板を利用する。
アームをぬいぐるみにではなくややアクリル板側にして、アームの一つがアクリル板に係るようにする。残った二つのアームでぬいぐるみを持ち上げ、這わせるようにしてもちあげていく。
重心は二つのアーム側にかかっているが、問題ない。
しっかりと這わせながら持ち上げることができればそれで十分。
持ち上がれば後は力の流れで自然とぬいぐるみは穴に落ちる。
「取れた」
取り出し口から景品を取り出して雨宮さんに渡す。
「……………」
彼女は無言のまま受け取った。
「……………」
「……………」
しまった!
俺はどうして彼女が黙っているのかをここで理解した。
さっきまでの俺の行動があまりにも一般人とかけ離れていたことだった。
ついついオタクみたいなことをしてしまった。
こんな取り方をするのはクレーンゲームガチ勢か推しの商品を取るために技術を磨いたオタクしかいない。
しかも夢中になっていたせいでずっと無言で操作していた。そんなの普通あり得ない。
不味いな。いくら雨宮さんとはいえこれは受け入れないかもしれない。
陽キャなら取れる、取れないにお互い一喜一憂しながら楽しむものなのに。
いくら雨宮さんに取ってくれと言われたからって一人の世界に入り込んでしまった。
ガチになって取ってしまった。
これで痛い目あわされたの忘れたのかよ。
彼女はぬいぐるみを抱えたまま黙っている。
「え、えっと…………雨宮さん………?」
「凄いね‼」
彼女は大きめをキラキラさせていた。
「こんなの普通なら取れないのに数回で取っちゃうなんてすごいよ」
「それはどうも」
「有馬君、クレーンゲームも上手なんだね」
「ま、まあよく遊んでいましたし、動画サイトとかで攻略方法も観たりしていたので」
「それで実際にできるのすごいよ」
「が、ガチすぎましたし」
「ほとんどの人ってただ遊ぶだけだから」
「それが本来の遊び方だと思いますよ」
「でもそれだけだとお金の無駄じゃん。やっぱやる以上は取りたいよ」
「口だけの人なんてたくさんいるけど取ることができたのは有馬君だけだよ」
どうやらキモいとかは思われなかったらしい。
「でもガチ勢みたいなやり方をしましたけど引かないんですか」
「引く?なんで?」
「なんでって………気持ち悪いかなって」
「気持ち悪い?そんなことないと思うけど」
「すごい真剣な顔をして操作をしていたのは少し笑えたけど」
「わ、笑えたんですか」
「うん。草だったよ」
何それ。めっちゃ恥ずかしいんですけど。
「でも実際に取れたんだから凄いとしか言いようがないよ」
それなら草って思わないで思わないでほしい。
草って言われるの何気に傷つくんだから。
褒められて多少相殺されたからいいものの、それすらなかったら大ダメージを追い、その場から逃げ出してしまう。
「有馬君がクレーンゲームが得意か。意外だな」
「そ、そうですか」
「そうだよ。だって真面目だと思っていた男の子がまさかクレーンゲーム得意なんて」
それはそうだよな。
学校だと真面目かつ優等生で通っている人間がゲームセンターで遊んだ経験がある。それどころかクレーンゲームもやりこんでいるなんてことは普通想像できない。
俺自身も隠していたわけだし。
いや、ゲームセンターで遊ぶこと自体は隠すようなことじゃないんだけど。
それよりもガチ感がバレないようにすることを隠していた。
そうじゃないとオタク感出ちゃうわけだし。
「あんなに上手だったらここの景品全部ゲットできるかもしれないね」
「流石にそれは…………」
「有馬君ならやれるよ!」
そんな「君ならできるよ」みたいな顔をされましても………。
やれるかもしれないですけどそんなお金ないです。
何より出禁にされてしまう。
俺と一緒にこのゲームセンターを出禁になりたいんですかね。
そんなことになったら遊べないですよ。ただでさえここって俺が定期的に来て商品を獲得している場所なんだから。あまり暴れまわってしまうと本当に出禁されかねない。
今も店員さんがこっちを見ているし。さっきより怖い目してるし。
「流石に全部は取れないか」
「取れないと思いますよ」
「それならもう少し何か取ってもらおうかな」
「取れるものならいいですけど」
「お菓子とかにしてもらおうかな」
彼女は近くにあったお菓子が景品の台に向かっていった。
「取れそう?」
「多分取れると思います」
数分後
「おお………」
彼女は景品のお菓子を大量に抱えていた。
俺は取りまくった。
正しくは大量に取れてしまった。
お菓子はぬいぐるみよりも取れる確率が高い。
なんせお菓子。一つ当たりの単価はぬいぐるみに比べて格段に低い。
景品を取ることは簡単なことだった。
加えて選択した台はお菓子が山積みにされているタイプだ。山のバランスを崩してしまえば雪崩式に取れてしまう。
今回なぜかそのバランスを崩すことができ、大量に獲得することが出来てしまった。
「いとも簡単に取ったね」
「フィギュアを取るより圧倒的に簡単ですから」
「それにしてもこんなに取れるなんて.。確かに。私、お菓子の山が雪崩みたいに崩れるところ初めて見たよ」
「こんなに大量に取れるのはある意味奇跡に近いですよ」
「それを引き起こせる有馬君は凄いよ」
「ど、どうも………………」
「そろそろ出ようか」
「そうですね」
俺と雨宮さんは獲得した景品を持って店を後にした。
出禁にならないことを祈るばかりだ。
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